籠の鳥
ホラー企画参戦用の作品。
遅筆で間に合いませんでしたら申し訳ありません。
最初は、軽い気持ちだった。
何処に行っても、殆んどが同じ──ただ雰囲気がそれっぽいという、安っぽいレッテルに浮わついていた。
心霊スポットなど、見かけ倒し。岡田陽子は、そうやって決めつけていた。実際に見たものは信じることが出来ても、そこに無いものを信じろという者の気が知れなかったのだ。
──少なくとも、それを見るまでは。
「待て、陽子!」
恋人の制止を振り切って、彼女は廃ホテルの通路を走る。散乱した瓦礫や廃材に足を取られそうになりつつ、それでも前を目指した。
目に浮かぶのは、敏彦と訪れた崖の事だ。
日付けが変わる頃、自殺の名所と名高いそこへ足を運んだ二人は、そこで信じられないものを目撃した。
──幽霊である。
それには足がないなどと誰が宣ったのだろうか。覚束無い足取りに最初は自殺志願者と思い、声を掛けた。だが、彼女は意に介する事なく歩を進め──身投げしたのだ。
下を確認し、ふと顔を前に向けると、そこには崖の下に消えていったはずの女の姿が在った。
ほんの一間もない距離に、重力に逆らい浮遊している姿が──。
彼らは直感する。
長い黒髪の向こうには、柘榴のように砕けてひしゃげた顔が覗いているのだと。そして、彼女はきっと仲間が欲しいのだと言うことだ。
──彼女の口の端が歪につり上がる。
そこから二人は一も二もなく逃げ出した。
客室のある通路を抜け、エントランスホールに出たところで、陽子はようやく我に返る。湿った空気と黴、セメントの香りが鼻をつく。まるでここに到着したばかりであるかのようだ。いっそのことそうであるならどれだけ楽だろうかと、そこまで考えたところで彼女は愕然とした。
振り返って辺りを見渡しても、彼の姿が何処にも無かったからだ。うっすらと記憶しているのは、逃げる時に陽子を呼ぶ声が後ろからしていることだった。
「敏彦……?」
恋人の名を呼ぶ声が、虚空に響く。
背筋を冷たい汗が伝うのが分かる。最も忌むべき想像が為された。それは敏彦が戻ってこないという事態だ。先程のモノと共に彼岸へと引き摺り込まれたのではないか、と──。
どうしようもなく喉が渇き、握った拳が震えた。
(すぐに、戻って来るよね……?)
「敏彦~、何処なの!? 早くしないと置いて行っちゃうわよ?」
明るく振る舞おうとする声が僅かに上擦る。言い知れぬ不安と恐怖が、彼女の心に暗雲をもたらしていることの証左だった。




