お湯を沸かそう <エリナさんの解説コーナー 魔法風呂編>
「ぜー、よし次は、はー、火魔法だ」
「お兄ちゃんちょっと休もうよ」
「お前らこんな広い風呂の水を良く桶で溜めてたな」
「釜の高さまで溜めれば沸かせるし、この半分位かな?」
「じゃあお湯に肩まで浸かるってのは未経験なのか?」
「銭湯に何度か行ったことあるから、肩までお湯に浸かったのはその時くらいかなぁ。あまり深いと小さい子が居るから大変だしね」
「あれ? じゃあこの深さだと不味いか?」
「一番下の子だけ気を付ければ大丈夫だよ!」
「なら沸かしちゃうか。火魔法であまり強いのを入れると爆発するかもしれないからな。炎の矢を少しずつ打ち込むぞ」
「わかった」
「お前ちゃんと魔力抑えろよ。水蒸気爆発しちゃうからな。フリじゃないからな」
「お前じゃなくてエリナだけど気を付ける! あとふりって何?」
「気にするな。ずっとそのままの綺麗な心を持ち続けてくれ。俺はとっくに汚れちまったからな。まずは俺からやるぞ <フレアアロー>!」
じゅっという音だけ残して一本だけ出した炎の矢が消える。
流石にヘタレ極まってるな。
一応手を入れて確認するけど冷たいままだ。
「エリナ、今の俺の炎の矢を十本くらいで調整して出せるか?」
「うん! やってみる炎の矢!」
バシュバシュバシュっと俺の炎の矢の三倍くらいの矢が十本湯船に張った水に飛び込んでいく。
あ、浴槽の底の石が焦げてる。
湯気すら出てないが一応手を突っ込むと温度に変化があったのかわからない程度だ。
「うーん、これじゃ効率がなー。ってそうだ、釜の方で温めりゃ良いんじゃん」
「おー! お兄ちゃん流石!」
「よしよし、じゃあ釜まで行くぞ。井戸から見えてたなそういや」
「はーい!」
風呂入れるだけでこんなに大変なのか。
養護施設はボタン一つで「お風呂が沸きましたって」教えてくれる最新式だったが異世界って大変なのな。
と考えてる間に釜の前にたどり着く。
「薪をくべる代わりに魔法を使えばいいんだよな。ただあまり強いと釜が溶けちゃうから気を付けるんだぞ」
「はーい!」
「お前返事は最高に良いんだよな。よし、じゃあまた俺からな。<フレアアロー>!」
炎の矢を五本くらい出して釜に当てる。
うん、全然熱くなってない。
じゃあこっちはどうかな。
「<ファイヤーボール>!」
手持ちで使える最強の火魔法だ。
釜に直接当てるのはヘタレには怖かったので釜の下だ。
ぱふんと着弾してメラメラとしばらく焚火のように燃え続けていたが、魔力を消費尽くしたのか三分ほどで消える。
魔力を確認すると2%くらい減っていた。
この火力で2%なら結構効率良いのかな?
釜も熱を帯びてるのがわかるくらいには熱されたようだ。
「この方法良いんじゃないの?」
「そうだね!」
「じゃあ次はエリナが火球を打ってくれ。滅茶苦茶弱いのでいいからな。釜の下狙うんだぞ釜の下」
「はーい! 火球!」
バボーン! と釜の下に着弾する。
釜が真っ赤に染まって滅茶苦茶熱されている。
着弾の音が俺と全然違うじゃん。
同じ魔法なのに。
「……エリナ、これで一番弱いの?」
「うーん、多分!」
「あっそ、魔力は?」
「えっとね、1%減ったよお兄ちゃん!」
「えっこれだけの火力で1%なのか?」
「そうだよ、使う直前に確認したし」
「うーん、これが潜在能力の差なのかね。お兄ちゃんちょっとショック」
「でもほら! 私は火と風と白魔法しか使えないし!」
「エリナは属性の無い水も出せたしな」
「お兄ちゃん! もう!」
「あーすまん、ちょっと才能の差に絶望しかけてた」
「大丈夫だよお兄ちゃん! 俺が毎日お前らを風呂に入れてやるぜ! とかすごくかっこいい事言ってた癖に、ぜーぜー言いながらお水を溜めただけで、結局火魔法もそれほど役に立ってないよね、とか誰も思ってないから!」
「妹の悪意のない毒舌で死にそう」
「えっ! やだよお兄ちゃん死なないで!」
「大丈夫、死ぬ勇気が無いヘタレだから。でも恥ずかしさで死んでしまうかも」
「おにーちゃーん! しなないでー!」
アホな兄妹コント中もまだメラメラと燃えているエリナの火球。
もうこれだけで風呂が沸きそうだな。
いつもの俺の宝物で時間を計ってるが、三十分くらい経っても火が消えない。
熱で釜が割れるようなことも無かったし、とりあえずは風呂を沸かせる方法が見つかって良かった。
