子供はいつも身綺麗に <エリナとシャンプー他の挿絵あり>
とぼとぼと防具屋を出る。
塩対応ならまだ良かったけどクズ扱いは結構ダメージ受けるな。
ヘタレだからあれ以上言い返せない。悔しい。
「もうお兄ちゃん! くよくよしたってしょうがないでしょ! 待ち時間の間に買い物しちゃおうよ!」
「そうだな、気を取り直してガキんちょ共の飯を買いに行くか」
「うん!」
「その前にシャンプー買うぞシャンプー。案内してくれ」
「えっでも勿体ないよ? 私たち使ったことも無いし」
「勿体ないのは、せっかく綺麗な髪をしてるのにシャンプーを使わないエリナの方だろ」
「えっ」
手櫛でエリナの髪を梳きながら言う。
「少し傷んでるじゃないか。手櫛でも少し引っかかるし。俺が嫌なんだよ。子供たちが身綺麗にしていないのを見るだけでもな」
「お兄ちゃん……」
「孤児院にある風呂を見たが石造りだろ? あれなら俺が頑張って毎日水を運んで、火魔法で薪を使わずに適温にできるかもしれない。火魔法で何とかならなくても薪代くらいは俺が何とかしてやる。毎日風呂に入って清潔にすれば病気になる確率も下げられるし、健康にも良いんだぞ。それにこれからもっと汗をかく季節になるんだしさ」
「うん……ありがとうお兄ちゃん」
あぁつい熱弁してしまった。
実際孤児院の建物はボロいけど、室内は毎日頑張って掃除してるのか清潔に保たれている。
着てる物もあて布とか繕いが多いけど、毎日洗濯してるのか頑張って綺麗にしようとしてる。
だったら風呂にだって毎日入れてやりたいじゃないか。
「というわけでシャンプー売ってるところへ連れてってくれるか?」
「うん! ありがとうねお兄ちゃん!」
「俺の金じゃないんだし気を遣う事は無いんだぞ」
「それでもありがとうだよお兄ちゃん!」
「あーはいはい、早く連れてってくれ」
ぎゅっと俺の腕にしがみついてくるエリナ。
見上げる目は「照れてるんでしょお兄ちゃん」と言っている目だ。
エリナは、んふふーと上機嫌なまま、俺と腕を組んで歩いていく。
この腕に伝わる感触じゃさっきの予想以上に胸甲の緩衝材は目いっぱい詰めないと駄目だろうな。
「ここだよ多分!」
「多分って」
「買ったことないからね。いつも石鹸を買う店にはシャンプーは置いてなかったけど、このお店なら多分あるよ」
「じゃあ入るか」
ここも武器屋と同じような一軒家の建物の店だ。
ただし入口の装飾やらが立派だし、鎧戸じゃなくガラス窓がはまってるところを見ると、たしかにエリナたち孤児には少し入りにくい高級感がある。
「シャンプーを買いに来たんだが」
店に入り、明らかに今までの店とは違う店員の仕立ての良い服装に軽くビビりながらも、手早く迅速に用件を伝える。
ヘタレゆえに高級っぽい店に入ってすぐに「冷やかしじゃないですよ、買い物客ですよ」とアピールをしたわけではない。
「いらっしゃいませ。シャンプーでしたらこちらです」
品の良い中年女性に言われたガラスケースの中にシャンプーが並んでる。
やっぱ高いのか? と思って見ると手のひらサイズの梅干しの壺みたいな入れ物に入って銅貨三百枚だ。
たしかに高めだとは思うが、日本の高級シャンプーと変わらん位だな。
「この子の髪に合う物を探してるんだが」
腕にしがみついてるエリナを剥がして背中を押す。
エリナだよといつもの台詞は言わない。
高級店っぽい雰囲気にのまれてるのかこいつ。
ヘタレ認定してやろう。
「長くて綺麗な髪のお嬢様ですね、大変可愛らしいです。でしたら少しお高くなりますがこちらがお勧めですよ。髪の艶が良く出ると、大変好評を頂いております」
綺麗な髪のお嬢様と言われて顔が真っ赤になったエリナ。
俺の顔を見てめっちゃ笑顔だ。
多分お嬢様だって! 私お嬢様に見える!? と言いたいんだろう。
今日のエリナは外出するという事で一番綺麗な服を着てきたらしく、継ぎ接ぎは無いし汚れてもいないが、明らかに庶民の平服だ。お嬢様は流石に盛り過ぎだろう。
店員がピンク色の陶器っぽい壺を出す。
値札は銅貨五百枚。
これなら全然余裕だ。
ケースの中には同じようなサイズで銀貨数枚の超高級品もある。
金の無さそうな庶民相手でも馬鹿にせず、ちゃんと客の要望を見極めてる感じがする。
この町の商売人は当たりばかりだな。
防具屋もアレだったけどサービスは素晴らしかったし。
それと比較すると初見で絡んできたあの冒険者はほんとクズだったな。
そりゃあんなのばかりなら冒険者ってだけでクズ扱いされるのも納得できる。
「この子の髪でどれくらい持つ?」
「お嬢様の髪の長さなら指三本くらいで掬って一回分ですので、毎日使っても一ヶ月以上は持つと思いますよ」
「じゃあ俺くらいの長さなら指二本で良いのか?」
「そうですね、それでも少し多いかもしれませんので、指一本につけてお湯で延ばせば十分かと思いますよ。上手く洗えてないようでしたらもう一回指につけてという感じで適量を試していただければ」
「ならそれを一つと一番安い物を一つ頼む。安い物でも使う量は変わらないのか?」
「一緒でございます」
カウンター付近を見渡すとヘアブラシが置いてある。
一本銅貨百枚だ。安いしこれも買うか。
「エリナ、お前と婆さん含めて女性陣は何人いる?」
「六人だよ。というか覚えてないの?」
「ちっちゃいのは男女の区別がつかん。じゃあこのヘアブラシも六本頼む」
「ありがとうございます。銀貨一枚と銅貨四百枚になります。あとこちら試供品です。お持ちください」
「石鹸か?」
「はい、肌に優しくてより綺麗になる新商品です。これも好評頂いてるんですよ。可愛らしいお嬢様に是非」
「ありがとう、使ってみて合うようならまた買いに来る」
「ありがとうございます。試供品二個にしておきますね」
「悪いな」
「いえ、また是非お立ち寄りください」
商品を受け取る時に、エリナが店員から使用方法の説明を受けている。
最初は緊張していたエリナだが、ふんふんと一生懸命説明を聞いている。
説明が終わり、エリナが「ありがとうございます!」とお礼を言うと、店員もしっかり頭を下げて、是非またおいでくださいねと言っている。
なんとなく気分が良くなり、銀貨一枚と銅貨四百枚を払って店を出る。
ギルドで貰った地図にはこの店は特に印がついてなかったし、登録証で割引は効かないだろうと思って見せてすらいない。
あの高級店で自分はクズの一員ですと自己主張するのを避けた訳じゃない。
決してヘタレだからではない。
サービスに満足したから割引の必要性を感じなかっただけなのだ。
店から出た途端、予想通りエリナが聞いてくる。
「ねぇねぇお兄ちゃん! 私お嬢様だって! お嬢様に見える⁉」
「シャンプーを使って髪を綺麗にしたらお嬢様に見えるんじゃないか?」
エリナは、えへへ! と超ご機嫌だ。
また俺の腕にしがみついてくる。