最悪の一手。
「……ナ…オ…?」
変わり果てたナオの姿を見て光の消えた目で呟く浩二。
その浩二の姿を見て満足そうに笑うリッチー。
そして口を開く。
「安心しろ、まだ生きている…辛うじてだがな。」
何が楽しいのだろうか、心底楽しそうに既に意識は無いであろうナオの首を掴みブラブラと揺らしながら、リッチーはピクリとも動かなくなった浩二をニヤニヤとした顔で眺めている。
最初に口を開いたのはソフィアだった。
「アンタっ!!ナオに何をしたのよっ!!」
怒りで拳を血が滴るほど握り締め、睨み付けるように言い放つ。
〈コレをやったのは我では無い。こ奴…結城が暇つぶしと言いながら貴重な『釈迦の手』とか言うスキルを使って魔族の城から攫ったのよ。〉
「………」
「最初は嬉々として甚振っておったが、女共を攫うようになってからはそっちにご執心でな…何かに利用できるかもと我が拾っておいた訳だ。」
そう言って再び黒い煙の中へとナオを無造作に放り込むリッチー。
〈さて、言わなくても分かると思うが…抵抗するなよ…?〉
「………」
〈そうさな…まずは我の『強奪』を返してもらうか。〉
「………せ…」
〈…聞こえなかったのか?我は返せと言ったのだが…?〉
「…オを……えせ…」
〈…ん?何を言って…〉
「ナオを……返せ!!」
爆発的に高まる浩二の殺気。
それに合わせて吹き出す青く輝く炎。
瞳は暗く沈み、最早見えているのは目の前の憎き相手のみ。
浩二の身体がゆらりと揺れた。
次の瞬間、頭上に現れる夥しい数の濃紺の杭。
その全てがギラりと青く光る先端をリッチーへと向けていた。
〈なっ!?貴様っ!我に手を出せば貴様の…〉
「………五月蝿い。」
その言葉がトリガーになっていたかの様に全ての杭が一斉にリッチーへと押し寄せる。
流石に身の危険を感じたのだろう、素早く身を翻すが…
〈ぐあっ!〉
一本の杭がリッチーの右足を地面に縫い止める。
後はもうどうする事も出来ず…身体中を濃紺の杭に貫かれ結城の身体ごと地面へと縫い付けられてしまった。
〈ぐぅ…っ!があっ!〉
苦痛に歪むリッチーの顔。
口からは大量の血を吐き出し、杭に貫かれた身体からは夥しい量の血を流している。
その姿に何の感情の変化も見せず、浩二は徐に結城の髪の毛を鷲掴みにすると、強引にリッチーから引き剥がす。
「ぎゃあぁあぁぁっっ!!!」
リッチーでは無い声で絶叫が聞こえる。
結城自身が目覚めたのだ。
肉体から精神体を強引に引き剥がす行為は、肉体では無く精神に多大な負担と苦痛をもたらす。
リッチーが抵抗した事により、結城のその苦痛は更に増していた。
ブチブチと音を立てて杭から引き剥がされる肉体。
最早損傷の無い部分など見当たらない程にボロボロになった結城の身体を浩二は無造作に後ろへと放り投げる。
そして、訓練所の地面をゴロゴロと転がり血と土に塗れたその身体は無言で冷たい視線を向けていたミラルダの目の前で止まった。
やがて紫の靄に包まれる結城の身体。
ミラルダが手を翳し必要最低限のレベルで傷を塞いでいるのだ。
生きているのかさえ怪しかった結城の傷はみるみる塞がり、やがて光の消えかかった瞳でミラルダを見た結城はパクパクと口を動かし何かを伝えようとするが、口から出るのは呻き声だけ。
そして、それを冷たい目で見ていたミラルダが徐に結城の頭を踏み付ける。
「勝手に口を開くんじゃ無いわよ。」
結城はミラルダの足の下で再び意識を失った。
そして残されたのは、濃紺の杭で地面に磔にされたリッチーの精神体と…
怒りの炎を揺らめかせ暗く沈んだ瞳でリッチーを見下ろす浩二のみ。
〈ぐう…っ…き、貴様…っ!こんな事をしてタダで済むと…〉
《済むよ。》
〈だっ…誰だっ!〉
突然響いた声に警戒を顕にするリッチー。
《君。チャンネル合わせと調整は私がやる。だから君は『転送』でナオを救い出してあげなさい。》
「…女神様…?」
《あの子の存在に気付かなかった私の落ち度だ。さぁ、早く。あの子が待ってる。》
「はい!」
女神の言葉を聞き、浩二の暗く沈んだ瞳に光が戻ると素早く目の前に六角形のゲートを片方だけ作り出す。
両手をゲートに差し込み探る様に動かしていると…やがて目的の存在を見つけ、ゆっくり優しくゲートから引き出し胸に抱き締める。
「ナオっ…ナオっ!」
まだ微かに温もりのある愛猫を胸に抱き、何度も何度もその名を呼ぶ。
やがてピクリと微かに動いたナオは、ゆっくりと顔を浩二に向けて薄く瞳を開く。
「ナオっ!!」
浩二の呼び掛けに口を開くも声が出ないナオ。
その時…
〔…浩二…〕
浩二の頭の中に聞いたことの無い女性の声が響く。
「…え?」
まさかと思いナオの姿を見る。
「…ナオ…なのか?」
〔…うん。〕
「…そっか。話せたんだな。」
〔…ゴメンね…本当はもっと早く話したかったんだけど…勇気がでなくて…〕
「…勇気?」
〔…実はね…私中身は人間なの。〕
「…!!」
突然ナオに話しかけられた事にも驚きだが、更に上を行く告白に驚きを隠せない浩二。
〔…驚いたでしょ?…あっちの世界でもずっとそうだったんだよ?〕
「…知らなかった…いや、妙に人間臭いとは思ってたが…」
〔ふふっ…酷いなぁ…でも、話せるようになったのはこっちに来てからだよ。〕
「そっか。」
〔…ホントはね?ずっと、ずっと浩二と話がしたかった。〕
「…なら何で…」
〔…怖かったの…〕
「え?」
〔…だって…猫なのに中身は人間なんだよ?…そんなの…気味悪いじゃない…〕
見上げるナオの顔は何処か悲しそうだ。
その顔を見た浩二は、深い溜息をつくと優しくナオの頭を撫でながら口を開く。
「馬鹿だなぁ…そんな事で気味悪がったりする奴が、猫にプロポーズするかよ。」
〔…あ。〕
「思い出したか?」
〔…うん。そうだったね…浩二は猫にプロポーズする変態だもんね。〕
「失礼な。」
〔ふふっ。〕
浩二がナオの鈴が鳴る様な心地いい笑い声を聞いていた…その時、
一本の剣がナオと浩二を貫いた。
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