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孤児院の事情 <エリナ 表情集の挿絵あり>



 出来上がった料理を配膳する時なんかも年長組はキビキビと動く。

 小さい子らも一生懸命パンを配ったりと全員が何かしら動いている。

 流石に三歳くらいの子は少し上の子とペアを組んでテーブルを拭いたりしてるだけだが、やたらと微笑ましい光景だ。



「よし食っていいぞガキんちょども」


「「「いただきまーす」」」


「なんか妙に日本って感じがするな。この挨拶」


「おにーさん、これすごくおいしー」


「お前良い子だな、いっぱい食えよ。おかわりもあるからな」


「うわっ! 鶏肉もたくさん入っててすげぇ美味い! おっちゃんこれ美味いよ!」


「おう、お兄さんな。いっぱい食えよ。おかわりもあるからな」


「にほんって何? お兄ちゃん」


「俺が前に住んでたところだ。<転移者>ってわかるか?」


「うん! 小さいころ会ったこともあるよ!」


「マジか、随分と一般的なんだな<転移者>って」


「院長先生なら詳しく知ってるだろうけど」


「そうか、婆さんにシチューを持っていくついでに聞いてみるか」


「私も行く!」


「お前はガキんちょ共と飯食ってろ」


「お前じゃない! エリナ!」


「はいはい、エリナはここで飯食ってろ。おかわりもあるからエリナがよそってやれ」


「むー」


「お前……エリナは寝込んでた時は上品だったのに、元気になったら急にガキっぽくなるのな」


「確かにエリナ姉ちゃんおかしいな」


「いつもはもっとおねえちゃんしてるのにね」


「あれでしょ、おっちゃんに甘えてるんでしょ」


「あんたたちちょっと黙ってて!」


「お兄さんだからな」



 シチューとパンを載せたトレーを持って院長室に行くと、婆さんはすでに起きていたようで頭を下げてくる。



「トーマさん、子供たちの為に食事まで用意していただいて……」


「いやもうほんと気にしないで」



 サイドテーブルに食事を乗せたトレーを置いて椅子に腰かける。



「ところで<転移者>がここに来たことがあるそうだが」


「ええ、八年程前でしょうか? 一度孤児院にいらっしゃったことがあります。昔は別の世界の知識や技術などを教えてもらうために、国に招聘されてかなり優遇されていたそうです。ただもう<転移者>の伝える新しい知識や技術が代り映えしなくなったとかで、今はもう特に国が招くという事は無いですね。以前来た方も追放ではないですが、今後は自由に暮らせといくばくかのお金を貰って解放されたので、あちこちの町や村を旅していると仰っていました」


「扱いが酷い」


「ですがその方は喜んでいらっしゃいました。自由になれたと」


「なるほどね、俺にとっては<転移者>の価値が無くなった、ありがたいタイミングではあったのか」


「この町でも数年に一度くらいは見かけるという感じですので、そこまで奇異に見られないのも良かったんじゃないかと思います」


「その<転移者>ってどんな感じだった?」


「そうですね、トーマさんと同じ黒髪に黒い瞳で、もう少しお年を召されてて恰幅のいい男性の方でしたが、どこか挙動不審ではありましたね」


「挙動不審?」


「ええ、孤児院に寄付をしてくださるという話でしたが、一緒に何人か孤児を引き取りたいとおっしゃって」


「嫌な予感がしてきた」


「十歳くらいの女の子はいないかと」


「クズじゃねーか」


「当時は年長の孤児達の就職が決まって巣立ちしたばかりで、あとはこの町にあったもう一つの孤児院が閉所して、移ってきたばかりの七歳のエリナ以外は三歳以下の孤児しかいなかった状況でしたので、そのような年頃の娘はいないとお断りしたのですが……。とにかく寄付はするのだから一度中を見せろという事で孤児院の中を案内した所、エリナを見て気に入ったのか研究の助手として欲しいと申されてまして、何か不穏な感じがしましたのでお断りしましたところあっさりと了承されまして。ヘタレでしたね。元々そういった身請け話は全てお断りしてますが」


「へタレで良かったよ」


「結局寄付金は頂けましたし、亜人国家の話をしたら興味を持たれたようで、そちらの方に旅に出るとの事でした」


「平和の為にも野垂れ死んでて欲しいなぁ。あぁスマン、食いながらで良いからもうちょっと教えて欲しい」


「はい」



 遠慮すると俺がまた困るだろうと思ったのか、婆さんは素直にシチューに口をつける。



「まぁ! とても美味しいです」


「口に合って良かったよ。で、ここの運営資金に関してなんだが教えてもらって良いか?」


「国からは三か月に一回金貨一枚が支給されます。寄付はまちまちなのですが月に銀貨十枚から二十枚程度でしょうか。後は内職や代書、書写などの書類仕事を請け負ったりしているのですが、それらを合わせても月に均せば銀貨数枚というところです」


