ヘタレの間Ⅰ <メインヒロインエリナⅠの挿絵あり>
エレベーターの階数表示が<2>を表示した瞬間、俺はイチかバチか渾身の力を込めてジャンプした。
「せいっ‼」
その瞬間、俺の意識は途絶えるのだった。
◇
高校卒業を控えて、自立する為に現在絶賛就職活動中なのだが、世間は中々厳しい。
俺は天涯孤独の身で現在養護施設で世話になっている。
本来であれば先日誕生日を迎えた俺は、満十八歳で退所しなければならない所を、就職が決まるまで温情で残してもらっているのだ。
自立後の住所が無い為、社員寮が確保されている所限定で色々と回っているのだが……。
今日は高層ビルに本社を構える一流IT系企業の面接だった。本社面接までたどり着いたのはびっくりしたが、どうにも人事部長とやらの反応がよろしくなかった。
「はぁ、今度もダメかなぁ」
面接が終わり、エレベーターに乗り込むと一階のボタンを押す。乗っているのは俺一人だけなのを確認するとネクタイを少し緩め、エレベータ内の階数を表示するLEDパネルをなんとなしに見る。LEDが表示する数字が<40>から<39>、<38>とカウントダウンしていく。
「なんでエレベーターに乗ると毎回これを見ちゃうんだろな。っと次の面接はいつだっけ」
就職活動には必要だろうと少ないバイト代を工面して購入した格安スマホと呼ばれている端末を取り出そうとしたところ、大きな振動がエレベーターを襲う。
「えっ、なんだ故障か⁉」
LEDパネルの数字が異様な速度でカウントダウンされていく。
「緊急停止しないのか⁉ ヤバくね⁉」
階数表示が<20>を下回り、どんどん減っていく。緊急連絡ボタンをものすごい速度で連打するも一切反応が無い。
「ヤバい! ヤバい! そうだ、地面と激突する直前にジャンプすればってアホか! 都市伝説だろ!」
焦ってアホなノリツッコミをしている間にとうとう数字が一桁になる。他の階のボタンはすでに全て押してあるがどの階にも止まる気配はない。
「くそっ! もう都市伝説でもなんでもギリギリになったらジャンプするしかない! 多少はマシだろ多分!」
◇
「あっはっはっはっはっは!」
「……」
「いやー、貴方最高! あんな死に方をした人間初めて見たわ!」
「……」
「どうしたの? まだ魂が完全にこちらに来ていないのかしら」
「……今の状況を説明してくれるか?」
周囲を見渡しても真っ白で家具も何もない空間。十畳はあるだろうか、いや壁もあるように見えるだけで実は何もないのかもしれない。ただ一人の若い女が自分の目の前に立っているだけだ。
その女もこれまた異様だ。真っ白な長髪にワンピースの丈の長いひらひらとしたこれまた白い服。肌も真っ白なので、真紅の瞳が一層引き立つ。
自分の体を見てみると、吊るしで買った九千八百円のぺらっぺらなスーツと千円で買ったナイロン製の鞄を持ったまま。
エレベーターでジャンプした瞬間頭でも打ったのかと思ったが痛みも何もない。というか十センチも飛べなかったと思う。
「ああ、最近特に説明も無く勝手に理解する人間ばかりだから忘れてたわ」
こほん、と言うと目の前の女がたたずまいを整える。
「クズ斗真さん、貴方は残念ながら亡くなりました。死因はエレベーターでジャンプ死です。ぷぷぷっ」
「そんな死因があってたまるか。あとクズじゃない。九頭竜な」
そうか、俺は死んだのか。特に違和感なくその現実を受け入れられるっていうのは、やはり俺はあの世界にほとんど執着してなかったんだろうな。
「はいはい。じゃーやり直すわね。九頭竜斗真さん、貴方は残念ながら亡くなりました。貴方にはこのまま死後の世界に行くか、新しい世界でもう一度人生をやり直す選択肢が与えられています」
「えーと、説明してくれ。まずは死後の世界って実在するのか? どんなところなんだ?」
「私は死後の世界なんか知らないわよ。ユートピアかディストピアなのか、それとも完全に無の世界なのかどうかもね。私はただの案内人だし」
「新しい世界とは?」
「貴方の住んでいた地球とは文化も歴史も何もかも違う完全な別世界よ。貴方の世界で言うなんだっけ? ファンタジー世界とでも言えばわかりやすいかしら。剣も魔法もあるわよ。腕次第でいくらでも成り上がれる実力主義の世界。どう? 貴方が望んでいた世界じゃないかしら?」
「俺が望んでいた世界?」
「だってそうでしょう? ここに来たという事は、貴方、自分の住んでいた世界を相当憎んでいたのではなくって?」
「……」
「でも世界に絶望して自殺したわけでもなく、自棄を起こして他人の生命や財産を奪ったり、騙したりもしなかった。世界を、社会を憎悪しつつも、人様の迷惑になるようなことを一切しないまま天寿を全うした。そういう人たちだけが死後の世界に行く前に、もう一度新しい人生を送るチャンスを与えられるの。その為に送られるのが、ここ<転生の間>なのよ」
「なるほどね。神か何か知らんが、辛い人生なのに反抗もしないで良く頑張ったね、っていう上から目線のご褒美みたいなものか」
「ま、私は<ヘタレの間>って呼んでるけどね」
「おい」
「社会を憎悪しても、そこから這い上がり、成功して見返してやった訳でもなく、自分が憎み、適応できなかった社会という枠組みから抜け出す勇気すら無く、ただただ鬱屈した人生を全うしちゃった人が来るところよ。ここ<転生の間>はね。ま、貴方みたいに若い人がここに来るのは珍しいけれど。不慮の死を遂げても天寿は天寿だからね」
「全く反論できない」
「で、どうするの?」
「元の世界には戻れるのか?」
「無理ね。それに戻れたとしても貴方の体はぐっちゃぐちゃよ」
「……」
「検視の人が笑いをこらえながらあなたの体を調べてるわ」
「もうやめて」
「あと貴方のエレベーター事故の時の防犯カメラ映像には、音声が無くて十センチも飛べてなかったから、事故現場の調査をしてる人たちもその防犯カメラ映像を見て、『これひょっとしてジャンプしようとしたんじゃね。ぷげら』って盛り上がってるわよ。あとついでに、誰かが貴方の事故動画を流出させちゃったせいでネット上に拡散されてるわね。今貴方は有名人よ。モザイクはかかっているけれどね」
「聞きたくない、聞きたくない」
「未練でもあるの? あったとしてもどうしようもないけど」
未練か……。
本当に死んだんだな俺は。