ギルド登録証
掲示板を確認した俺達はカウンターに戻る。
この事務員は絡まれてる俺をスルーしてた件以外では有能っぽいんだよな。
口は悪いけど。
「とりあえず登録したいのと、ついでに適性があれば魔法を覚えたいのだが」
「ギルド員であれば冒険者ギルドでもお安く魔法をお教えできますよ」
「それはいいな。じゃあ頼む」
「お二人共ですか?」
「ああ、頼む。十五歳以上なら登録可能なんだよな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「お兄ちゃんいいの?」
「一人でここに来たり依頼を受けたりしないと約束できるよな?」
「うん!」
「ま、魔法適性を調べてやるって言ったしな」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「では銀貨二十枚です」
金貨一枚を渡すと、お釣りとして銀貨八十枚を受け取る。レートは昨日聞いた通りか。
「ではまずこちら、お一人あたり二枚のプレートに血を一滴ずつ垂らしてください。片方はギルドの方で保管しますので」
俺とエリナの前に、銀色の鎖か紐を通すような小さな穴の開いたドッグタグのようプレートを四枚と、指を切るためだろう、ナイフも一緒に置かれる。
「ちなみに登録証の色で所属ギルドがすぐにわかるようになっています。金色なら商業ギルド、鉛色なら鍛冶ギルド、銀色ならクズって感じですね」
「よくここまでクズ扱いされて冒険者連中は黙ってるな」
渡されたナイフの衛生状態が気になるが、先程酔っ払いから巻き上げた剣よりマシだろうと、ナイフを使って左手薬指の爪の上を浅く切り、プレート二枚に血を垂らした途端、プレートが光り出す。
オーバーテクノロジー過ぎだろ。どうなってんだこれ。
エリナを見ると、自ら指を切るのを躊躇っているのか中々切らないので、「目をつぶっていろ」と言うと、同じように左手薬指の爪の上を浅く切り、エリナの分のプレート二枚に垂らしてやる。
そういや指の指紋側を切るのをよく見かけるが、皮が厚く神経が集中してる指の腹だと深く切らなきゃいけないから痛いし、傷の治りが遅いって聞いたことあるな。
武士が脇差の鯉口を切ってそのまま指の腹を切って血判を押すなんてドラマを見たことがあるが、実際は左手の薬指の爪の上を小刀で切って、親指に血を付けて血判を押すというのが正式な作法らしい。
ついでに言うと女性は右手でするのが作法だとか。ま、今回は血判関係無いけど。
光が収まってもカウンターに置かれたプレートには何の変化も無い。
事務員が「手に取ってみてください」というので、プレートを持ち上げるとプレートに文字が浮ぶ。
刻印ではなく、インクが乗ったような感じだ。
なるほど、本人が触ってないと表示されないのか。
どういう仕組みかすごく興味があるが、聞いても何も教えてくれなさそうだな。
名前:トーマ・クズ
年齢:18
血液型:A
職業:ヘタレ
健康状態:良好
レベル:――
体力:100%
魔力:100%
冒険者ランク:F
名前:エリナ
年齢:15
血液型:A
職業:孤児
健康状態:やや不良
レベル:5
体力:60%
魔力:100%
冒険者ランク:F
あれ、これだけ? 攻撃力とか防御力とか無いのか、でも血液型があるなABO式の。
輸血とかも伝わってそうだな。
というかクズってなんだよ。
あと職業ヘタレって……。
エリナの方を見ると、やっぱり体調は良くないのな。
でも、病名とか重病とか出るよりはやや不良で良かったとも言えるのか、いっぱい食わせれば良くなりそうだし。
「これで冒険者登録証の完成です。鎖をお付けしますので、首から下げるなどして常に携帯するようにしてください。無くされたら再発行が可能ですが、再発行料として銀貨五枚とランクに影響するペナルティーが課せられますのでご注意ください」
「あのさ、色々ツッコミたいんですけど」
プレートの片方を俺とエリナから回収している事務員に問いただす。
エリナは早速登録証を鎖に着けたものを首から下げてご機嫌だ。
