憎むべき相手
俺はこみ上げる怒りを感じつつ、そのまま話を続ける。
「孤児を十人も抱えてるのに運営費が三ヶ月に金貨一枚だぞ。建物もボロボロで修復費用も出ないし、婆さん、孤児院長なんだけど、代書や書写の内職をやってたり、ガキんちょどもも銅貨数枚で洗濯だの染み抜きだのって内職をしても満足に飯も食えなかった。それに後から聞いたらその三ヶ月に金貨一枚ってのは婆さんの給料込みなんだと。最下級の兵士で銀貨十五枚だろ? 婆さんの給料もそれくらいだとしても孤児十人で毎月銀貨十八枚だ。婆さんなんか自分の給料も孤児院の費用に充てて計算してたけど、それでも足りてなかったんだよ」
「はい……」
「食事なんか黒パンだけの日もあったんだと。白パンなんて年に数回ってレベルだ、黒パンなんて白パンと銅貨数枚しか価格差が無いんだぞ? 理解できるか? お前みたいな良い服着た奴に。んで去年くらいか、<転移>して来たばかりの俺は孤児院の連中に助けられてな、恩返しに冒険者をやってあいつらを食わせてたんだよ」
「それは……大変でしたねトーマ様。それに<転移者>だったのですね」
「大体だな、ガキんちょってのは大事にしなきゃならない存在だろ? 暗殺ギルドとか盗賊ギルドみたいな頭の悪い組織や、クズだらけの冒険者ギルドに補助金を出しておいて、子供達には白パンも食えない程度にしか運営費を出さないとか、頭どうかしてるだろ。この国だか町の上の連中は」
「トーマさん」
「先生」
「は」
「んでエリナが貴族並みに魔法が使えるのがわかったし、俺も潜在魔力は低いけど全属性持ちだったんで、二人で狩りをして稼いで、やっと孤児院のガキんちょどもがまともな飯を食えるようになって」
「はい」
「大分貯蓄も出来たってタイミングで、孤児院の前に生後半年位の子供が捨てられてたんだよ。もうどうなってんだこの国の連中はよ。んで俺達だっていつまでも狩りで稼げるわけじゃない。現にこういう危険もあるわけだしな。でも国はいつまでたっても子供たちを救ってくれない」
「耳が痛いお話です」
「なら託児所を作れば、子供の世話で満足に仕事が出来ないとか、生活できなくなって子供を捨てるような貧困家庭の一助にもなればそういう不幸な子は減るだろ。貧困家庭からは無料で預かって、ある程度の収入がある家庭からは少額でも寄付金、趣旨に賛同してくれる貴族やら富豪を見つけて支援してもらえば運営で収入を得られるかもしれないしな。それを国がやらないから俺がやってやるって言ったらエリナも喜んで協力するって言ってくれたんだよ」
「大変申し訳なく」
「んで今回のブラックバッファローの異常発生だ。ここで稼いでおけば託児所もしばらくは援助が無くても貧困家庭から子供を預かれるかもってんで、狩りに出てきたら地竜に追われてるお前と遭遇して、本当は疾風でさっさと逃げて見捨てても良かったんだが、そんなクズみたいな事をしたらこの国のクズ連中と同じだからな、気分が悪いから地竜に挑んだんだよ。あらかじめ落とし穴も掘って、もし落とし穴に入らなかったら疾風使って撤退する予定だったんだが、お前が馬捨てて走ってただろ? そのまま逃げたら今度はお前が地竜に追われる立場になるのを考えたら、逃げるに逃げられなくなって最後の手段に出てこのありさまだよ」
話してる内に腹が立ってきてくどくど文句を垂れてしまった。
まあ良いか、全部真実だし。
泣いていたエリナもクレアも大人しくなった。
まあ勿論聞いてるよな。
「この度は本当に……」
「知ってるか? 孤児院の連中を助けてくれてたのはこの国の市場で働いてる小売りの店だったりするんだよ。子供達に食べさせてあげてって色々おまけしてくれたり安くしてくれたりな。でもお前ら貴族や富豪からの寄付なんか皆無だし、領主なんか孤児院に一年以上いてもしょぼい運営資金を定期的に渡してくるだけで何もしてくれないんだぞ、自分たちも黒パンを食うしか無い程生活が苦しいわけじゃないのにな。ガキんちょどもは、薪代が無いせいで夏なのに一週間に一回しか風呂に入れなかったんだぞ。寄付をしてくれる人もたびたび来るんだが、生活が苦しい平民が銅貨数枚とかを少しでも子供達の役に立てばって置いて行くんだぞ。おかしくないか? 贅沢な暮らしをしている貴族や金持ちは一切寄付をしてくれないのに、生活が豊かじゃない平民がこの国の子供を一番気にかけて寄付してるんだぞ? マジでこの国だか領主だか知らんが、糞みたいな連中のせいでどんだけ貧困層の子供が苦しんだり死んだりしたと思ってるんだ。いい加減にしろと怒鳴りつけてやりたいわ」
「もう怒鳴って……」
「モンド! しばらく口を開くな!」
「申し訳ありません」
「お前、年上にそういう口を利くなよ、俺も大概だがな。あーなんか一気にまくしたてたらすっきりした。で、地竜を倒した後の俺は?」
