暴動のススメ
「トーマ様、エリナ様でいらっしゃいますね? わたくし、シルヴィアの姉のクリスティアーネ・グライスナーと申します。救国の英雄並びに聖女様にお会いできて光栄に存じます。以後お見知り置きくださいませ」
そういうと、クリスティアーネと名乗った女は、スカートの両端を少し持ち上げて優雅に挨拶をする。
カーテシーって言ったっけ?
武人と貴族令嬢が混じったポンコツとは違って、ドラマで見た貴族令嬢そのままのイメージだな。
「クリスティアーネさんですね! エリナ・クズリューと言います! お兄ちゃんの奥さんです! よろしくお願いします!」
こんなすごい美女に聖女と言われて超絶ご機嫌なエリナが興奮状態で挨拶を返す。
まあ気持ちはわからんでもないし、俺にとってエリナは聖女も同然だしな。
「エリナ様、ご丁寧にありがとう存じます。よろしくお願いいたしますわね」
「あー、英雄というのはやめて欲しいんだが」
「では勇者様とお呼びすればいいのでしょうか? <転移者>の方々は勇者という職業名に特別な思いがあると聞いたことがございます。ただしこちらの世界の感覚ですと勇気ある者という呼称が何故職業として成立するのかよくわかりませんし、これといった特別な響きは感じませんけれども。あえて呼称するならば勇士というのが一般的でしょうか?」
「その辺は俺も無いし、勇者なんて恥ずかしい呼び方もやめてくれ。トーマと呼び捨てにしてくれていい」
「仰せとあらば大変恐縮ではございますがその通りにさせて頂きます。ですが妹の命を救っていただいたのは事実ですし、そのせいで両腕を失う重傷を負われたとか」
「その分はぽん、お前さんの妹に十二分に補填して貰って却って申し訳ない位なんで、気にしないでくれ」
「トーマ様、ポンコツで構いません。異世界の書籍でその意味は把握しております。事実その通りですし、薄っぺらい正義感に囚われて騎士団に入団するような浅はかな妹で恥ずかしい位です」
「姉上!」
「そうでしょう? トーマ様のお陰でやっと自分のやっていることが無駄だと理解できた位ですから」
「うう……」
「トーマ様にはこの不出来な妹を救済頂いたご恩義もございますので、わたくし共々如何様にもお使いくださいませ」
「いやいや、ポンコツは別としても何故あんたまで俺がこき使わなきゃならんのだ」
「ですがこの国を滅ぼすのでしょう?」
「は?」
「申し訳ございません、性急に過ぎました。まずは領主である我が父と後継者である兄の首級を挙げ、城門に晒しましょう」
「何言ってんのお前?」
「そうでした、民衆への配慮が欠けておりましたわね、首を斬る前に磔にして市中を引き回しましょう。民衆の投石で命を落とすかもしれませんが、それはそれで民衆の鬱憤を晴らすことにもなりますし、まさに一石二領主ですわね」
「いや、上手くないからなそれ。なんで領主とその後継者を殺すとか言い出してるの」
「まずはこのファルケンブルク領を掌握するのが先ですからね」
「いやいやいや、なんでそうなるんだ」
「はい? トーマ様はこの町、そしてゆくゆくはこの国を改革されるのですよね? わたくしはそのお志に共感いたしました。是非お力添えをさせて頂きたく存じます」
「そこまでの事は考えてないし、仮に改革を促すとしても何故いきなり領主に対して暴動を起こさなきゃならんのだ」
「いいえトーマ様、これは暴動ではございません。革命でございます」
「うるせー」
それは俺がギロチン台に乗せられる方のフラグだろ。
やめろ、縁起でもない。
「姉上、トーマ様の仰せられる通りです。まずはわたくしがトーマ様に嫁入り致します。その後トーマ様には領主一族として改革に辣腕を振るっていただく予定ですから」
