食事事情 <市場の挿絵あり>
エリナの部屋を出て、さらに奥に行くとリビングとして使われていそうな二十畳はある広い部屋に、大きなローテーブルが置かれ、ガキんちょ共が集まっていた。
「おーい、さっきのガキんちょいるか?」
「なーに兄ちゃん」
「買い物に行くから市場まで案内してくれ」
「いんちょーせんせーに外に出ていいか聞いてくる」
「許可はもう取ってあるぞ」
「じゃあ行こう兄ちゃん」
「背負い籠みたいなものはあるか?」
「あるぜ兄ちゃん」
ガキんちょに案内された物置で見つけた大小の背負い籠を二人で背負い、孤児院を一緒に出て、先程通った門の方へと向かう。
孤児院の周辺は治安があまり良くなさそうだな。
ガキんちょに案内させてしばらく歩くと広い道に多数の露店が並んだ市場に着く。
道端にそのまま商品を並べてたり、日除けの簡易なテントを張った店もあったりして雑多だ。
日本で見た朝市やフリーマーケットみたいだな。もう昼はとっくに過ぎてるのにまだ盛況だ。
「ガキんちょ、シチューって知ってるか?」
「しちゅー? ああシチューか、何言ってんだ兄ちゃん。当たり前だろ」
「しょっちゅう食べているか?」
「うーん、月に一回出ればいい方かなー」
「牛乳は定期的に飲んでいるか?」
「えっ、飲まないよ。バターの材料だろ?」
「そっか、中世ヨーロッパじゃ牛乳は飲用じゃなかったのか。じゃあ馬鈴薯って分かるか?」
「ばれいしょ? あぁジャガイモか。うんあるよ。さっきから変な事ばっか聞くのな兄ちゃんは」
「ジャガイモはあるのか。大航海時代は経過してるのか? たしか南アメリカ原産でジャカルタ経由で入ってきたって由来の名前だろ? 言語変換とかの影響なのかな。まぁ考えても仕方がないし通じれば問題無いか」
「ジャガイモとか野菜はあっちの店にあるぞ」
ガキんちょに案内された店を見ると、たしかに日本と変わらない野菜も多い。
これならここで生活するにも問題なさそうだな。
値段はジャガイモも人参、トマトなんかも一つ銅貨五枚程度か、最下級の兵士の給料が銀貨十五枚だから十五万だとすると五十円前後ってところか。まあこんなもんだな。
「孤児院の人数はわかるか?」
「いんちょーせんせー入れて十一人。兄ちゃんで十二人目」
「じゃあお前がガキんちょ一号だな。よし、じゃあ多めに買っていくか」
「いちごう? よくわかんないけどわかった」
俺の背負っていた大きい方の籠を、露店のお姉さんとはギリギリ言いたくない感じのおばちゃんに渡して、あれこれと指定して野菜を入れてもらい、代金を支払う。
これはおまけだよと言ってでっかいキャベツを三個も入れてくれた。
「兄ちゃん俺の籠には入れないの?」
「まあ待て一号、まだ他にも買うから。おばちゃん、バターや牛乳を売ってる店の場所ってわかる?」
「それならこの並びの一番外れだよ。お菓子でも作るのかい? お貴族様くらいしか牛乳は使わないから売ってないかもよ」
「そっか、ありがとうおばちゃん。とりあえず行ってみるよ」
「またうちの店で買っておくれよ」
「ああ是非寄らせてもらうよ。おまけありがとなおばちゃん。さあ行くぞ一号」
「あいよ兄ちゃん」
おばちゃんの言う通り市場の端まで来ると、ちゃんと牛乳は売ってた。売ってたが高いな。
二リットル位のガラス瓶と込みで銀貨一枚。
次回から空瓶を持ってくれば銅貨五百枚で中身入りと交換との事だった。
まあ俺の浅い知識でも栄養価が高いのは間違い無いから買うか。
バターも売ってたので一緒に買い、ガキんちょの案内で鶏肉、鶏ガラ、小麦粉、香辛料、油なんかも買って帰路に着く。
コンソメがあれば楽だったんだがまあ鶏ガラと野菜で出汁を取るか。
孤児院に着くと、ガキんちょ一号がいんちょーせんせー戻りましたと挨拶をする。
随分礼儀正しいんだなと思っていると、返事を待たず扉を開けるガキんちょ一号。
「ほいほいただいまっと」
孤児院に入るとエリナがこちらに向かってくる。こいつ百五十センチも無さそうだな。
「おかえりなさいお兄ちゃん!」
「エリナお前寝てろって」
「もう大丈夫! それよりお料理するんでしょ? 私手伝うから!」
左手でエリナの手を握って、右手でエリナの額に触れてみる。
さっきよりも体温が上がってるな。
それに顔色も良くなってきたどころか少し赤くなってるくらいだ。
ヨモギのお茶が効いたのか? あれって冷え性や貧血、血行障害に良かったんだっけ?
「うーん、血色も良くなったし大丈夫そうか。じゃあ手伝ってくれ、俺はあまり得意じゃないんでね」
「う、うん!」
「エリナ姉ちゃんがこんな元気なの初めて見た」
「おっちゃんに惚れたんじゃないの」
「えっ、エリナ姉ちゃんは美人だけどおっちゃんは普通以下じゃん、釣り合わないよ」
「おねーちゃん、かおがまっかー」
「ちょっと! なんてこと言うの!」
「俺はお兄さんな。これでもまだ十八歳なんだぞ」
「お兄ちゃんはもうちょっと上かと思ってた……」
「エリナは何歳なんだ?」
「十五歳だよお兄ちゃん」
「お前、十五歳でその背丈か。これからはちゃんと食うように」
「お前じゃなくてエリナ!」
「飯の心配はもういらないからな。俺が何とかしてやる」
「お兄ちゃん……」
「さぁ料理を手伝ってくれ。ピーラーなんか無いだろうし包丁はあまり得意じゃないからな。頼むぞエリナ」
「はい!」
エリナと二人でキャベツやジャガイモニンジンなどの野菜と鶏肉たっぷりのクリームシチューを作る。
出汁がどうにもうまく取れなかったが、味見をしたエリナが驚いてたしまぁ大丈夫だろう。
パンも買ってきたが、ちゃんとベーキングパウダーだかイースト菌だか酵母を使ってふんわり焼き上げた白パンだ。
ガキんちょ一号に言わせれば、白パンは黒パンより高いからあまり孤児院では出ないとのこと。
実際パン屋では黒パンの倍くらいの値段がした。
それほど高いとは思わなかったが、それだけ孤児院の運営が厳しいのだろう。
まぁ栄養価で言えばライ麦で作られた黒パンの方が良いらしいからガキんちょ共の栄養的には良いのだろうが、できればおかずの方で栄養摂取して白パンを主食にしてやりたい。
ついでに米を見つけたんで買ってきたが、長粒種なんで今度パエリアかピラフでも作ってやるか。小麦より高いのでしょっちゅう出すわけにはいかないがな。