ミコト
「ミコトちゃーん、エリナお姉ちゃんだよー。ミコトちゃんは可愛いねー」
昼寝が終わったのだろう、手を伸ばしてだーだー言い出したミコトを素早く抱っこしたエリナが、早速決まったばかりの名前を呼んでいる。
「あっずるいです姉さま。お昼寝が終わったら教えてくださいって言ったじゃないですか」
「早い者勝ちだからね」
「まーま、まーま」
「ちょっと聞いたお兄ちゃん! ミコトちゃんが私の事ママだって! ママ!」
「俺という男が居ながら誰の子だよ!」
「そういうの良いからお兄ちゃんもミコトちゃんに話しかけてよ」
突発性反抗期のエリナがミコトを寄越してくる。
飯を食って昼寝して落ち着いたのか、先程よりもやたらと元気だ。
お、ヤバい可愛い。
愛嬌が凄いな。
一生懸命手を俺の方に伸ばしてくる。
「ミコトーお兄ちゃんだぞー」
「だー、だー、あうー」
「ヤバい、マジ可愛いなミコト!」
ばしばしと顔を叩かれるが非常に癒される。
なんだこの生き物。
滅茶苦茶可愛い。
「ぱーぱ、ぱーぱ」
「マジかよ」
「やったー!」
「エリナ、そこは私という女が居ながらどこの女とーって言うところじゃないの?」
「やっぱり兄さまと姉さまの子供なんじゃないんですか?」
「お兄ちゃんとの子供!」
「アホな長女は無視して、しっかり者の次女のお前も抱いてみろ。死ぬほど可愛いから」
先程からうずうずとミコトを見ていたクレアに抱かせてやる。
「うわぁ......一生懸命手を伸ばしてきて可愛いです......ミコトちゃーん、クレアお姉ちゃんですよー」
「だー、きゃっきゃ! きゃっ!」
「うわ、凄い喜んでる。可愛い過ぎます......。ミコトちゃんは凄く可愛いですねー」
「クレアにめっちゃ懐いてるな。さっき婆さんと飯食わせたからかな」
クレアが鼻の下を伸ばしまくって超絶可愛がってると、我慢できなくなったのか、さっきまで玩具やらで遊んでたガキんちょ共が、抱かせてー触らせてーと群がってくる。
「じゃあクレアは委員長として皆にミコトの紹介をしてやってくれ」
「わかりました兄さま! 任せてください!」
ふんす! と鼻息を荒くして、ガキんちょ共にミコトを紹介していくクレア。「ミコトちゃん、こちらはカルルお兄ちゃんですよー」とかノリノリだ。
「あー私たちの子がクレアに連れ去られちゃた!」
「まだやってんのそれ? たしかにちょっと寂しいけど、俺らで独占しちゃガキんちょ共が可哀そうだ。あと、たまたまかもしれないしママを強要するなよ」
「わかってるよお兄ちゃん」
そうだ、と思い付き、「ミリィ、ラスクちゃんじゃないですよ、ミコトちゃんですよ」とか言ってるクレアに声を掛ける。
というかミリィはいい加減に諦めろ。
刷り込むな。
「クレアー、おむつとか何か必要なものはあるかー?」
「おむつ用の布は有りますけど、ガラガラとかの玩具はここには無いんです。申し訳ありませんけれど兄さまお願いできますか?」
「任せろ。大量に買ってくる。ついでに晩飯の食材だな」
「限度というものがありますよ兄さま。姉さま、兄さまをお願いしますね」
「任せてクレア」
「えっ何? エリナは俺の保護者なの?」
「似たようなものですよ兄さま。発作を起こしたら姉さまが一番上手く対処できますから」
「お前本当に九歳か? 俺より年上なんじゃねーの?」
「お兄ちゃんはねー、いつものが始まったら私がぎゅって抱きしめてあげるとすぐ治っちゃうんだよ」
「恥ずかしいからやめて。それにカルルをぎゅってすれば治るし」
そう言ってカルルを見ると、初めて出来た妹に興味津々だ。
「エリナ、俺のカルルがミコトに取られちゃった」
「はいはい、良いから買い物に行くよお兄ちゃん。ミコトちゃんの玩具を買うんでしょ」
「そうだった、行くぞエリナ! ミコトが喜ぶものを大量に買ってこよう!」
「うん! じゃあクレア、ミコトちゃんをよろしくね!」