「エリナ、俺はお湯の温度を見てくるからここで待っててくれ。温度が丁度良くなったら鎧戸から声かけるから火球を消してくれな。水ぶっかけると釜が割れるかもだから魔力を消す方だぞ」
「わかった。お兄ちゃん、お風呂で自殺しないでね」
「まだやってたのかよお前。大丈夫だよヘタレ舐めんな。そんな度胸あったら<転移>なんかしてないわ」
風呂場へ行くと浴槽から湯気が出てる。
ちゃんと沸いたな。
ちょっと手を入れて温度を測るのが怖い。
後ろにダチ〇ウ倶楽部がいたら絶対押されてしまう状況だ。
あのワードは絶対に言わないようにしよう。
桶で掬って指先でちょんと触れてみる。
大丈夫そうかなと安心して手を入れてみると適温だ。
食後までの時間経過を考えたらもう少し熱くしても良さそうだけど、多少ぬるくても良いだろ、冬ならともかく初夏だしな。
追い焚きくらいなら俺のファイヤーボールで丁度良さそうだし。
なんだ役に立ってるじゃん俺の火魔法。
「おーいエリナ、魔法を消してくれ」
「はーい! あっ! お兄ちゃん! 魔法を消すと魔力がちょっと戻ってくるみたいだよ!」
「回復のタイミングと合ってたとかじゃないか?」
「んーわかんない!」
「それも今後の研究材料だな、魔法を消したのなら台所に集合な! 飯作るぞ飯!」
「わかったー!」
発酵もそろそろ良いだろと台所へ行くとエリナが先回りしていた。
「お兄ちゃん何作るの?」
「ピザ作るぞピザ」
「ぴざ? あーピザ! 聞いたことある! たしか屋台にも売ってる店があったような気がする!」
「そこの店よりは美味しくはないと思うがな」
「楽しみ!」
「そかそか。俺が生地を延ばすから、エリナはその上にトマトソースを塗ってカットしたベーコンやらソーセージやらスライスした野菜なんかを乗せてくれ、最後にチーズと香草を乗せて焼くと完成だぞ。ここはちゃんと窯もあって便利だな」
「わかったー!」
「そういやガキんちょ共は好き嫌いとかあるのか? あと婆さんも」
「んー、特にないかなー。というかあまり色々なものを食べてないから、ピザが嫌いな子がいるかも知れないけど」
「そうか、トマトソースやチーズが嫌いならアウトだけど、具材なら避ければ良いから作っちゃうか」
「大丈夫だよお兄ちゃん! お兄ちゃんの作る料理は美味しいから!」
「それなら良いんだけどな、アレルギーとかあるから嫌がってる物を無理に食べさせたりしたら駄目だぞ。あと他の人にとっては毒じゃない食べ物でもその人にとっては毒になることもあるからな」
「あれるぎー? よくわからないけどわかった!」
「玉ねぎ、ピーマン、トマトなんかは薄切りで準備しておいてくれ」
「うん!」
発酵の終わった生地をちぎって丸めながら考える。
「十二人いるから大きめサイズで四枚か五枚で良いかな? 欠食児童だらけだから六枚くらい焼くか。余れば温めなおして朝食に出しても良いし」
「けっしょくー!」
「……七枚焼くか。生地多めに準備しておいてよかったな」
丸めた生地を円盤状に延ばしてエリナの前に置く。
窯には一度に四枚入るから結局キリが良い八枚を焼くことにした。
エリナがトッピングしてる間にスープを作る。
野菜たっぷりのポトフだ。
あの親父の店のソーセージも入ってるし栄養は満点だろう。
相変わらず出汁に苦労するが、エリナはおいしーおいしー言ってるしまぁ良いか。
だがそれでもコンソメが欲しい。
俺にはちょっと物足りない味なのだ。
そういやコンソメとブイヨンって違いはなんだ?
どっちも西洋出汁だよな?
「エリナ、コンソメってわかるか?」
「こんそめ? うーんわかんない」
「ブイヨンは?」
「ぶいよん? スープストックならあるよ! 粉になってる奴! ここには無いけど!」
「おお! 存在するのか! 明日それとホースを探すから覚えておいてくれ」
「わかった! ほーすとぶいよんね!」
「言いづらいならスープストックでも良いぞ」
「大丈夫! ほーすとぶいよん、ほーすとぶいよん」
ブイヨンがあればそれと水と野菜を切ってぶち込むだけでスープになるし助かるな。
しょせん男の料理だから手抜き結構。
そこそこ美味くて栄養があれば十分だ。
野菜も安いしな。
エリナも簡単に作れるようになるだろうし。
ブイヨンに思いを馳せてる間に窯を確認すると丁度焼き上がったようだ。
「さぁ持っていくか」
「うん!」
大きなトレーにピザを乗せて運ぶ。
リビングに着くとガキんちょどもが騒ぎ出す。
相当腹が減ってたみたいだ。
というか昼の分まで朝に食い尽くしたんじゃないだろうなこいつら。




