最初の一歩
リビングに戻ると、女子チームはまだブラシで髪を梳かしている。
「ったく婆さんは」
「申し訳ありません、トーマさん。子供たちが喜ぶのでついつい過激な方向に」
「もういいから今後気を付けてくれ。割と緩いグロはこの世界じゃ一般的なのは理解してるけど限度を考えろ。俺が眠れなくなるから」
「はい、以後気を付けます」
「お兄ちゃん! 魔法を使っても良い?」
「しっかり約束を守って俺に許可を取るエリナは偉いけど、何の魔法を使うんだ?」
「暖かい風を出す魔法。お貴族様がこれで髪を綺麗にしてるんだって」
「ドライヤーか。たしかに自然乾燥より良いけど、温度が高すぎると却って良くないんだぞ」
「へーそうなんだ。じゃあ私じゃ強すぎて駄目かなぁ」
「俺がやってみる。火と風を混ぜるだけだろ? 温風!」
ぼーと手のひらから風が出た。
しょぼい。
でも逆にこれ良いかもな。程よくぬるいし。
「お兄ちゃん凄い!」
「よし、じゃあ髪の短い順にやるか。婆さんへの説教で時間が掛かったからもう乾いちゃってるかもしれないけど」
順番に温風を当てながらブラッシングしてやる。
これは素晴らしい魔法だな。
実戦では使い道がまったく思いつかないけど。
他人の髪を弄るのって昔は良くやらされてたから、いつの間にか好きになっちゃったんだよなぁと次々と髪を乾かしていく。
最後は一番髪の長いエリナだ。
「なんだ、まだ濡れてるじゃないか」
「長いからねー」
「じゃあ昨日も濡れたままで寝たのか?」
「濡れるって程じゃないけど、少ししっとりしてたかな。汗をかいた時くらいに」
「その状態で寝るのは駄目だぞ。今後はちゃんと乾かしてやるから」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
ぼーと温風を当てながらブラッシングしていく。
エリナは気持ち良いのかうとうとし始めた。
「もうちょっとだから我慢しろエリナ」
「うん。すごく気持ちいいから眠くなってきちゃった」
「まぁもうちょっとだし、鏡で髪を見てみろ」
ブラッシングの手を止め、手鏡をエリナに渡す。
既にリビングには誰もいない。
「あっ! 凄く艶々してる!」
「だろ? ドライヤーにはこういう効果もあるんだ。低温でゆっくりやらないといけないから、お前くらいの長さだと時間かかっちゃうけどな」
「そっか、お兄ちゃんごめんね。めんどくさいでしょ?」
「慣れてるし、他人の髪を触るのは好きだからな。というかこれ以上温度も上げられないし、風量も上げられん」
「私の髪ならいつでも触って良いからね」
「割と今までも自由に触ってた気がするけど。ありがとうなエリナ」
「うん!」
「しかし女子チームは全員綺麗な髪してるけど、お前の髪は特に綺麗だな。長いのに癖も無いし」
「えへへ、お兄ちゃんに褒められちゃった」
「これから野外活動も多くなるし、気を付けないとな」
「そうだお兄ちゃん。今日はどっちの部屋で寝る?」
「そうだなーなんとなく俺の部屋はまだ慣れてなくて怖いからお前の部屋で良いか?」
「ヘタレだねお兄ちゃん」
「怖いものは怖いんだし仕方がない」
「ふふふっ、ヘタレなお兄ちゃんが寂しがらないように、私がずっと側にいてあげるからね」
「ああ、頼むよ。絵本でビビっちゃう位ヘタレだからな」
ぼーとドライヤー魔法の音が響く。
俺はゆっくり、丁寧にブラッシングをする。
なんとなく俺もエリナも黙ってしまっていた。
そんな時にエリナがぽつりと呟く。
「……お兄ちゃん、私ね……お兄ちゃんの事、大好きだよ」
「俺もエリナの事は妹として大好きだぞ。……すまんな、今はここまでしか言えない」
「うん。今はそれで十分嬉しいよ。でも、いつかはちゃんとお兄ちゃんから言って欲しいな」
「今日な、アランにも言われたんだわ。エリナ姉ちゃんをよろしく頼むって」
「アランが……」
「エリナの事、ずっと大事にするって事だけは、今ここではっきりと言えるから」
「ありがとう、凄くうれしいよお兄ちゃん」
「でもヘタレだから、さっきの返事は待たせるかもしれないけどな」
「うん、わかってる。でも私はずっと待ってるよお兄ちゃん。ほんとはね、ミリィよりも先に言いたかったんだよ?」
「頑張る。頑張ってヘタレを卒業してみせるよ」
「頑張ってねお兄ちゃん!」
「ああ。よし終わりだエリナ、凄く綺麗だぞ」
「今ちょっとだけヘタレを卒業したね」
「少しずつ頑張って行くよ」
「うん!」
◇
翌日、いつものようにガキんちょ共と朝飯を食い、俺とエリナは採取の為に外に出る。
孤児院の扉を出ると同時にエリナが俺の手を引き、踊るように走り出す。
朝日を浴びたエリナの髪が、キラキラと黄金色に輝いている。
今朝は一緒に寝起きした後で妙に浮ついててエリナの髪をポニーテールにするのを忘れていたな。
勿論何も無かったけどな。
「お兄ちゃん! 今日も頑張ろうね!」
「エリナちょっと待て」
エリナの足を止め、引き寄せて軽く抱きしめると、エリナの髪を手櫛で梳く。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「ポニーテールにするのを忘れてたんだよ。でも良かったな。髪、凄く綺麗だぞ」
「お兄ちゃんのおかげだよ!」
「そか」
はちきれんばかりの笑顔をこちらに向けるエリナ。
輝いているのは髪だけではない事に気づく。
――そうか、エリナもガキんちょどもも全員健康になったんだよな。
――暗い部屋で痩せこけていたエリナはまだまだ成長途中だ。
――十五歳なのにまだまだ小さいエリナ。それでも。
「お兄ちゃんどうしたの!? 大丈夫!?」
エリナが先程までの笑顔を急に曇らせて俺に声を掛けてくる。
ああ、先程から視界がぼやけ始めているのは泣いているせいか。
――それでも、エリナやあいつらが健康でいることが。
――みんなで楽しく生きているというただ当たり前のことが。
「大丈夫だよエリナ。眩しくてちょっと目が痛くなっただけだから」
――当たり前のことがただ当たり前になった事が嬉しくて。
――俺が望んでいた世界にたどり着くことが出来たという事に。
――今やっと気づくことが出来たんだよ。
――ありがとう、エリナ。
「眩しいだけで泣いちゃうなんて、お兄ちゃんはヘタレだね!」
「そうだな!」
不幸な子が居ないという当たり前であるべき事すら敵わなかった世界を憎んでいたけれど。
俺は新しい世界で、俺が望んでいた世界で、俺の思い通りに、自分の目の届く範囲を当たり前で満たす為に。
本当の最初の一歩を踏み出す。
そしていつか、ヘタレを卒業してエリナにちゃんと言えるように。
俺は、強くその一歩を踏み出した。
今回で第一章は終了です。
ここまで拙作をお読みいただき有難う御座います。
次回より第二章が始まります。
本格的に冒険者として孤児院の為に奮闘するトーマ、そしてエリナとの関係がどうなって行くのか、是非お楽しみください。
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