エリナ <エリナ(体調不良)の挿絵あり>
「よし、ガキんちょ、エリナとかいう娘の場所に案内しろ」
「わかったよ兄ちゃん」
「お兄さんだよ。あれ? お前実は良い子だろ」
「兄ちゃん良い奴っぽいからな」
「まあ婆さんには助けられたからな」
「この部屋だぜ兄ちゃん。エリナ姉ちゃーん、はいるぜー」
ガキんちょが扉を開けて俺を中に誘導する。三畳くらいだろうか? ベッドに小さな机と椅子、タンスくらいしか家具は無いがすでに手狭だ。窓はあるが院長室のように鎧戸で、ガラス窓ではないせいか、部屋の中が酷く暗い。壁にかけられたランプがうっすらとわずかな光を放っている。
「……アラン、その人は?」
「変なかっこうした兄ちゃん」
上半身を起こして誰何するその少女は、ランプのわずかな光を受けて光り輝く、腰まで届く長い金髪を持つ少女だった。歳は十二歳くらいだろうか?
後をついて回ってるガキんちょ共は、寝込んでしまったエリナに遠慮してるのか部屋には入ってこない。こういうところはちゃんと躾けられてるんだな。
「……斗真と言う。婆さん、院長先生が森で薬草採取してる時に出会ってな、代わりに薬草を煎じて持ってきた」
「院長先生の代わり? 院長先生はどうしたんですか?」
「心配しなくていい。少し腰を痛めてな。今は自室のベッドで休んでるよ」
「そうですか。トーマさんが院長先生を助けてくれたんですね」
「こちらも助けてもらったしな。これもその恩返しの一部だ。さぁこれを」
ベッドの横に膝をつき目線を合わせ、煎じた薬を飲ませる。近づいて良く見ると、エメラルドのような緑の瞳を持つ驚くほどの美少女だ。それにやはり他の子ども同様に痩せており、暗いから良くわからないが顔色も良くなさそうだ、またこういう不幸な子供がいる世界なのか、と少しイラついてしまう自分がいた。
「こくっこくっ……ありがとうございます」
「いや、それよりも症状について聞かせてくれるか?」
「朝から寒気がして、少しめまいもしてたんです。掃除をしてたら倒れてしまってそれで」
これ栄養失調や脱水症状かなんかじゃないのか? 明らかに糖分やら塩分やら栄養やらが足りてないだろ......。
細い手を取ると、少し汗ばんでもおかしくない室温なのに少し冷たい。おでこに手を当てても同様だった。
スマホに百科事典と一緒に家庭の医学的なものもダウンロードしてあるけど、まぁまずは飯食わせて様子を見るか。
「わかったちょっと待ってろ」
院長室に置きっぱなしだった俺の鞄を取りに行くついでに、ちょっとイラついているのが出てしまったのか、ノックが少し乱暴になってしまい、中にいる婆さんから少し驚いたような返事がした。
部屋に入り、自分のカバンを回収すると同時に、婆さんに聞いてみる。
「なあ婆さん。さっきも少し話したが、孤児院の連中の食事って足りているのか?」
「いえ……十分とは言えません。国からある程度の運営資金と、孤児院出身者や市井の皆さまから寄付などを頂いているのですが」
「金貨を何枚か渡せば足りるか?」
「トーマさんから頂くわけには……」
「いやー、あのアマの事だから多分渡す前提で持たされたと思うぞ。とにかく仕事を探しながらここの運営もなんとか考えるよ。癪だけどしばらくはあのアマから貰った金でなんとかするしかないがな」
「いえほんとにそんな。トーマさんの為に使ってください」
「俺も孤児院出身って言っただろ。そのままはいそうですかでお別れなんてのは寝覚めが悪いんだよ。国からの支援や寄付もある程度は期待できるんだろ? ならどうにでもなるさ」
「申し訳ございません。ありがとうございます。ありがとうございます」