「なんですか? トーマ・クズさん。名字までクズだったんですね。冒険者にピッタリのお名前ですね」
「いや、クズじゃなくてクズリューなんだが」
「あまり名字持ちは冒険者にならないので、うちの登録証だと12バイトまでしか表示できないんですよね」
「バイトて、じゃあ半角にしろ」
「すみません、全角フォントしか対応してません」
「漢字フォントは?」
「は?」
ですよね。
仕事しろ言語変換機能。
というか登録証に表示されてるのはこの世界の文字なんだけど、俺には漢字とカタカナに見えるのが気持ち悪い。
名前って項目名は漢字に見えるのに、俺の名前には漢字が使えないとかどういう事だ。
よくわからん。
「じゃあ名前だけで良い」
「改ざんになるので無理です」
「もうやだこの世界」
「お兄ちゃんってヘタレな上にクズなの?」
「いくらヘタレでも追い詰めると何をするか分からないんだぞ? 気を付けろよ?」
「でもヘタレなのに酔っ払いのおじさんは倒しちゃったよね?」
「エリナが居たからな。あれ以上無視してたらお前に危害加えてもおかしくないだろ。まあ俺じゃなくてお前に掴みかかろうとしてたら逆上して殺してたかも知れんが」
「ありがとうお兄ちゃん……」
「あの、殺さないでくださいね。あと殺すって言う人にお礼を言わないでくださいね」
「でもゴミが減って良いんじゃないの?」
「いかに正当な理由があろうとも、殺人を許可しちゃう方が問題なんですよ。正当防衛が適用されるのにはそれなりの地位にある複数の証人が必要ですし、私闘だと生き残った方も罰せられますしね」
「森の中にちゃんと埋めたりしてバレなきゃ良いのかな?」
「それなら問題無いですけど、登録証に殺人者って出ちゃいますよ多分」
「そんな機能があるのか。あとこの職業なんだが、ヘタレってどういう事だよ」
「そこは本人の情報そのままですので、私にはなんとも」
「じゃあ例えば冒険者としてある程度実績を積めばヘタレから冒険者に変わるって事か?」
「そうです。ある意味で一番重要な情報とも言えますね。先程の話ですが、殺人を行えば殺人者、盗みを働けば盗人など、犯罪情報は特に優先的に表示されるので、門などで登録証を提示する際には、町に入れないどころかその場で捕縛されることになります。とは言え人を殺したら殺人者と必ず表示されるかと言うとそうでもないのですよね。その人の本質、深層意識を表示する機能ですので、兵士が戦争で殺人を犯しても殺人者とは表示されませんし。暗殺ギルドや盗賊ギルド所属であればそのあたりは問題無いのですが。あと<転移者>の方にだけ、稀に勇者という職業が表示されるのも特徴ですね。勇者が何の職業なのかはわかりませんが、ヘタレで有名な<転移者>が勇気ある者っていうのも笑っちゃいますよね」
「もうやめてあげて」
だが、と考える。
あのおっさんがリスク覚悟で森の中や人気のない場所で復讐してくる可能性もあるわけだ。
登録証を提示しなくても街に出入りする方法なんかいくらでもありそうだしな。ならばやはり対抗手段が無いと森に採取に行くのは危ないな。
町なら一緒に居れば何とかなるだろうし、森の中は俺一人ならまだしもエリナも連れて行くわけだし。
「このレベルというのは? 俺には無いようだが」
「<転移者>には元々レベルという概念が無いみたいなのです。潜在能力さえあればいくらでも強くなれるという事らしいです。昔の<転移者>には、レベル99の武芸者に一騎打ちで勝った人もいたらしいですよ」
「こいつのレベル5ってのはどうなんだ?」
「こいつじゃなくてエリナ! ちゃんと書いてあるでしょ!」
「そうですね、十五歳の平均からすると少し低めですかね。レベルは単純に強さや知識だけじゃなく経験も加味されたものですので」
「まぁ問題が無いなら良い。これからはレベルも上がっていくだろうし」
「では次にこの水晶球に両手をかざしてください。こちらで魔法適性の判定を行います」
「魔法適性か! テンション上がってくるな!」
ノリノリで大きめのスイカサイズの水晶球に両手をかざすと、水晶球の中に茶、青、赤、緑、黄、白の玉がふよふよと浮き出した。ピンポン玉くらいだろうか?