「そんな話初めて聞いたし、そもそも結婚しないって言ってるだろ」
「シルヴィアは相変わらず頭がお花畑なのですね。あの頭が固くて意志薄弱なお父様とボンクラのお兄様がトーマ様のお話をまともに理解できる訳がないでしょう?」
「いいえ、誠心誠意説得すれば理解してくれるはずです」
「甘いですわね。そのような柔軟な頭があるのでしたら暗殺ギルドや盗賊ギルド、冒険者ギルドなどに援助金など出すはずがありませんわ。わたくしの計画通りに事が進めば、いかに無能な領主がこの町にいたとしてもあっというまにこの町の改革が出来ます」
「それは……」
「お前領主家の人間とは思えない位に素晴らしく優秀なんだな。よし、どういう計画だ。計画次第じゃその話に乗っても良いぞ」
「流石トーマ様。ではわたくしの考えた計画をお話しさせていただきます」
「おう」
「城に乗り込んで領主である我が父と後継者である兄を殺します。しかるのちにわたくしの夫となり、このファルケンブルク領を掌握します。その後周辺の諸侯領を併合してラインブルク王国を滅ぼします。いかがでしょうか?」
「いかがでしょうかじゃねー! ガバガバじゃねーか!」
「どのあたりがでしょうか? たしかに兵力の計算はある程度の希望的観測に基づいているかもしれませんが」
「兵力の数なんか出てきてないだろうが! 最初からガバガバだわ!」
「そうですよ姉上! 私がトーマ様に嫁ぐのですからその計画は成立しません! そんな過激な性格だから二十二歳になっても恋人の一人も出来ないのですよ姉上!」
「……シルヴィア? 今なんとおっしゃいまして?」
「良い機会です。姉上にはしっかりと御自身に問題がある事を理解していただきます」
領主家の姉妹がお互いに戦闘体勢に入る。
見た目は二人とも美人だし、着てる服は清楚なのに雰囲気はもうチンピラのそれだ。
妹の方なんか抜刀しやがった。
姉についてた侍女みたいなのは防御魔法だかを周囲に張り巡らしているようだ。
侍女たちはかなり手慣れているし、よくある事みたいだな。
「なんだただの駄目姉妹か。やっぱりここの領主一族って馬鹿だらけなんだな。よしエリナ中に入ろう、そのあとに塩撒いておけ塩」
「よくわかんないけどわかった! お塩もったいないけど!」
「変な奴が孤児院に来ないようにするおまじないみたいなもんだからケチったら駄目だぞ」
「はーい!」
ったくどうしようもねーな、領主一家は。
やっぱりいっそのこと滅ぼした方が良いんじゃねーのか? と思いながらバタンと孤児院の扉を閉めると、出迎えに来たガキんちょどもが「なになにーどうしたのーしゅらばー?」とか言い出しやがった。
教育にも悪いのなあいつら。
「はいはい、頭のおかしい大人は放って置いておやつにするか。ラスクあるぞラスク」
「わーい、らすくすきー」
「ミリィはそればっかだな」
「おにーさんもすきだよー?」
「はいはい、ありがとな。大量にあるけど晩飯に影響しないように気を付けて食えよ。余ったら預かった子らへのお土産にするんだからな」
「はーい!」
「返事だけは最高なんだよなー」
着替えた後、台所から大量のラスクの入った器を数個エリナと持って行き、ガキんちょどもに提供する。
預かった子らもバリバリ遠慮なしに食べている。
大分慣れたみたいだな。もう孤児院のメンバーと変わらん。
ミコトも普通ににーちゃねーちゃと懐いてるし、可愛がってもくれてるし。
数日後には託児所のリフォームも終わるし、そろそろ受け入れ準備をするか。
何人か預かってくれないかと貧困家庭からの申し出も婆さんにきてるみたいだしな。
元ネタはフランス革命の際の、ルイ十六世と国王衣装係のリアンクール侯爵のやりとりです。