「月に銀貨五十枚に届かない位か。月にどれくらいあればこの孤児院の運営ができるんだ?」


「そうですね、月に金貨一枚あればある程度蓄えもしながら余裕を持って運営できるかと思います。現状だとどうしても食費や燃料費でギリギリで、設備の補修などにはとても手が回らない状況でして。エリナが十五歳になったので、働き口を探しているのですが、就職できたら給金を全部孤児院に入れると言ってくれています。出来ればエリナ自身の為に蓄えて欲しいのですが」


「例えばエリナに働き口が決まったとして月にどれくらい給金が出るんだ?」


「この国では十五歳から働けるようになり、二十歳で成人扱いになります。十五歳から働く子は見習い扱いとされ、月に銀貨七枚から八枚と言ったところですね。毎年すこしずつ給金が増え、成人する頃には銀貨十二枚から十五枚という所でしょうか。それでもかなり良い条件の場合です。特殊技能があればまた別ですが」


「ふむ。まぁ俺も働き口を探してみるよ。とりあえずは毎月銀貨五十枚を渡す、それでなんとかやってくれ」



 婆さんに「とりあえず二ヶ月分な」と言って金貨を一枚渡す。両手で受け取るその目は今にも泣きそうだ。



「あー、そういうのは苦手なんで気軽に受け取ってくれると助かる」


「はい……ありがとうございます……」


「んで手っ取り早く稼げそうな職に何か思い当たるか?」


「そうですね、危険ですが冒険者などは一攫千金を狙う人たちには一般的ですね」


「冒険者? どこかへ冒険をするっていう仕事か?」


「いえ、冒険者ギルドという場所で仕事を斡旋してるのですが、魔物討伐とか商人の護衛とかダンジョン探索、それこそ薬草の採取などなんでも扱っていますよ。国からの依頼だけじゃなく、この町の住人や貴族様がギルドに依頼をして、それを冒険者が受けるという依頼斡旋もしてますので、それこそ銅貨数枚から金貨何十枚まで色々な依頼があるようです」


「ハ〇ワか。世知辛いな」


「あとは商業ギルドですね。商売を始めるにはここのギルド員になっていないとできません。薬草なんかを採取してきて業者に買取に出すというのは誰が行っても問題無いのですが、店を出して不特定多数の人に売るというのは許可制になりますので。ただギルドは複数登録できるので、冒険者として集めた素材などを市場で売りに出す方もいるようです」

 

「昔で言う座みたいなものか」


「あとは市民権を金貨一枚で買えば、住居を買って所有したり、店を出す権利や公職に就く権利などが与えられますけれど」


「あぁ戸籍が無い状態だしな俺は」


「あとは門の出入りにも費用は掛からなくなりますよ」


「そっか、薬草採取の度に銀貨一枚払うのは勿体ないしな」


「ギルドの登録証さえあれば、国内の各町の入門税は免除されますよ。登録料はどのギルドも銀貨十枚程度なので、町の出入りと依頼をこなすだけなら市民権を買う必要は無いですね。他の町に定住する場合には、またその町での市民権を買う必要がありますから」


「なるほど、助かる。商材を見つけるまでは商業ギルドに行っても仕方がないし、明日にでも冒険者ギルドへ行ってみるよ」


「ですがあまり危険な事はなさらないようにしてください。何かあったら子供たちも悲しみます」


「ああ、わかってるよ。でもそれは婆さんもだからな。ちゃんと食べて健康になってくれ」



 はい……。とまた婆さんがお礼を言ってきたので、なんとなく居心地が悪くなって席を立とうとした瞬間、<どっぱん>という音と共に扉が開くと、案の定エリナが入ってくる。



「お兄ちゃん! わたしも明日一緒に冒険者ギルドへ行くからね!」


「お前聞いてたのか」


「お前じゃなくてエリナ!」


「はいはいエリナエリナ」


「もう! お兄ちゃん!」


「ふふふ、随分仲良くなったのですね」


「婆さん、こいつこんなこと言ってるけど」


「こいつじゃなくてエリナ!」


「道案内にもなりますし是非連れて行ってやってください」


「院長先生ありがとうございます!」


「んで、エリナはいつから聞いてたんだ?」


「エリナ姉ちゃんは兄ちゃんが部屋に入った後からずっと盗み聞きしてたぞ」


「アラン! しーっ!」


「まったく、エリナは」


「お兄さんが出来て嬉しいのですよ。今まではずっとエリナが皆のお姉さんでしたから。甘えられる人がいなかったんですね」


「そういや婆さんの分のおかわりは残ってるのか?」


「うん。エリナ姉ちゃんが一人分残しておけって言ってたから残ってるぞ」


「アラン!」


「婆さん、おかわりがまだあるからたくさん食べてくれ」


「ふふふ、私はこれで十分ですよ。トーマさんが召し上がってください。エリナもその為に残したのでしょう?」


「ち、違います! 院長先生の分です!」



 顔を真っ赤にしているエリナの頭にポンと手を載せる。



「ありがとな、エリナ。さあ戻るぞ。婆さんがゆっくり食えないだろう」


「うん……お兄ちゃん」


「エリナ姉ちゃんはわかりやすいんだよ」


「もう! アラン!」


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