ブラックコーヒーを飲んだ後のキスは苦いのかな。それとも好きな子とのキスは甘いのかな
19時を過ぎた町は結構暗い。
国道から少し外れた、住宅街の途中にポツンと有る公園には、僕たち二人しか居ない。
木製の座面に錆びた金属の枠で形作られたベンチに、僕たちは座っている。
僕たちのデートでは定番になってる場所だ。
夏休みに入って、これで何回目のデートだろう?
多い週はほぼ毎日会っていた気がする。会っていたからと云って、何処かに出掛けたりしたわけでもない。
ただ会って話をするだけでも楽しかった。日曜日くらいはデートスポットとか行ったりしたけど。
高校生の付き合い方なんてこんなもんだと思う。
今日、夏休み最終の日曜日。
緑地に併設されたプールにいった後、ショッピングモールに行ったんだ。移動はもちろん自転車で。
ブラブラと服とか、靴とか見たりした。
これが似合うね。とか言い合ったりして楽しんだけど、彼女がかわいい小物を真剣に見てるのが可愛かった。
そんなデートが終わって、帰る途中に公園に寄り道した。
今日こそ!と思いながら……
「拓海さぁー、もう彼女とキッスしちゃったんか?」
親友?悪友?の田崎がこんなことを聞いてきた。
「……してない」
「マジか!?お前、奥手じゃね?」
「まだ付き合って1ヶ月位しか経って無いんだけど」
「1ヶ月経ってんじゃん。三~四回デートしたらキッスくらいイケんだろ普通」
田崎はイケメンでかなり女癖が悪いからそんなことが言えるんだよ。
とは、思うけど僕は奥手なんだろうか?
「どうやってそんな雰囲気に持っていけるか、いまいち分からんわ」
「そんなのはな、見つめ合って、肩に手を置いてガーっとやればいいんだよ」
どうやったら見つめ合うシチュエーションになるんだろうか?そこに至る道筋がわからない。
「加奈ちゃんも奥手っぽいしなぁ。キッスしたいなら拓海が頑張らないと無理だぞ」
「次のデートで頑張るよ」
そう言ってからでも何回デートしたんだろう?僕は最後の日曜に望みをかけた。
公園の前の自販機で、僕は缶コーヒーのブラック、加奈ちゃんはミルクティーを買って、ベンチに座っている。
僕と加奈ちゃんは並んで座っているけど、間に一人分の空間が空いていて、それがまるで僕を拒絶してるかの様に感じてしまう。それがひどく淋しい。
「すっかり暗くなっちゃったね。拓海くんはまだ大丈夫?遅くなったけど怒られない?」
僕の家は母子家庭で、母さんは遅くまで働いているし、姉ちゃんは大学に入ってから遊び放題で、帰ってくるのはかなり遅い。
だから少しくらい遅くなっても大丈夫なんだよね。
「加奈ちゃんの方こそ大丈夫なの?」
「20時までに帰れば大丈夫」
もう残り一時間を切っている。勇気を出して、覚悟を決めないと。
「私、ここでこうやって話をするの好きだなぁ」
(僕は君が好きです)
「どんだけ喋っても飽きないね」
(紅茶で濡れたあの唇に……)
「拓海くん、聞いてる?何かボーッとしてる?」
「き、聞いてるよ。」
「そういえば拓海くんって、コーヒー飲むときいつもブラックだよね」
「あいつ……父親の影響だよ。あの人……いつもブラック飲んでて、よく一口飲まされてたから」
あいつなんて父親じゃない……あいつは僕が小学生の時に僕たち家族は捨てられた。
それから会ってないし、ばあちゃんが言ってたけど今じゃ、行方不明らしい。
「拓海くんパパ、まだ見つかってないの?」
「あんなやつ、どうだって良いよ」
かなりぶっきらぼうに返事してしまった。ヤバイ。変な空気になった。何とかしなきゃ!キスが!!
「そ、それよりさ、こうして加奈ちゃんと付き合えてるなんて、今でも何か夢みたいだよ」
「え~、しっかり現実なんですケド~。でもそうだね、高校で偶然再会したもんね」
幼稚園から小学五年までは同じ学校だったけど、あいつのせいで僕と家族は引っ越ししなきゃ行けなくなった。
高校に入って再会した時、僕のことを覚えてたらしく、話しかけてくれた事が凄く嬉しかった。
単純だけど、それが僕が加奈ちゃんを好きになった理由なんだ。
「奇跡の再会を果たした、運命のカップルかも知れないよ~」
加奈ちゃんが嬉しそうにコロコロ笑いながらそんな事を言う。
「運命ですかー。そりゃ良いねー」
(運命ならキスさせて下さい)
加奈ちゃんが、さっきまで笑顔だったのに急に頭を垂れて静かになる。うつむいたまま、ボソッとつぶやいた。
「ホントは偶然……なんかじゃないよ」
え?なんて言ったの?偶然じゃない?なにが??
「私、拓海くんがどこの高校に行くか……知ってた」
「え、そうなの?何で?」
「進路決めるときにさ……田崎君が拓海くんと同じ高校に行くってクラスで話してるの聞いたから……だから私も同じ高校にしたの。」
マジか。それってもしかして、僕のことを……
「同じクラスになれた上に、拓海くんから告白されて凄く嬉しかった……小学生の時からずっと好きだったから……」
知らなかった。加奈ちゃんはずっとぼくのことが好きだったなんて。
いつの間にか僕たちは見つめ合ってて、遠く感じてた一人分のスペースが、ちょっとずつ近付いていた。
「えへへ、拓海くんのキス……コーヒーのせいかちょっと苦いね」
加奈ちゃんが照れながら言った言葉に僕も顔が熱くなる。
気づかない内に肩に手を置いて僕は念願のキスをしていた。
「次は学校でね」
「うん、家に着いたらRINEするよ」
また一つ、加奈ちゃんとの関係が深くなったことを、嬉しく思いながら加奈ちゃんを家に送り、立ちこぎで自転車を爆走させる。
加奈ちゃんとの付き合いはその後も順調であったし、友達や勉強も、それなりに上手くやれていたんだけど……
高校二年の冬、修学旅行先の山道で僕たちの乗る大型バスが事故で転落したんだ。
そしたらなぜか昔のネット小説とかで流行った、異世界クラス転移というものを経験することになっちゃった。
読んで頂き、ありがとうございます。