「ミコトちゃんは任せてください。姉さま気を付けてくださいね、兄さまはすぐ調子に乗って暴走しますから」
「わかってる! お兄ちゃんの対処は任せて!」
「妹達からの信用が皆無で泣きそう」
エリナに引っ張られて孤児院を出る。「はいお兄ちゃん」と背負い籠も背負わされた。
くそ、こうなったらミコトに最高の玩具を買ってきて、委員長に「兄さま! 最高の玩具をありがとうございます!」と言わせてやろう。
「お兄ちゃん、今日は私の料理当番なんだけど、ハンバーグで良いかな?」
「良いんじゃないか? あいつら基本何でも喜んで食うけど、特に肉が大好きだからな」
「じゃあ先にお肉屋さんで成形をお願いして、その間に玩具を買いに行こうよ」
「付け合わせは省略してスープをちょっと豪華にすれば時間短縮もできるな」
「じゃあチーズ入りハンバーグにしよう!」
「お、いいな。あとは明日の朝と昼用に食パンを大量に買っておけばいいか。そろそろミリィにラスクを食わせないと。刷り込みとか露骨にアピールしだしたからな」
「ミリィのお気に入りのお菓子だしね」
「あ、しまった買い物に一緒に行きたい奴聞くの忘れてた」
「みんなミコトちゃんに夢中だったし、誰も手を上げなかったと思うよ」
「そういやあいつら最近、寒いから外に出るの嫌とか言い出してるな」
「皆で町に行く日はみんな喜んでるんだけどねー」
「やはりお小遣い制を導入すべきか。そうすれば食材の買い出しの最中に自分の小遣いを使えるだろ」
「お兄ちゃんはほんとあの子たちに甘いねー」
「お金の大切さと、使い方を教えるには良いと思うんだけどな。年齢がバラバラだからどうにも難しい」
「皆で町に行く日に年中組以上には渡してるし、それで良いんじゃないかな? お釣りは回収しちゃうけど」
「あいつらお釣りをちょろまかさないでちゃんと全額返してくるからな。恐ろしい程善良だし心配しないでも良いか」
「そうだよお兄ちゃん! 心配し過ぎだよ!」
孤児院のガキんちょ共は、あまり町中へ出たりしない。
年長組は婆さんの手伝いや荷物持ちなどでたまに婆さんと一緒に外出したりするが、年少組は外出の機会がほとんどない。
それでは可哀そうだという事で、町中くらいは俺とエリナが連れ出してやろうという事になったのだが、流石にガキんちょ九人を連れてぞろぞろ歩くのを毎日行うのは厳しいので、普段の買い物の時には何人か順番に連れてっている。
月に二回は、全員で昼食も兼ねた屋台巡りなどをしているが、普段はよく言う事を聞くガキんちょ共が、はしゃいであちこち走り出したりして大変なのだ。
年中組にはお金の使い方を教えたりと、社会勉強にもなってるしな。
孤児院以外の人間に対する恐怖心みたいな物を持つ子もいるから、外の大人に慣れさせる意味でも必要だ。
服屋が冬服のサイズを測りに来た時なんか、見たことない大人にメジャーを体に当てられた途端泣き出しちゃう子もいたし。
小遣い制の是非について語りながらエリナと共に肉屋に行く。
ほぼ毎日通ってるな。
ちなみにごっこ遊びをしている子供は一度も見ていない。
「おじさーん、こんにちはー」
「おお、別嬪な嬢ちゃんとついでに兄さんいらっしゃい」
「まあこういう扱いだわな」
「今日はチーズ入りのハンバーグを成形して貰っていいですか? いつもの大きさで人数分お願いします。あとは明日の朝と昼用にハムと鶏胸肉を一キロずつと卵を二十個ください」
「わかった。デミグラスソースは足りているのかい?」
「今日の分で終わっちゃうと思うので、また明日くらいに入れ物を持ってくるので補充をお願いします」
「ああ、じゃあ成形しておくよ」
「お願いしますねおじさん。さあお兄ちゃんミコトちゃんの玩具を買いに行こう」
「わかった。じゃあ親父よろしくな」
「おう」
てくてくとエリナに腕を抱かれながら歩いていく。
俺と二人きりの時や孤児院以外だと歳相応にしっかりしてるんだよな。
相変わらず腕の感触には変化がないけど。