「凄いですね、土、水、火、風、雷、白魔法の素質があります」
「凄いのかこれ」
「凄いですよ、流石<転移者>ですね。全属性持ちは貴族でも中々いません。ただし玉のサイズが小さいので余り強い魔法は習得しにくいと思いますが」
「じゃあ次私!」
エリナが水晶球に両手をかざすと、赤、緑、白の玉がふよふよと浮き出した。
玉のサイズは俺よりかなり大きい。
ハンドボールくらいあるんじゃないか? 水晶球の中で三色の玉が狭そうに暴れてる。
「平民でこれですか……。貴族の落胤かも知れないですね」
「お兄ちゃん見て見て!」
「すごいなこれ、国に就職できるレベルじゃないの?」
「あくまでも適性と潜在魔力がわかるだけですので、ある程度技術を習得して経験を積まないと試験に受からないと思いますよ」
「才能だけじゃダメって事か。あと貴族の落胤かもと言っていたが、登録証でエリナの産みの親がわかったりしないのか?」
「登録証に血縁関係を調べる機能はありません。名前欄も職業欄と同じく、本人が自覚している情報が表示されますので。例えば、実名があったとしても、本人がそれを実名と認識してなく、偽名を実名と思い込んでしまえば、偽名が名前欄に表示されるようになっています。ですので登録証は人として自己が確立した十五歳以上の人しか作れません。市民権を持つ両親から産まれた子には仮の登録証が作られますが、それは赤ん坊本人の情報ではなく、ただ両親の情報が記載された迷子札のようなものですので」
「それだと、平民の赤ん坊に、お前は貴族の落胤だぞって十五年間刷り込めば、登録証に貴族と表示出来たりするんじゃないのか?」
「貴族の様に血縁関係が最重要な家、もしくは平民でも相続する財産の多い富豪の家では、赤ん坊が生まれた時点で血液を使った本人登録をしています。自己が確立する十五歳で再度作り直しをしますが、それまでの間、血縁と身分を保証する証として扱われ、血液で本人確認ができるようになっています。ですので、例えば平民の赤ん坊に王族だと刷り込みを行い、成長後、登録証に王族の名と職業を表示させることは可能と思われますが、血縁関係を証明する証が無いと詐称罪として最悪極刑に処されます」
「自分がどんな名前で、どんな職業をしているかっていう深層意識の情報を表示するって事か」
「ですね。刷り込みをしなくても、偽名を表示して登録証を偽造することは不可能ではないと思いますが、自分の深層意識、魂に刻まれた名を捨てられるという人はほぼいませんので実質的に不可能と言っていいでしょう。ですので、クズと表示されるのは、それはご本人自身がクズだと自覚されているという事になりますね」
「ただのバイト数の問題だろ」
「お兄ちゃん、ありがとう。でも私、両親の事はもう気にしてないから」
「わかった、変に詮索するような事して悪かったな」
「ううん、でも気にしてくれてありがとうね」
エリナが俺の手を握ってくる。
貴族のご落胤って聞いて思わずエリナの親の事を聞いてしまった。
せめてエリナのいない所で聞くべきだったな。
「魔法の講義の件ですけれど、丁度今日の午後に、全属性を扱える講師が別件で来所予定ですので、講義の依頼を出しておきませんか? 全属性ということで講義料も高いですけれど」
「講義料ってどれくらい?」
「二時間で銀貨十二枚です。お二人で受けられるのなら二十枚ですね」
「うわ高いな」
「それでも普段は王都にいる方で中々こういう機会も無いですし、教え方も上手なので無駄にはならないと思いますよ」
「わかった、依頼しよう」
「大丈夫だと思いますけど、もし断られたらすみません」
「その時は別の講師にお願いするよ」
「わかりました。では午後にまたここにおいでください」
「わかった。色々と助かったよ」
「いえ、仕事ですので」
「酔っ払いに絡まれるのを無視されたけどな」
「ケンカの仲裁は業務内容に含まれておりませんので」
「やっぱ有能だなあんた。さぁエリナ、時間まで買い物でもするか」
「うん!」
あの酔っ払いが出てこなきゃいいなーと二人で冒険者ギルドを出る。ヘタレな俺は人通りの多い場所を選んで町中に繰り出すのだった。