避けて避けて避けまくる。
さぁ、始まりました。
本日のリンチタイム。
目の前には勇者の一人が木剣を構えて合図を待っている。
「始めっ!」
審判…と言うより、共犯者である兵士のオッサンが勇者にだけ始まりの合図をした。
「うりゃあぁぁっ!」
微妙に気合いが入った声を上げて、勇者様その1が上段から切りかかってくる。
昨日までなら、このまま腕を上げて受け止める所だけど…今日は違う。
顔に木剣が当たる寸前に、スッと目の前に出した左手の甲で木剣を軽く弾き、腕の外側を滑らせて剣戟を自身の中心線から逸らす。
当たると確信していた勇者様その1は、ある筈の手応えが無かった為か身体が前に流れる。
思わず身体がピクリとしてしまった。
危ない危ない。
攻撃は禁止されているしな。
浩二は半身をずらす様にして、空振りで流れた勇者様その1の場所を開けてやる。
避けられた事に驚いたのか、目を見開くが直ぐに眉間に皺を刻んで浩二に向き直ると、すぐさま剣戟を繰り出してきた。
両手を使い受け流し、時には半身をずらして躱す。
横薙ぎ等は剣戟になる前に前へと進み距離を潰し、相手の木剣の根元を払う事で事前に防ぐ。
時々勇者達の無防備な隙を見てピクリと身体が反応してしまう以外は全く危なげの無い展開だった。
勇者や兵士達が唖然とする中、一人だけは…
「おいおい!たった1人に何やってんだよ!相手は足枷付いてんだぞ!」
とか
「情けねぇなオイ!そんなんで魔物と戦えんのか?」
等とヤジを飛ばしていた。
勇者達へと。
片方しか無い腕を腰に当ててガハハハハと高笑いしながら。
「あの人は…全く…。」
頭が痛い。
せっかくお気楽に終わると思ってたのに。
浩二は眉間を押さえながら首を振る。
全く息を乱さずに。
既に勇者達は肩で息をしながらコチラを睨みつけている。
浩二は勇者達の攻撃を全て避けて見せた。
最小限の動き。
最小限の歩幅で。
ひたすら空振りを続けた勇者達の方が遥かに疲労を蓄積していた。
「し、終了だ!終了っ!さぁ、勇者様方、あちらで休憩を。」
異常事態に狼狽えるように終了を宣言した共犯者は、勇者達の元へと走り寄り、何やら言いながらコチラをチラチラ見た後、彼等を引き連れて訓練所を出ていった。
「ふぅ…やっと終わった。」
勇者を見送った浩二は、彼等が出ていった出口とは別の出口に向かって歩き出した。
すぐさま歩み寄る二人の兵士。
どうやらこの見慣れた兵士二人は浩二の担当らしい。
スミスに叱られたあの二人だ。
出口を出て人気が無くなると
「お疲れっ!」
と言いながら横腹を小突いてくる。
「ありがとうございます。久しぶりだったので疲れました。」
「疲れたようには全然見えんがな。」
やや呆れたように兵士の一人が言葉を返す。
「まぁ、なんだ。表立って色々出来ないが…せめて、頑張ってくれ。」
「…え?」
「いや、何でもない。また明日迎えに来る…ゆっくり休め。」
牢に鍵をかけた後、牢の前で立ち止まり浩二から視線を逸らしながらそう言うと、足早にその場を後にした。
まるで照れ隠しの様に。
浩二は少し嬉しかった。
少しづつではあるが、軟化した兵士の対応が嬉しかった。
相変わらず寝泊まりは薄汚い地下牢。
足には足枷。
それでも、きっと嘘ではない本心からの「ゆっくり休め」と言う気遣いに。
「きっと、悪い人じゃ無いんだろうな…。」
そう呟いた浩二は、明日に向けての予習と言わんばかりに型の反復を始めるのだった。
□■□■
「よう!昨日はなかなか楽しかったぞ!」
明くる日の午前。
日課の三体式をしている最中にスミスが牢に顔を出した。
「おはようございますスミスさん。」
首だけをスミスに向けて挨拶をする浩二。
「おう!…しっかし…本当に全部避けるとはなぁ…全くどんな体力してんだよ。」
「あれでも結構キツかったんですよ?主に精神的に。」
