死神の突撃。
「…最低の方向?」
「…えぇ。コージ…ちょっと耳を貸して…」
「ん?」
浩二はソフィアの口へ耳を寄せる。
恐らくは周りには聞かせられない内容なんだろう。
ソフィアは結城が人族領で行った行動を掻い摘んで話す。
次の瞬間…
浩二の身体から青く輝く靄が溢れ出す。
いや、それは最早『靄』と言うより『炎』。
二人の様子を見ていた魔族陣営の兵士達は驚き後ずさる。
更に人族の兵士の反応は過敏で腰を抜かす者や、逃げ出す者までいる始末だ。
それ程迄に浩二の変化は劇的だった。
「コージ…私は今すぐミラルダに連絡を取るわ。貴方は…もう止めないわ…行きなさいっ!」
「……あぁ、行ってくる…」
ソフィアは最早止められないと覚悟を決めたのか、真剣な顔で浩二に言い放つ。
そして浩二は…一言だけソフィアに言葉を残し、その場から消えた。
遂に動いた浩二。
もう、誰にも止められない。
事態の原因を止めるまでは…
やがて、浩二が居なくなった訓練所を静寂が包む。
その静寂を打ち破るようにソフィアが口を開いた。
「貴方達は幸せよ?あれだけコージが怒ってくれるんだもの…あんなに…杜撰に扱われたにも関わらず…ね。」
腰を抜かして身動き一つ取れなくなっていた人族の兵士達へと。
□■□■
場所は変わって人族領。
城の前に飛んだ浩二は巨大な城門を前に無言で佇んでいた。
何故直接結城やリッチーのいる場所へ飛ばなかったのか。
理由はソフィアの話にあった「操られている貴族達」が原因だ。
城へと抗議する為に攻め込んだ貴族の私兵が誰一人として戻らなかった事を考えれば、場内に転移したのでは彼等を救えない。
城門から真っ直ぐに…ワザと自分の位置を奴に知らせ、こちらに向かわせる。
催眠がどの程度の意識レベルまで有効かは分からないが、気絶すれば催眠に掛かろうがそうでなかろうが問題では無い。
ならば…全て…
目に付く全ての人族を殺さずに戦闘不能にする。
それが、浩二の選んだ答えだった。
「…取り敢えず…派手に八つ当たりするか。」
城門の直ぐ目の前、大体5m程の所に立つとゆっくりと気を練り始めた。
すると、浩二の身体から溢れていた靄が急激に渦巻き丹田の辺りに吸い込まれてゆく…
やがて全ての靄が吸い込まれるのと同時に、浩二は半身に構え右拳を引く。
ゆっくりと鼻から空気を吸い込み…口から吐き出す。
次の瞬間、浩二の右拳が一瞬揺らいで一回り大きくなった様に見えた。
脈打つ様に揺らぐ拳はその脈動に合わせて青く輝く光を放ち始める。
徐々に間隔の短くなる脈動。
強くなる光。
そして…空気を大きく吸い込み…
「…フッッ!!」
短く吐き出した息と共に振るわれた右拳。
別段速い訳でも無く、力んだ様子も無い。
しかし、起こった現象は常軌を逸していた。
鼓膜が破れるかと思われる程の轟音を伴った大爆発。
そして、目の前にあった十数メートルはあろうかと言う立派な城門は、左右に隣接する城壁ごと跡形もなく木端微塵に吹き飛んだ。
「…ふぅ…少しは…落ち着いたな。」
別に大した事はしていない様な口振りで目の前の惨状など気にもとめず、ゴキゴキと首を鳴らしながら城へと歩を進めた。
□■□■
「なんだ!?何が起きたっ!?」
相も変わらず猿の様に励んでいた結城が女の上で狼狽えながら叫ぶ。
そして、慌てて身なりを整え玉座の間に飛び込むと誰かを探すようにキョロキョロしながら怒鳴り散らす。
「リッチーっ!リッチーっ!何処だっ!」
〈…何だ?騒がしい。〉
「今の爆発は何だ!?何が起きたっ!?」
〈来たのだよ。お前を止めにアイツがな。〉
「アイツ…?誰だっ!?」
〈数日前に王女や兵士、勇者を攫って行ったアイツだ。〉
「…岩谷か!?クソっ!人が楽しんでいる時にっ!」
自分勝手に怒り出す結城。
しかし、次の瞬間には下卑た笑みを浮かべドッカリと玉座に腰掛け足を組む。
「貴族共はけしかけたんだよな?」
〈あぁ、既に向かわせている。…が、用心した方が良い…あ奴は普通では無い。〉
「ハッ!一人で数百相手に何が出来る。」
〈……………〉
どうやら、結城よりリッチーの方が正しく浩二を理解している様だ。
ただ、用心した所で何一つ変わらないのだが。
リッチーは、最悪の事態を想定し、結城に話し掛ける。
〈結城よ。あ奴はここに来る。お前も戦う準備をしておけ…〉
「たかだかドワーフ如きに負けるはずが無い!今の俺のステータスは前の時に比べて跳ね上がってるからな!」
〈油断は死を招くぞ…?〉
「ハッ!ここに来るまでに『生贄』を掛けた貴族共も居るんだ。数百のステータスを吸い上げれば岩谷なんて楽勝さ。」
〈……そう上手く行けば良いが…〉
「心配性だなぁ、リッチーは。」
結城の根拠の無い自身に危機感を抱くも、当の結城がコレではどうする事も出来ず、リッチーは仕方なく覚悟を決め浩二を待ち構えるのだった。
〈(こ奴が死ぬ前に…身体を奪う準備をしておかねばな…)〉
リッチーの考えなど知る由もなく結城は余裕の表情で浩二を待ち構えるのだった。
□■□■
「おおっ!来た来たっ!」
そこら中の扉という扉から次々と現れる人、人、人。
思い思いの武器を装備し、浩二に向かい油断なく構える。
その瞳には微かではあるが光が見える。
「へえ…完全な催眠状態にはしなかったんだな。案外利口…あぁ、リッチーの入れ知恵か。」
結城がこんなに気の利いた手を考え付くはずがない。
催眠は深ければ深い程自我が失われる。
つまり、培って来た戦闘技術も十全に発揮出来ないことになる。
「まぁ、やる事は変わらないがな。…お前等…死ぬなよ?」
一言だけ注意を促した浩二が貴族達の目の前から掻き消える。
「痛いの位は我慢な。」
次に浩二が現れたのは、一番貴族達が密集している場所のほぼ中心部だった。
そして振るわれる拳。
手加減しているとはいえ、まともに受ければ重症は免れない。
従って浩二は貴族達の武器や鎧の厚い部分を狙った。
ステータスに任せひたすら拳を振るい続ける。
一度に数人の貴族が周りを巻き込み盛大に吹っ飛ぶ。
貴族達はすぐに体制を立て直そうとするも、その時には既にそこに浩二の姿は無く、別な場所で新たに数名の貴族が吹っ飛んでいた。
「さぁ、チャッチャと終わらせるぞ。」
右手に青く輝く靄を纏いながら浩二は腕を回した。
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