バカップル
「あのさ」
「なあにお兄ちゃん?」
てくてくと歩きながら、「哺乳瓶のお陰で、赤ん坊を旦那に任せられるからアタシが店に出られるんだよ! 良い物をありがとね!」という野菜売りのおばちゃんから解放された途端、いつものように俺の腕にしがみついてくるエリナに一応聞いてみる。
「昨日も同じようなやり取りしてたけど飽きないの? ねえあと五ヶ月以上もこれを続けるの? お兄ちゃんちょっと頭痛くなって来たんだけど」
指輪が俺に見えるようにわざわざ左手の位置の調整をするのも忘れないようだ。
いつも密着してるから、エリナの手編みのマフラーもこんなに長くしなくても良いんじゃないかってくらい余ってる。
「んー、もうちょっとかな!」
「完全に俺の心を折りに来てるだろ」
「そんな事無いよ! 私だってあの話を聞いたら六月以外の結婚なんて考えられないもん!」
「後悔して来た」
「私! 今凄く幸せなんだよ! だってお兄ちゃんは私とあの子たちの事を真剣に考えてくれた上で、六月に私と結婚してくれるって言ってくれたんだもん!」
「わかったわかった、周囲の視線が痛いからちょっとおとなしくしよう。お兄ちゃんちょっと魔法で穴を掘って隠れたくなっちゃうから」
「はい!」
「返事は完璧だけど、もうちょっと自重してくれな?」
「じちょー?」
「いやいやいや、自重の意味知ってるだろお前! 頭こてって倒したら何でも俺が許すと思ったら大間違いだぞ! でも最高に可愛いぞエリナ!」
「えへへ! お兄ちゃんもかっこいいよ!」
『ペッ!』
「ほら、独身のブサイクなおっさんが俺達に嫉妬して、道端にツバ吐いてるからちょっとおとなしくしような!」
「はーい!」
「エリナは絶世の美少女だからな! 嫉妬されちゃうのはしょうがないけど気を付けないとな!」
「そんなことないよ。お兄ちゃんの方が私なんかに釣り合わないくらい優しくてかっこいいもん!」
「自分の食べ物を下の子に食べさせて、自分は腹を空かせてるような優しいエリナに、実は俺一目惚れしてたんだぞ!」
「えっ……」
「あっしまった、つい暴走した」
「お兄ちゃんそうなの!?」
「エリナに初めて会った時から意識はしてたと思うぞ。綺麗な子だなとドキッとしたし、しかも腹空かせた子供に自分の飯を食わせて倒れるような子だぞ、そりゃ惚れちゃうだろ。ヘタレだからお前の好意をわかってても真剣に考えないようにしてただけで」
エリナは腕から離れると、俺の上半身に抱き着いてくる。
「嬉しい……」
「そか」
「私もね、初めてお兄ちゃんに会った時は、すごく優しいお兄さんだなって思ってたの」
「パンを食わせたときか」
「うん。でね、その後に、心配するななんとかしてやるって言われた時からずっと好きだったんだよ。その時のお兄ちゃんすごくかっこよかった……」
「飯作ってる時だったか」
「そう。その後も私やあの子達の為に一生懸命に色々してくれたし、いっぱい優しくしてくれて。すごく優しいけど、少しぶっきらぼうな人だなって思ってたけど、それが照れ隠しなんだなってわかっちゃったらもう好きが止まらなくなっちゃったの」
「エリナから告白させちゃったからな。ヘタレでごめんな」
「ううん。ちゃんと答えてくれて嬉しかったよ」
「エリナの想いに応えるには、孤児院をなんとかしてからじゃないとって思ってたしな」
「それでもっとお兄ちゃんを好きになって、ちゃんとその後から妹じゃ無くて女の子として見てくれるようになって」
「やたらと追い詰めてきてたからなー」
エリナは抱き着いたまま顔を俺に向ける。
「ごめんねお兄ちゃん。お兄ちゃんも私の事を好きになり始めてくれたんだなって思ったら、どうしても我慢できなくなっちゃったの」
「わかってる。全部俺が悪かったからな」
「そんな事無いよ! お兄ちゃんがやさし……」
エリナがそれ以上言えないように唇をキスで塞ぐ。
エリナも少しびっくりしたようだが、状況を理解すると、全く抵抗せず受け入れてゆっくり力を抜いて寄りかかり、完全に俺に身を預けている状態になる。
『家に帰ってやれよクソが』
『見せつけてんじゃねーぞコラ』
『こんな往来で頭沸かせてんじゃねーよバカップル』
皮鎧を着たクズ達の声なんか無視だ無視。