「はい、至近距離どころか、刀身に直接電撃の魔法を何度も放ったトーマ様の両腕は炭化していまして」
「炭化?」
「はい、焼け焦げて欠損しておりました」
「oh……」
「支える腕が無くなって地竜から落ちた時に胸部と足を強打されまして、右足は骨折、肋骨は数本折れていたという状況です。腕が無い状況でも魔法を放って地竜を攻撃していたとお伺いしました」
「でもなんか歩いて逃げようってエリナと歩いて逃げてた記憶があるんだが」
「お二人の魔力が尽きたので、エリナ様がそんな状態のトーマ様を支えて離脱を図っていました。お兄ちゃんごめんなさい治癒魔法が使えなくてごめんなさいとそれは悲痛な叫び声だったと地竜討伐で出陣した騎士団の連中が話していました」
「うわあ、それは泣くわ。俺でも泣くし」
「その時のトーマさんは両腕を無くされた事に気づいていなかったようで、女騎士、わたくしの事ですね、わたくしの安否や、地竜が生きていた場合の町や孤児院の事を気にしていたと」
「なんか色々言ってた記憶はあるが、たしかに死んでもおかしくない状況の奴が言うセリフじゃないな。錯乱してるわ」
「その後、騎士団の内数名がエリナ様とトーマ様をこの治療院にお運びして、残った者が地竜の討伐を確認して今に至るという訳です。それが四日前の出来事です」
「四日も寝てたのか。俺の他に怪我人や犠牲者なんかは出たのか?」
「おかげさまで、今回の負傷者はトーマ様お一人だけという結果になりました。トーマ様はわたくしの命の恩人です。また町を救って頂きました事、騎士団、いえ、領主家を代表して御礼申し上げます」
「……領主?」
「はい」
「貧困世帯の子供や捨て子、孤児達にゴミみたいな援助しかしないで、事実上の放置状態のまま何人も殺しまくってきたあのゴミクズの?」
「……はい、大変申し訳なく」
「帰れ」
「トーマさん流石に……」
「モンド!」
「あーやっぱ帰らなくていい、俺達が帰るから。ここの治療費はちゃんと自分で払うからな。日本刀もいいわ、俺が自分で買い直す。もしかしたら使えるかも知れんから刀身は返せ。少しでも傷をつけたら殺すぞ、俺の命を救ってくれた相棒だからな」
「いえ、そんな訳には」
「うるせー、ガキんちょ放置しておいてそんないい服を着てるようなクズなんかと話す口は無いわ。命なんて張らないでさっさと見捨てて逃げればよかったよ。日本刀も胸甲もダメにしちゃったし魔法石の結婚指輪も腕ごと無くしたんだぞ。おい、エリナ、クレアさっさと帰るぞ。治療費掛かっちまうからな。請求書は孤児院に送ってくれよ先生」
「え、トーマさん、いや、その……」
「待ってくださいトーマ様」
「俺の名前を呼ぶな、耳が腐る。エリナ、クレア行くぞホラ」
「お待ちください!」
俺がベッドから立ち上がって帰ろうとすると、クソ女が入口の前に立ちふさがる。
エリナとクレアは、孤児院の過去の窮状を俺が語ってる時から俺の怒りに気付いていたのだろう。
先程からずっと黙っている。
そりゃそうだ、俺は<転移>してからずっとガキんちょを幸せにするために体張ってきたんだ。
ずっと見ぬふりしててクズギルドに援助金なんかバラ撒いてるクソ領主家なんか国王の次位に憎むべき連中だろ。
俺の視界に、俺の世界に入ってくるんじゃねーよ……。
「お前らの贅沢な生活を支える為に、一体今まで何人の子供の命を見捨ててきたと思ってるんだ。どうだ? 答えられるか? 答えられるなら話だけは聞いてやる」
「それは……」
「ならお前の今着ている服は金貨何枚だ? 孤児十人と国の要請に応じてわざわざ面倒ごとを引き受けてくれた婆さんの給料込みで一ヶ月銀貨三十三枚ちょっとしかくれない領主様?」
「……」
「結局そういう事だ。俺の最も軽蔑するべき敵だよ、お前らはな。ミコトなんか真冬に捨てられていたから、発見が少しでも遅れていたら俺の目の前で死んでいたかもしれないんだぞ。そういう子供の命と、そういう子供を何人も見殺しにしていた癖に、それを見ようともしないで散々贅沢な暮らしをしてきたお前らみたいな人殺しの命が等価だなんて思うなよ。二度と俺の前に顔を見せるな、胸糞悪い。エリナ、クレア行くぞ」
「うん、お兄ちゃん」
「はい、兄さま」
「安心しろ、俺達はこれでも高額納税者だ。お前らの贅沢な生活を支えるためにも税金はきっちり払ってやるよ。領民を守る義務があるはずの領主が、領民を守らず見殺しにしているお前らとは違ってな。俺は住民としての義務はちゃん果たしてるんだから、今後は一切俺に干渉するなよ。もしこの件で俺の周りの人間や孤児院に嫌がらせでもしてみろ、相手が貴族だろうと殺しに行くからな」
俺は文句を言いながら、何も言えずに突っ立ってるゴミの横を通り抜け、治療院を出たのだった。