「体力的な事は否定しないのな。」
「まぁ、そっちは大丈夫でした。」
視線を戻し、正しい姿勢での三体式へと戻す。
「一つ聞いていいか?」
「何ですか?」
視線は向けずに返事だけを返す。
「コージが勇者共の攻撃を避けている時にな…何か違和感みたいなのを感じたんだわ。」
「…違和感?」
何となく何が言いたいのかは分かった。
「んー…コージの動きや技術的な事は何となく分かるんだが…時々…そう時々コージの動きが止まるんだよ。多分一瞬だとは思うんだけどな。」
「………。」
本当によく見てるなこの人は。
「言えない事か?」
「そんな事は無いですよ。ただよく見てるなぁ、と。」
「だろ?」
ニカッと笑うスミス。
嘘をついても仕方が無いしな…浩二は嘘偽りなく本当の事を話すことにした。
「アレは攻撃を止めたんです。何度も危ない場面がありました。」
「危ない?特にピンチな感じはしなかったが?」
「違います。無意識に突きが出そうになってしまったんです。勇者の身体が流れた時なんかは特に危なかった。」
本当に危なかった。
勇者一人につき四、五回はあった。
まぁ、コレが精神的に疲れた理由なんだが。
「攻撃しちまえば良かったじゃねーかよ。」
「止めて下さいよ。もう、面倒はゴメンですから。」
「ふーん…。」
何やら考え込むスミス。
「なぁ、その突き見せてくれねーか?」
「今ですか?良いですけど…」
そう言って三体式の姿勢から崩拳を繰り出す。
スッと半歩軽く沈み込むように踏み出し、若干下へと拳が突き出されると同時に追い付いてきた後ろ足がタンと鳴る。
「んー…イマイチ痛そうに見えないんだが…。」
スミスが素直な感想を述べる。
「実際に受ければ分かりますよ。」
軽く冗談のように言ったのだが
「よし、俺に打ってみてくれ!」
「は?ダメですよ。冗談抜きで痛いですから。」
「頼む、な?」
「何でまたそんなに気になるんです?」
この人マゾなのかな?と本気で思った。
自分で言うのも何だが、アレは痛い…と言うか重い。
師匠が一度だけ自分に打ってくるのを受けた事がある。
相手に与える痛みを知るのも大事だと。
軽く…と言われて受けたそれはとんでもないものだった。
丸太。
うん、実にしっくりくる感想だ。
鐘を突くあの丸太の様なもの。
アレで腹を打たれた感じだ。
堪らずその場に蹲り、泣きそうに吐きそうになったのを覚えている。
アレで軽く…なのだ。
本来のものなら…カウンターで100%の力で突かれていたなら…。
恐らくだが…死んでいたと思う。
流石に練度が違う自分と比べるのは烏滸がましいが、実際に浩二も一度だけ人間相手に放った事がある。
放った…と言うか、放ってしまったと言う方が正しいが。
俗に言うチンピラとか言われる連中に同僚が絡まれた時だったと思う。
まるで、空気を吸うようにチンピラが躊躇いもなく取り出した光り物を同僚に向けた時、咄嗟に出てしまったのだ…型が。
大量の嘔吐物を口から垂れ流しながら気絶したチンピラを見ながら、気付いた時には俺は逃げ出していた。
師匠にも秘密にしようとしたが、バレて吐かされた。
「なるべくしてなったんじゃ、その阿呆が悪い。」
そう言ってカッカッカッと笑っていたが。
浩二自身は余り嬉しくなかった。
元々平和主義であり、人を傷つける事を嫌っていたのだから当然だろうが。
それを師匠に言うと
「要は使い方じゃよ。いずれ必要になった時にだけ放てば良い。何も出来なかったと悔やまなくて済むようにな。」
そう言って肩をポンポンと叩かれた。
その時がいつ来るかは分からないが、それまでは気軽に放たないようにしよう。
でも、いつか来るその時の為に修練だけは続けよう。
浩二はそう心に誓ったのだった。
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