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闇に消ゆ  作者: 如月 恭二
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彼岸の住人 弐

最近、とみに凶悪な事件が増えてますね。

人間にしても、元より外道であることはないのですが、どうしてこうも豹変するのでしょう。

私の近所でも、三年ほど前には殺人事件が起きてます。

そう言う人の目って、知人に言わせればかなり汚いらしいです。

恐ろしいですね。


 エントランスホールを抜けると、大広間が広がっていた。そこから更に三箇所へと分かれた通路がある。案内板を向かって左側は従業員など、業務としてのそれらしい。厨房がその先にあるせいか、幅も他に比べて狭いようだ。

 中央が客室へと続き、右側は大浴場行きとなっている。所々塗装の剥がれかけた赤字の案内表示が、鮮烈な明度のLEDに照らされた。退廃的な空気を否応なしに実感する。

 人が居なくなると、どういうわけか建造物の劣化は早まるとは言われる。耳にするよりも、こうして目で見る方がやはり不気味なものである。


 「いやぁ、やっぱり廃墟はこうでなくっちゃ! 皆さん、観てますかっ!? 私達は今、県内有数の心霊スポット──戸高ホテル跡に居まーす」


 ビデオカメラを前に、大袈裟(おおげさ)な身振り手振りを加えながら、陽子は一見快活に振る舞う。気丈なようだが声は上擦っているし、言葉のイントネーションがやや不自然だ。

 「恥ずかしいのならやらなければいいだろうに」。敏彦は呆れ返る。怖いと思っている癖に、妙な時だけは度胸があるのだ。


 「ここの北側には、切り立った断崖絶壁となっている風景が見えるそうです。紅葉の時期になると、そりゃあもう壮観なんですよ!」


 (お前は観光地をリポートするニュースキャスターか)


 口上が、最早(もはや)宣伝のそれに近い。実況しろよと突っこみたいが、今の彼はカメラマンだ。余計なことを喋るのは動画の質に関わるので──これは陽子の意見で、以前茶々を入れた際にはそれが原因で二週間ほど口を利いて貰えなかった──我慢するより他に無いのである。

 廊下は酷いものだ。壁に亀裂が走り、くたびれているだけならまだ良い。窓ガラスは割られたような痕跡が残り、屋内配線の一部が天井のラックから飛び出し露出していた。極めつけは、所々に在る如何にも頭の悪そうな落書きの存在だ。

 ガラの悪い人間の溜まり場なのか、飲食物の容器も空のままで放置されている。この辺りの治安は、お世辞にも宜しくは無さそうだ。敏彦は眉根を寄せる。


 「なんでしょう、心霊スポットというよりはホームレスが居る場所にお邪魔したような、そんな気がしてきました」


 それもそのはずだ。少し前に、敏彦は風の便りでホームレスが居座っていたことを思い出す。その後に姿を消したという風聞もある。勿論、居なくなったからと言っても、別段どうということはないのだが。

  ──と、その時だ。


 「今、何か聞こえなかったか?」


 「え、何が? 何も聞こえないわよ?」


 何が聞こえたのかと問われるが、彼自身にもそれが何なのかは判然とし難かった。強いて言えば、人の声なのではないか。それくらいしか分からない。

 或いは、不良だとかが何処かで騒いでいるのかも知れないだろう。それどころか、肝試しをしている連中がいて、悪戯でも働こうとしていることも有り得なくはない。


 「脅かそうったって、そうはいかないんだから」


 「いや、違うんだ。まあいい、忘れてくれ」


 「──あ、見て敏君!」


 彼女が指差すと、そこにあったのは案内板だ。この先直進すれば、北側へと抜ける構造になっているらしい。敏彦も、流石に顔をしかめる。

 ──そう。

 曰く付きの場所というのは、その絶景となる断崖絶壁のことなのだ。広いテラス状の構造から、山桜や紅葉が楽しめると、開店当時から人気のホテルだった。

 常連客も増えた頃、投身自殺が起こり、客足は遠退いたのだ。丁度紅葉シーズンまっただ中で、その事件は大きく取り沙汰された。落下した場所は岩肌で、酸化した血液により、さながら黒い紅葉(もみじ)のような有り様だったという。今更ながらに、気分の悪くなるような出来ごとだった。


 「テラスに行こう、敏君」


 嘘だろ、という言葉を呑み込み、彼は覚悟を決めて返す。


 「……しょうがねえな」

そこで私は思うんですよ、人の邪悪な部分に目を付ける……そんなモノが在るのではないかと──。


うん?

誰か来たよ──。

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