与えられたチャンス <エリナ 表情集の挿絵あり>
リビングに戻り、あぐらをかいて座ると、エリナもちょこんと俺の横に正座で座る。
「風呂って毎日は入らないんだろ?」
「うん。一週間に一回くらいかな。お水を溜めるのも大変だし、薪もいっぱい使うからね」
「石鹸やシャンプーは?」
「しゃんぷー? あぁシャンプーね。石鹸はあるけどシャンプーは高いから使ってないなぁ」
シャンプーという単語に考え込んでたエリナがシャンプーと理解して返事をする。
ジャガイモの時もそうだったが、言語変換機能がちゃんと働いてることに感動する。
シャンプーを使ってないというエリナの髪を見る。シャンプーを使わないでこの艶か。
でも毛先を見ると少し傷んでいるようだ。
ガキんちょ共を見渡しても一応清潔には保っているようだが、どこか薄汚れた印象だ。
ガキんちょは良く動くだろうし、初夏じゃ良く汗もかくだろう。
流石に一週間に一回じゃ少ないな。
また俺の心が少しざわつく。
「お前らって普段は何してるんだ?」
「お掃除したり、内職したり、お勉強したり、小さい子たちは裏庭で遊んだりしてるけどね。あと私はお料理とかもするよ。アランも十歳になって色々お手伝いできるようになったからかなり楽になったんだよ」
「あいつって十歳だったのか、やっぱり育ちがあまり良くないな。んでお勉強ってのは?」
「小さい子に大きい子が絵本の読み聞かせをして文字や言葉を教えるんだよ。あとは院長先生が計算とかこの国の歴史とか色々だね」
「おお、凄いな」
本棚に十数冊ほどある本を手に取って見てみると、かなり使い古されているが、絵本の他にも簡単な文字で書かれた本や簡単な計算の本まで揃っている。
活版印刷や植物紙もすでに一般的のようだ。
「やはり本は高いのか?」
「高いよー。新品は大人のお給金くらいするんだって。ページ数の少ない子供用の本とか絵本ならもっと安いみたい。ここにある本は寄付で貰ったものだから良く分からないけど」
「なるほどね。エリナは中古本屋の場所を知っているか? 知ってればガキんちょどもの本でも探してみたいんだが」
「知ってるよ! 明日案内するね」
「安ければお前用の本も選んでいいぞ。勉強に使えるなら将来ガキんちょどもにも教材として使えるだろ」
「お前じゃなくてエリナだけど、中古でもたぶん高いよ?」
「まぁ行ってみてからだな。あとは内職ってどんなことをやってるんだ?」
「染み抜きとかお洗濯だね。ボタン付けや繕いもするよ」
「それでどれくらい稼げてるんだ?」
「汚れ方とかにもよるけど服一着で銅貨数枚かなぁ? 糸を使うボタン付けや繕いはもう少し貰えるみたいだけど」
「うーん、やらないよりはマシって所か。内職の時間で勉強できるようにした方が良いとは思うが」
「洗うだけだったら小さい子でもお手伝いできるからね。孤児院には綺麗な水が出る井戸があるから恵まれてるんだって」
「日本に住んでたら考えられない事だけど、ヨーロッパって飲用水が貴重だったんだよなそういえば。薄めたワインを常飲してたとか」
「にほんって井戸がいっぱいあったんだね。行ってみたいな」
「もう二度と行けないから諦めろ。というか動画が拡散されてるから戻りたくない。代わりに話を聞かせてやるから」
「ほんと⁉ お兄ちゃんありがとう!」
「まあおいおいな。明日は少し早く起きてガキんちょ共の飯大量に作ってから出かけるぞ」
「わかった!」
「そういやこの世界は一日三食なのか?」
「そうだよ。魔法技術が上がったおかげで、夜でも働く人が増えて三食摂るようになったって院長先生から習ったよ」
「前世では照明が発達して労働時間が延長したおかげで三食化したんだっけか、たしかに中世じゃなく近世だな」
「孤児院では院長先生が照明魔法を使ってくれるからね。私の部屋もそうだよ」
「魔法を使える人間がすぐ側にいた! 俺も使ってみたいな」
「院長先生も照明魔法以外にも使えるし、町では魔法を教えてくれるところもあるよ。冒険者ギルドには魔法適性を調べる道具があるみたいだし、明日調べてもらおうよ」
「良いなそれ」
「私も調べたい!」
「良いぞ。っていうかお前調べてないのか?」
「お前じゃなくてエリナだけど、平民には魔法適性のある人は少ないんだって。お貴族様は生まれてすぐに調べるらしいけど、平民は十五歳で仕事が出来るようになって、働く場所の登録証を作る時に一緒に調べるんだよ。院長先生は平民だったけど、魔法適性持ちで元シスターだったんだって」
「じゃあ丁度良いな。婆さんに話を聞きたいけど、まぁ今日は大変だったし明日以降でいいだろ。って俺の寝床はどこか聞いてるか?」
「お兄ちゃんは私が今朝使っていた部屋を使って」
「エリナの部屋じゃないのか?」
「お前じゃってお兄ちゃんわざとやってるでしょ。今物置になってる部屋を片付けてるからそれが終わるまで私の部屋を使って良いよ」
「いや、それは悪いから毛布かなんか貸してくれればいいよ」
「だーめ! 私はついこの間まで女の子達と一緒の部屋で寝てたの。十五歳になったから個室が貰えたんだけどね。だから私が慣れてる部屋で寝るだけなんだからそれでいいでしょ。布団と枕はもう変えてあるから」
「わかった。明日帰ってきたら物置部屋整理するからな。ありがとうなエリナ」
「うん……なんか素直なお兄ちゃんがお兄ちゃんらしくない気がする」
「何言ってんだ、今日会ったばかりだろ」
「そうだけど……」
「よし、もう俺は寝るぞ。明日早めに起こしてもらっていいか? 時間感覚がまだわからんからな。でもエリナの体調が悪そうだったら連れて行かないからな。その為にもたくさん寝ろよ」
「わかった! 任せて!」
リビングを出てエリナの部屋に入り、ベッドに体を横たえるが、眠ろうと目を瞑っても眠れない。体は疲れているのに、心がざわついていてどうにもならない。
どうやらこの世界も俺の気に入らない事が日常になっているようだ。
弱い者が弱い立場のままずっと放置される世界。
俺が常に憎悪し、認めなかった世界。
弱い立場から這い上がればいい?
チャンスは常に転がっている?
巫山戯るな!
じゃあ俺が前世で目にしたあのガキんちょどもにも平等にチャンスが与えられているとでも言うのか!
――貴方の思い通りになると良いわね。
不意に思い出すあのアマの言葉。
今までは存在すら認めていなかったが、どうやら神というのは存在するらしい。
上から目線だろうがなんだろうが、せっかく与えられたチャンスだ。
今度こそ、せめて俺の目の届く範囲だけでも俺の思い通りにしてやる。
例えそれが自己満足だろうとな。
俺はほんの少しだけ、あのアマに感謝するのだった。