なんでクズな冒険者ってみんないつも皮鎧を着てるんだ? と疑問に思いながらも一応対策しておくか、とエリナの唇を一旦離して防御魔法を唱える。
これでツバを飛ばされても大丈夫だ。
魔法を唱えてる間、エリナが目を瞑ったままんーとキスを催促してきて可愛い。
安心してエリナとキスを再開するが、エリナが何かに気づいたように急に唇を離す。
「ってお兄ちゃんここ外!」
「へっ? しまった! また暴走した!」
「しかもお野菜買ってない!」
「また戻ってアレをやるのか……」
唾を吐いてたクズ連中は、俺が魔法を発動したのを見て既に逃げたようだ。
それでも、エリナとのバカップルぶりを興味津々で眺めていた周囲の視線に晒されながらも、野菜売りのおばちゃんの元に戻る。
「おっエリナちゃん、婚約おめでとうね!」
「ありがとうございますおばさん! お兄ちゃんがヘタレ過ぎて大変でしたよ!」
「勇気あるヘタレって意味がわからないねぇ」
「でもお兄ちゃんはわざわざ魔宝石の指輪をプレゼントしてくれたんですよ!」
「エリナちゃんはまるで物語に出てくるお姫様みたいだねぇ。羨ましいよ、うちの旦那は甲斐性が無いから」
「そんなおばさん! お姫様だなんて!」
「ねえ、いつまでやるのこのやりとり。おばちゃんも付き合い良すぎだぞ」
「エリナちゃんは可愛いからね」
「えへへ! ありがとうございますおばさん!」
「やっぱりもう一人産もうかねぇ。エリナちゃんみたいな娘が欲しいよ」
「子供と言えば、おばちゃんはもし託児所みたいなのがあったら利用するか?」
「金額次第だけど利用したいね、本当なら旦那にもっと仕入れだの畑の世話だのやらせたいしねぇ。でもうちは子供が多いからねぇ。託児所の経営でも考えてるのかい?」
「今は俺とエリナで稼げてるからいいけど、孤児院でもある程度稼げるようにしないとなって今色々と考えているんだよ。あ、今まで通りおばちゃんの子供はいつでも預かるから」
「エリナちゃんが妊娠したら狩りもお兄さん一人になっちゃうしねぇ」
「妊娠!」
「あーそういう問題もあったな。考えてなかった、いや考えないようにしてたが正しいか。エリナが居ないとダッシュエミューすらまだ狩れないし、ホーンラビットを探そうにも森を俺一人で歩くと遭難しそうだ。実際遭難したことあるし」
「お兄ちゃん! 私お兄ちゃんの赤ちゃんが欲しい!」
「ちょっと黙っててね、俺の可愛いエリナ」
「はい!」
そういうと、エリナは俺と腕を組んだまま器用に自分の口を両手で塞ぐ。
「お兄さん大分エリナちゃんの扱い方がわかってきたみたいだねぇ」
「まぁ羞恥心さえ捨てればな。おばちゃん、今日の野菜はお勧めを大体いつもの量で入れてくれ。今晩のメニューを考えてないから素材を見て決める」
「いつもすまないねお兄さん」
「おばちゃん、今は稼げてるからおまけはいいからな。そうだ、売り物にならなかったり、見た目の悪い奴を魔物狩りの為の罠用に買いたいんだけど、そういうのって毎日どれくらいの量が出る?」
「そうだねぇ、野菜屑なんかも合わせれば今お兄さんの背負ってる籠の半分以上は出るんじゃないかね」
「おっ、それだけの量があればあちこちに撒けるな。じゃあ明日それを買いたいんだが用意できるか?」
「大丈夫だよ、処分に困ってたから助かるよ。お金は要らないって言いたいけど、お兄さんは遠慮するからね。銅貨百枚でいいかい?」
「おばちゃん、それじゃ安すぎだから」
「良いんだよ。哺乳瓶みたいな高価なものや玩具だって貰っちまったんだ。せめてこれくらいはさせておくれよ」
「わかった、ありがとうなおばちゃん」
「あいよ、鳥が食べる野菜だけ集めればいいんだね」
「助かるよ、そういうのもよくわからないからな」
「はいよ、お兄さん。今日のおすすめを入れておいたよ。銅貨四百枚だね」
「おばちゃん、明らかにおまけしてるだろこれ」
「そんな事ないさね」
「ありがとうなおばちゃん」
「おばさんいつもありがとうございます!」
「じゃあ明日のこの時間には余り物の野菜を用意しておくよ」
「よろしくな」
エリナを連れて肉屋に向かう。
はあ、またあのやりとりをやるんだろうなと、諦めながらエリナに引かれていく。
五ヶ月以上もこのテンション維持されたら流石に心が折れそう。




