武器の次は防具 <防具屋 の挿絵あり>
隣の同じような建物の防具屋に足を踏み入れると、いらっしゃいとの声が。
隣とはずいぶん違うなと思いながら声をかけてきた店員に問う。
「すまんが、森に採取に行く程度の用途で、簡単な防具や装備があれば見繕ってもらいたい」
「南の森ですか?」
南? そういや婆さんと出会ったあの森ってなんて名前だっけか? エリナを見るとうんうんと頷いてる。
「そうみたいだ。そこそこ危険なのか?」
「あそこは魔物はほとんど出ませんけれど、ホーンラビットという魔物が稀に出没するので注意は必要ですね」
「強いのか?」
「野犬より強いので、戦闘経験が無い人だと危険だと思います。ただめったには襲って来ませんが」
「魔法が使えればその辺はどうかな?」
「魔法が使えるのでしたら、初級魔法数発で仕留められるので油断さえしなければ大丈夫ですね」
「なるほど、そうなると過剰な防具は必要ないかな?」
「そうですね、このあたりの魔物相手に万が一を考えるなら値段も安い皮鎧あたりでも十分ですけれど、ホーンラビットの角には効果がありませんので、金属製の胸甲とかどうでしょうか?」
「金属鎧か、高そうだな」
「いえ、心臓を護るための胸部のみの装甲です。治癒魔法があれば心臓さえ無事なら何とかなりますから」
「頭部は?」
「頭部も心臓と同じ位に大事なんですけどね。最終決戦の時くらいしか兜は着けないでしょ?」
「何のことかわからん」
「鉢がねみたいに鉢巻きに鉄片を縫い付けた物なんかはたまに見ますけどね、序盤から頭部を保護してるキャラって中々いないんですよね」
「序盤? キャラ?」
「序盤は装備してなかったり、鉢巻き状の物に飾りがついたりしてる物だったりするんですよね。終盤になると兜になったりしますけど、最終装備でも脳天カチ割られそうな飾り付き鉢巻きだけだったりするケースが多いんですよね、これがまた」
「だからなんの話だ」
「冒険者の話ですよね?」
「冒険者って頭部を保護しちゃダメな理由でもあるのか?」
「さー、周囲の音が聞こえにくくなるとか色々あるんじゃないですかね。適当ですけど」
「適当なのかよ! 大事な事だろ」
「まぁ見た目でしょ見た目。で、どうするんですか? 一応見てみますか?」
「お、おう。一応頭部を保護する防具も見たいんだが」
「兵士以外では使う人がいないので取り扱っていません。この町どころか国中探しても売ってないですよ」
「マジか、恐ろしいなファンタジー世界。でも確かにゲームじゃ頭の防具を売ってるけど、漫画になったりした途端いきなり装備しなくなるな。装備してても鉢巻きっぽいのだけだし」
「では色々見繕って持ってきますね」
「頼む」
店員はちらっと俺とエリナを見ると、店の奥へと消えていった。
「エリナはあまり重い防具を付けられないよなぁ」
「今はそうかもしれないけど頑張るよ!」
ふんす! と気合を入れるエリナ。だが数日で体つきが変わるわけじゃないしな。
店内を見渡すと、皮鎧や金属鎧が並んでいるが、やはり売れ行きが良いからなのか皮の胸当てや胸部装甲といった簡易的なものが多い。
値段もやっぱり結構するな。
胸当てだけなら銀貨数枚だが、肩当やら付属品が多いとそれだけ高額になる。
サイズ調整料も部位が増える分がくんと高くなるし。
盾なんかも置いてあるが、薬草採取が主目的で、防具はあくまでも保険だし必要は無いだろう。
同じ理由でバックラーなんかも邪魔になるな。滅多に襲ってこない魔物相手にゴテゴテ装備をつけるのも本末転倒だし。
「お待たせしました」
店員が商品を乗せたカートを押して戻ってくる。
皮鎧と皮の胸当て、胸部装甲のそれぞれサイズ違いだ。
「まずは皮鎧です。全身の各重要部位をとりあえず保護したいというならこれが一般的ですね。肩当と手甲もセットですので、一応の防御力は有ります。値段は調整料別で銀貨八枚です」
皮鎧を持ってみる。
肩当も本体についてるせいか結構重いなこれ。
着ちゃえばあまり気にならないんだろうけど、エリナには厳しいだろう。
「次に皮の胸当てです。心臓、肺を守るだけですね。刃物で切り付けられても相当な手練れでもなければ大丈夫かと思いますが、刺突剣などの防御には向きません。ですのでホーンラビットの攻撃を防ぐのは心許ないですね。腹部は無防備ですので注意が必要です。価格は銀貨三枚です、こちらは調整が簡単なので調整料は無料です」
これは流石に軽いな。
厚手の服の上に着れば結構良いかも知れない。
ただホーンラビットとやらの攻撃が防げないというのはネックだな。
「最後は金属製の胸甲です、防御力は折り紙付きですね。お嬢さんのサイズの物は、軽量に作ってありますので、一般的な金属鎧よりは防御力が落ちますが、ホーンラビットの攻撃では傷がつく程度で済むのでお勧めですよ。こちらの値段はお嬢様用で銀貨八枚、大人用で銀貨十二枚です。調整料はサービスいたします」
「やはり結構するな」
「中古品ならお安いんですけど余りお勧めしません。板金しなおした金属はどうしても脆くなるので」
「なるほど、下取りした時は見た目に問題が無くても素性が分からないもんな」
