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新入り


「お兄ちゃん! おばさん連れてきた! お乳分けてくれるって!」


 エリナに続いて野菜売りのおばちゃんがリビングに入ってきた。

 そういやおばちゃんってまだ三十歳で数ヶ月前に子供を産んだばかりだったんだよな。

 ここ数ヶ月は露店で旦那のおっちゃんが店番してるし。

 出産と育児の為にしばらく家にいるって言ってたっけ。



「おお! おばちゃん久しぶり! 元気してた?」


「お兄さん久しぶりだね。あんたまだエリナちゃんを嫁にしてないんだって? <転移者>ってのはヘタレだとは聞いていたけど、ここまでヘタレだったとは思わなかったよ」


「その話はまた後で良いから、今は赤ん坊に母乳をやって貰っていいか?」


「ああ、任せときな。五人目を産んだばかりだからね、慣れたもんさ。それに忙しい時に子供を預かって貰ったりしてたからね、アタシで役に立てるのなら嬉しいよ」


「産まれたのは女の子だったのか?」


「男だよ」


「じゃあ次に期待だな」


「旦那次第だねぇ」



 俺はひょろひょろっとしたおばちゃんの旦那を思い出す。

 うーん。頑張れ、おっちゃん。

 おばちゃんは婆さんとクレアが離乳食を食べさせてる所へ行き、赤ん坊に母乳を飲まる準備を始めた。

 俺はおばちゃんが母乳をあげてる方を見ないように背を向ける。



「なんだい、お兄さん。結婚もしてないのにエリナちゃんとしっかり子供は作ってるんだねぇ」


「えっ! あっほんとだ、この子お兄ちゃんと同じ黒い髪と黒い瞳だ......」


「エリナちゃんの子じゃないのかい? まさかあんたこんな可愛くて良い子が居ながら......」


「計算が合わないだろがよ。俺はここに来て半年だぞ。というか既にそれはクレアと一通り終わっとるわ」


「ヘタレなお兄ちゃんにそんな事をする度胸なんか無いですよおばさん!」


「うむ。流石俺の理解者。愛してるぞ! もちろん妹としてな!」


「お兄さんヘタレだねぇ」


「お兄ちゃんのヘタレ!」


「うっせー、職業ヘタレを舐めんな」



 おばちゃんは赤ん坊に母乳を飲ませてくれ、自宅も近いからとちょくちょく孤児院に来てくれることになった。

 あとおばちゃん特製の、自慢の野菜を使った離乳食も用意してくれるとの事。

 こういう不幸な子もいるが、基本的にはこの町は良い人達ばかりなのが救いだな。

 防具屋と中古本屋以外は。あと門番。





 おばちゃんを自宅まで送り届けて帰ってきたエリナが、クレアの抱く赤ん坊の顔を嬉しそうに覗き込んでいる。



「見て見てお兄ちゃん、凄く可愛いよ」


「おお、マジで天使だな」



 赤ん坊は、腹いっぱいになったからなのか、満足そうな顔で眠っている。

 おばちゃんの見立てでも、たぶん七ヶ月かそれくらいだろうという事で、離乳食と母乳をしばらく与えていくとの事だった。

 個人差はあるが、数ヶ月で母乳は必要無くなるそうだ。



「私たちも早くこんなかわいい赤ちゃんが欲しいねお兄ちゃん!」


「だから追い詰めるなっちゅーに」


「ごめんね、この子が可愛くてつい」



 婆さんが少し暗い顔で俺を見る。

 手紙を読み終わったようだな。



「婆さん、手紙はどうだった? やはり捨て子か?」


「ええ、そのようです。少しよろしいですか?」


「ああ。エリナ、遅くなったけど昼飯を皆で食べててくれ。クレア、赤ん坊をよろしくな」


「はーい!」


「任せて下さい兄さま!」



 赤ん坊をクレア達に任せて、婆さんと孤児院長室に行く。

 やはり何か重い話なんだろうか。



「手紙の内容なのですが、愛人として身請け話が決まったので、子供が邪魔になったから引き取って欲しい。という内容です。赤ん坊の名前すら書いてありませんでした」


「マジか……酷過ぎるな……」


「せめて私に直接預けて頂ければ寒空に放置することもなく、名前や年齢などもわかったのですが」


「身請け先に子供を連れてこられたり、養育費を請求されたりすると困るとか、そういう身勝手な理由なんだろうな」


「その通りです。十五歳になるまでは市民登録やギルド登録ができませんので、子供が一人で放り出されると身元確認もできません。一応両親のどちらかが市民登録済みならば、出生時に仮の身分証が発行され、十五歳になれば無料で市民登録が出来るのですが、その仮の身分証もありませんでした。ただ捨てられる子に身分証があるケースは殆どありません。捨てた親が誰かすぐにわかりますからね」


「婆さん、俺はちょっと浮かれてたみたいだ。この町の人たちは皆温かいし優しい。凄く良い世界なんじゃないかと思っていた。あとは孤児院の連中さえ幸せにすれば、俺の目に見えるこの世界は、当たり前が当たり前の世界になると思っていたんだよ。親の自分勝手な都合で不幸になるような子供達が居ないっていう当たり前の世界にな」


「トーマさん……」


「だけど絶望したわけじゃない。むしろ平気で子供を捨てる親の元に居るくらいなら、この孤児院に居た方が幸せなはずだ。俺はそう信じてこれからも頑張るよ」


「はい……私もそう思います」


「その手紙は処分しちゃった方が良いのかな」


「どんな理由でも実の親の残した唯一の物です。成人したときに、どんなに辛い思いをしても、事実が知りたいと言われた時には見せた方が良いのではないかと思います」


「そうか、そうだよな」


「エリナのように、なんの手掛かりも実の親の残した物も無いというのは悲しい事ですから」


「少し前にエリナが話してくれたけど、エリナも赤ん坊の頃捨てられたんだよな」


「この町に有ったもう一つの孤児院の前に、ですね。エリナの居た孤児院長が亡くなって閉所する際に全ての孤児を引き受けたので、エリナが七歳の時からの付き合いなんですよ」


「エリナは今あんなに楽しそうに笑ってる。孤児院のあいつらも俺には楽しそうにしているように見える。あの子にも同じようになって欲しいと俺は思う」


「はい」


「婆さん、俺は受け入れて欲しいと思ってるんだが、孤児院で引き受けるのは可能か? 何か届け出とか必要なのか?」


「国へ手続きする必要があるだけですので私がやっておきます。身請けされるという母親が引き取りに来る事はないでしょうし、うちで引き受けましょう。幸いトーマさんとエリナのおかげでこの孤児院もかなり余裕ができましたし」


「ありがとう婆さん」 


「いえ、それが私の仕事ですし。そもそもあんな可愛い子を見捨てるなんてできませんよ」


「そうだな。じゃあリビングに戻って飯にしよう。ずいぶん遅くなっちゃったし」


「ええ」



 まだ親の勝手な都合で不幸になった子供がこの世界に居たのかとイラつくが、俺はリビングに向かいながら、怒りを抑える。

 そうだよな、あの赤ん坊のように将来憎む相手が居るだけでも、俺のように憎むべき親すらわからず、ただ世界を、社会を憎むようにならなくて済むだけマシなのかな。


 何とかこういう子を無くす事はできないんだろうか……。



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― 新着の感想 ―
[一言] この世界の現状を少し垣間見た感じですね。 いつの世も一番被害を受けるのは子供達。 トーマ君が何かを思い付いたらいいな。
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