「やめてくれって。しばらくここに住まわせて貰うんだし、宿賃みたいなものと思ってくれれば良いから」
「それでもありがとうございます……」
「はいはい、もうやめやめ。あの娘は自分の食事をガキんちょにでも分けたりしてたんじゃないのか? とりあえず手持ちの食い物やらを食べさせるけど、後でガキんちょ共に飯を作らないとな」
「エリナは優しい子ですから……」
「あと市場で食材を買いたいんだが、ガキんちょ一人を借りても良いか? あと何か気を付ける事とかあれば聞いておきたいんだが」
「先程この部屋にいたアランという子なら市場の場所も相場も大体わかりますのでその子と一緒であれば大丈夫かと」
「わかった。あとは任せてゆっくり静養してくれ。ガキんちょが心配するからな」
鞄を持ってエリナという娘の部屋に戻る。あの茶髪のガキんちょはすでに居ないようだ。
「さぁこれを飲め。ゆっくりな」
スポドリのキャップを取って娘に渡す。
「これは珍しい入れ物ですね。ガラスでもないし」
「その辺は気にしないで良い。っていうかガラスはあるんだな」
「はい……こくっ……あっすごく甘い……」
「全部飲んでいいからな。他のガキには別にちゃんと食い物食わせてやるから、飲ませないで自分でちゃんと飲むんだぞ」
「どうして……」
「まあわかるさ。見たところガキんちょの中じゃ一番の年長だろ? ガキんちょを甘やかすのも良いけど、まずは自分を大切にしろ。まぁ気持ちはわからんでもないけどな。でもお前が倒れちゃ本末転倒だ」
「はい……」
「んで次はこれ。メロンパンとクリームパンだ」
「わぁ、白くて綺麗なパンとつやつやで綺麗なパンですね」
「これも全部食うように。白いのがメロンパンな」
まずはメロンパンを袋から取り出して渡す。
「これも甘い……」
「甘い飲み物に甘い食い物って俺は駄目なんだけどな。安かったからしょうがない」
「すごく美味しい……めろんって美味しいんですね」
「味じゃなくてメロンっていう果物の見た目のパンなんだよ。いや、一年草だから果物じゃなくて野菜なんだっけ? ま、ゆっくり飲み食いしろよ。急に腹に入れると体がびっくりしちゃうからな」
「はい。ありがとうございますトーマさん」
「トーマさんなんて畏まらなくても良いぞ。まだお前も子供だろ。お兄さんで良いぞお兄さんで。決しておっちゃんじゃないからな」
「私はもう子供じゃないです」
「腹減って倒れるようじゃまだまだ子供だよ」
「うっ……」
もしゃもしゃとつつましい咀嚼音が狭い部屋で響く。メロンパンを食べきったので、次はクリームパンの袋を破って中身を渡す。
「うわぁ、中の甘いのがすごく美味しいです! それにふわふわでとても柔らかいです!」
クリームパンを食べて驚いている。そうか、甘い物って貴重なのか。総菜パンじゃなくてかえってよかったかもな。にこにこと笑顔でほおばっている姿を見て、コロッケパンや焼きそばパンに半額シールが貼られてなくて良かったと思う。あとお茶じゃなくてスポドリを選んで正解だったな。
「よし、全部食ったな。俺はガキんちょ共の飯を作るために食材を買ってくるから、お前は大人しく寝ておけよ。あともう一本のスポドリもゆっくりでいいから全部飲むように。キャップの開け方は解るか? 一応開けておいてやるから閉める時はキャップを回して閉めるんだぞ」
「エリナです……」
「ん?」
「お前じゃなくてエリナだよ。お兄ちゃん」
「そか。エリナは大人しく寝てるように」
「わかった。お兄ちゃん」
「ん。行ってくる」
「いってらっしゃいお兄ちゃん」
部屋を出る時にお兄ちゃんありがとうと聞こえたが、片手をあげて返事代わりだ。どうにも感謝されるというのは慣れないな。