ギルド <エリナ&トマトシチュー の挿絵あり>
<どっぱん>という音と共に扉が開かれる
「お兄ちゃん! 朝だよ!」
「んー、お前朝から五月蠅い」
「もうお兄ちゃん! お前じゃなくてエリナ!」
「わかったわかった、起きる起きる」
「早くご飯作って冒険者ギルドに行こうよ。魔法適性調べるんでしょ」
「そうだった! 早く行かないと。その前にエリナちょっとこっちに来い」
「なぁにお兄ちゃん?」
ぽてぽてとベッドに腰掛ける俺の側にやってくるエリナ。昨日と同じように手と額の温度を確認する。
「んー、大丈夫そうだな。寒気やめまいはしないか?」
「う、うん! 大丈夫!」
「顔真っ赤じゃないか。体温が上がってきたのか?」
「これは違うから! ちょっと走って来たせいだから!」
「そんなに楽しみにしてたのか。やっぱまだガキんちょだな」
「もう子供じゃないもん!」
「まぁ問題なさそうだし一緒に行くか。ただし途中で体調が悪くなったら正直に言う事。約束だぞ」
「うん! わかった!」
「よし、じゃあ飯の支度だ」
◇
台所にエリナと二人で並び調理を開始する。
「エリナは昨日と同じように野菜の皮をむいて切ってくれ」
「わかった。何を作るの?」
「鶏肉が沢山入ったトマトシチューだ」
「昨日もだけどお肉をこんなに食べられるなんて……」
「本当はビーフシチューを作ってやりたいんだが、牛肉が高い上にあまり美味そうじゃなかったんだよな」
「鶏肉でも十分豪華だし美味しいよ」
「朝と昼に食べられるように大量に作るけど、同じメニューになっちゃってガキんちょ共には悪いけどな」
「美味しいから毎日シチューでも大丈夫だよ」
「実際効率よく栄養を摂るには煮込むくらいしか料理法知らないんだよな俺。まぁ後で色々調べるけど」
「お兄ちゃんありがとうね」
「何言ってんだ、俺の方が助けられてるんだよ」
「それでもありがとうお兄ちゃん」
「あーわかったわかった」
「お兄ちゃん照れてるでしょ?」
「お前、性格悪いな」
「お前じゃなくてエリナ! あと性格悪くないから!」
◇
朝食が終わってエリナと冒険者ギルドに向かう。
エリナは張り切って一張羅を着てきたようだ。継ぎ接ぎもなく、わずかな汚れもない。
冒険者ギルドは、孤児院と同じく商業区域の外れにあり、歩いてすぐの場所にあるらしい。
帰りに買い物もする為、俺だけだが背負い籠を装備済みだ。
ワイシャツにスラックスに革靴という恰好だが、エリナに言わせるとそれほどおかしい恰好ではないと言われた。
だが結局他に着替えがあるわけでもないし、帰りに服を揃えるか。
「ガキんちょどもすげー勢いで食ってたけど昼の分をちゃんと残せるのかな」
「パンはあるし大丈夫でしょ」
「まぁ朝に食い尽くしたとしても自業自得だわな、ってここか?」
「そう、ここが冒険者ギルド。さっそく入ろうお兄ちゃん」
言われてその建物を見ると、かなり広そうな敷地に二階建ての建物が建っていた。
レンガ造りのその建物はやや古ぼけてはいるが、外部の依頼者が来るからだろうか、なんとか清潔感を保っているようにも見える。
扉は大きく開け放たれていたのでそのままエリナと入る。
入った瞬間、丸テーブルで木製のジョッキのようなものをあおっている奴が目に入る。
そのガラの悪そうなおっさんの舐めるような視線を浴びるが、気にせずバスケットボールが出来そうな広さの飲食スペースを抜け、女性事務員が座っている受付カウンターへ向かおうとする。
「おい兄ちゃん!」
なんだコイツ。いきなりちょっかいかけてくるのか。どういう思考してんだ。
酔っ払いは何するかわからないから怖いんだよ。
よく見ると皮鎧にロングソードを腰に佩いたまま酒を飲んでいる。
鎧脱げよ、刃物を持って飲酒するなよ。
馬鹿か。
どうする? エリナもいるしさっさと逃げたいが、職員も目の前にいるし大丈夫かな?
「おいそこの可愛い子連れてる背負い籠の兄ちゃんだよ!」
「お兄ちゃん! 聞いた? 可愛いだって!」
「お前状況を考えろや」
「お前じゃなくてエリナ!」
「おい! 兄ちゃんよ!」
あーうっさいな。
昔も良く絡まれたけど朝っぱらから酔っ払いに絡まれるのは流石に初めてだ。
どうなってんだ冒険者ギルド。
凶器持ってる馬鹿に酒なんか提供するなよ。
依頼主が怖がって入れないだろ。
「お兄ちゃん、私可愛いと思う?」
「お前凄いな、尊敬するわ」
「尊敬より可愛いかどうか聞いてるのに! あとエリナ!」
「おい! ふざけてんのか!!」
酔っ払いの男が俺の肩に掴みかかろうと手を伸ばしてくる。
その瞬間俺は男のその右腕を取り、右足を素早く男の右足の外側に入れて、背中を向けて引き倒す。
いわゆる体落としという奴だ。
背負い籠には当たってなかったとは思うけど、壊れてないよな?
仰向けで倒れているおっさんをうつ伏せにして腕を絞り上げる。
「おっさん、さっきからうるさいよ」
「いたたたた、おいてめぇ離せ!」
「離したら今度は腰の剣を抜くだろ? 嫌だね」
「良いから離せ! おい!」
「どうすっかな、腕折っとくか?」
「やめろ! いや、やめてください!」
「もう絡まないか?」
「絡みません! 絡みません!」
「よし、じゃあ解放してやる」
男の腕を離すと、立ち上がって俺をにらんでくる。そして予想通り腰に手を伸ばす。
「お前……タダで済むと思うなよ。ってあれ?」
「おっさんの剣はここだけど?」
当たり前だ、こんな恐ろしい凶器をそのままにしておくわけがない。
どうせ約束を守る気なんて無かっただろうしな。
というか俺一人だったら絶対に逃げてたけど、流石に俺の目の前でガキんちょに何か危害を加えるようなことをしたら、ヘタレな俺でもヘタレスイッチがオフになる。と思う。
「チッ、覚えておけよ餓鬼が!」
お決まりの台詞を吐いて逃走するおっさん。
「うーん、清々しいほどのクズだったな」
「お兄ちゃんあれなんて技⁉」
「あれは柔道の体落としって技で、養護施設に併設されていた道場で習ってた格闘技だよ」
「じゅーどーのたいおとし! すごい!」
「施設長の本業が柔道の先生でな、それで善意で養護施設をやってくれてたんだよ。バイトできる年齢になってからはずっとやってなかったから、それほど使えるわけじゃないけどな」
「でもお兄ちゃん強いんだね!」
「あいつが弱いんだよ。朝っぱらから仕事もしないで、酒飲んで一般人に絡むような馬鹿が強いわけないからな。体つきもしょぼかったし」
「ふーん。で、私可愛いと思う?」
「お前ほんと凄いな」
「可愛いかどうか聞いてるのに! あとエリナ!」
「あと背負い籠壊れてないか? 壊れてたらギルドに請求するから」
「んーと、大丈夫!」
「そか、じゃあ受付するか」