「そうですね、一応簡易的な検査はするのですがどうしても目に見えない瑕疵がありますので」
「重さも意外と軽いんだな。皮の胸当てよりは重いが」
「こちらは軽量に作られているタイプですので。その分お安いですが、ホーンラビット程度の攻撃なら問題無いですよ」
「そっか、じゃあこれを買うかな。一緒に鎧の下に着る服と頑丈な靴なんかも買いたいんだが可能か? ところどころに皮の補強がしてあるような頑丈な奴があるとありがたいんだが」
「ございますよ。上下で銀貨一枚、皮の長靴は底とつま先が鉄板で保護された物を銀貨一枚でサービスしておきます」
「ではそれぞれ二着ずつと一足ずつで頼む」
「ではその服に合わせて胸甲を調整致しますね」
店員は奥に向かって声を掛けると店員の奥さんだろうか、おばちゃんが服を数着持って出てくる。
「では早速これを着てみてくださいね。お嬢さんから試着室にどうぞ」
「はい!」
「そういやあいつまだ背が伸びるかもしれないんだが」
「ある程度は調整可能ですよ。服の方も十分余裕を持って調整するようにしておきます」
「助かる」
「お兄ちゃん! 見て! どう? 似合う?」
試着室から麻で出来たらしい厚手の服を来たエリナが飛び出してくる。
膝や肘などあちこちに皮の補強が入ってる。
これで銀貨一枚は安いな。
長靴というかブーツもしっかりとした作りでサイズも合ってるようだ。
「はいはい似合ってる。胸甲を着けてやって貰えるか?」
「はい」
おばちゃんがエリナに胸甲を付ける。
「どうだエリナ? 重くないか?」
「ちょっと重い感じはするけど、体に密着してるせいかそれほど気にはならないかな!」
俺はじっとエリナの胸元を見る。
「サイズが変わる心配はいらないかな?」
「ちょっとお兄ちゃん! どこ見て言ったのそれ! 私すぐにばいんばいんになるもん!」
「女性用はある程度湾曲して作られていて、中に緩衝材を入れてますので、成長されても緩衝材を減らす事で対応できますよ」
おばちゃんが説明してくれる。
そうか、女性用って確かに胸の部分が膨らんでるが、着てる人のサイズ次第で緩衝材が入るのか。
勉強になる。
役に立つ日が来ることは無さそうだが。
「じゃあばいんばいんになっても良い様に緩衝材が多く入るタイプで頼む」
「かしこまりました。ただある程度密着しないとズレたり重く感じたりしますので、少し多め程度になりますが」
おばちゃんの台詞を要約すると、エリナの貧しいサイズに合わせて最大限のパッドは入れてやるけど、やり過ぎると不自然になるし着けてて不具合が出るからあまり期待すんなよってところか。
「そのあたりは任せる」
「なんか馬鹿にされてる感じがする!」
「そんなことないぞ。じゃあ次は俺か」
試着室に入りおばちゃんから渡された服を着る。
サイズぴったりだな。
ちらっと見ただけで良くわかるなあの店員。
試着室から出て、いつのまにか用意されていたブーツを履き、胸甲を着けてもらう。
「たしかに重さはあまり感じないな」
「もう少し調整の余地がありますので、もっと付け心地は良くなると思いますよ」
「うん。これを買うよ。あと武器を下げるベルトも欲しいんだが」
「はい、それぞれ一本サービスいたしますね」
「すまない、助かるよ」
「いえいえ、今後ともよろしくお願いいたしますね」
「ああ、贔屓にさせてもらう」
それぞれ胸甲を外し、試着室に入り服を脱いでおばちゃんに渡す。
「では調整致しますので三十分後においでください」
「随分早いな」
「胸甲自体は既存のままで、ベルト調整と緩衝材の調整、あとは服の丈だけですからね」
「そうか、では登録証があるのだが」
首から下げた銀色の登録証を取り出して店員に見せる。
「ク、冒険者ギルドの登録証ですね。まあ採取の話をしてたのでそうかなあとは思っていたのですが」
「今クズって言いかけなかった?」
「総額銀貨二十六枚ですが割引で銀貨二十三枚と銅貨四百枚ですね。銅貨の分はおまけいたしますので銀貨二十三枚で結構です」
「沢山おまけして貰ってありがたいんだけど、ねえさっきクズって……」
店員に問い正しながら銀貨二十三枚と一緒に登録証を出すと、俺の登録証を確認しながら店員が呟く。
「お名前もク、いえ随分クズな冒険者らしい名字をお持ちなのですね」
「登録証は確かにクズって名字になってるけど、バイト数の問題で本当はクズリューなんですけど。名前の方で呼んで貰っていい? あと今完全にクズって言ったよ。ねえ」
店員は自分の首に下げられた商業ギルド登録証をかざす。
<クズッ♪>
QRコード決済かよ。しかもクズって……。
「ねえ今クズって音がしたよ、ねえ。さっきの店ではそんな音鳴らなかったよ、ねえ」
「では三十分後にまたご来店ください」
「くっそ、たくさんおまけして貰った良い店だけにまた買い物に来ちゃうんだろうな。悔しい、でもおまけ嬉しい」
「お兄ちゃんガンバ!」
「お前もクズの組織に所属してるんだからな」
「お前じゃなくてエリナ! あとクズじゃないもん!」
冒険者ってほんと評判悪いんだなと思わされる出来事だった。
あと商業ギルドの登録証の名前欄は何バイトあるんだろうか。