下地。
立禅。
座ってするのが座禅。
寝てするのが寝禅。
だから、立ってするのがこの立禅。
肩幅に足を開き踵を少し…地面に付くかつかないかぐらい浮かせて膝を爪先より前に出ないよう少し曲げる。
背筋を伸ばし…過ぎないように反らさず曲げず真っ直ぐのラインを維持。
両腕を大きな樹木を抱える様にして地面と水平に。
両手は掌をやや内側に指は開いて親指を体側に…丁度水晶玉に手を翳す感じで。
その体勢のまま身体を維持。
最初は5分ぐらいを目安に、慣れてきたら徐々に時間を伸ばしていく。
今日も目覚めてから軽くストレッチして身体を解した後、いつもの様に立禅を始めた浩二。
本当は自然豊かな場所で行いたいんだが、今は独房の中。
それでもこれだけは毎日続けていた。
これだけは絶対に自分を裏切らないから。
「よう、コージ。今日も精が出るな。」
「あ、おはようございますスミスさん。…もう、これは日課ですから。」
立禅を維持しつつ見回りに来たスミスさん…あの隻腕の兵士さんに挨拶をする。
「毎日毎日よくもまぁ続くもんだよ。勇者共に見習わせたいわ。」
「その勇者達の方はどうなんですか?」
「勇者共か?パワーレベリングもこの辺りのダンジョンだと限界だし、そろそろ頭打だろ。あの話の後、何人かは自主的に訓練を積んでるみたいだが…まぁ、少数だな。」
「…そうですか…」
「まぁ、コージが心配するような問題じゃねーよ。さて、俺はそろそろ見回り行くわ。っても、お前以外囚人なんて居ないんだがな!」
スミスはガハハハと、笑いながら詰所に戻って行った
毎日見回りと称して様子を見に来てくれる辺り本当に面倒見が良い。
きっと、あの時…牢に入れられたまま放置されていたら、身も心も壊れてしまっていただろうと思い、スミスに心の中でお礼をした。
スミスの足音が遠ざかり、やがてまた牢に静寂が訪れる。
「ふぅ…さて、続けるか…。」
軽く目を閉じ意識を集中する。
鼻から息を吸い、口からゆっくりと吐き出す。
身体を気が巡るのを想像しながらゆっくりと呼吸。
こちらに来てからは気の効果が顕著に現れる様になった。
最初は辛かったが、今では殆ど苦痛を感じない。
フラフラする事も減ってきた。
(やっと気の流れが身体に馴染んで来たのかな…)
何より今は持久力を付けなければ。
違和感なく気を使いこなせる様に。
無意識レベルで体に纏えるように。
教わっておいて良かった。
続けていて良かった。
(師匠には感謝しなきゃな…。)
などと頭を過ぎるが、またすぐに浩二は意識を集中し始めた。
□■□■
元の世界にいた頃、休日の度に足を運んでいた森林公園。
そこには色んな人達がいた。
犬を散歩する者。
イヤホンをしながらジョギングする者。
仲良く散歩する老夫婦。
休日になるとシートを広げて昼食を楽しんでいる家族連れなんかもいた。
その中に師匠もいた。
最初に気づいたのは、ナオを拾ってから一月ぐらいしてからだろうか…初めてナオを散歩に連れていった時だった。
森の遊歩道を抜けて少し歩いた辺り…そこには両手をなにか大きなものを抱えるようにして広げて微動だにしない老人がいた。
(あのお爺さん…何してるんだろ…?)
妙に気になった。
特別何かをしているわけじゃない。
ただ変なポーズで立っている、それだけなのに妙に気になる。
次の瞬間には声を掛けていた。
「すみません…貴方は何をしているんですか?」
と。
すると軽く目を閉じていた老人はゆっくりと目を開き
「立禅じゃよ、若いの。この辺りは空気がいいからのぉ。」
「りつ…ぜんですか?」
「そうじゃ、座ってするのが座禅、寝てするのが寝禅、立ってするのが立禅じゃよ。」
「成程、立禅ですか。」
会話の最中ですら微動だにしない老人。
「興味があるのかの?なら物は試しじゃ、一緒にやってみるか?」
「え…あ、いや…。」
「良いからホレ、まずはここに立つんじゃ…力を抜いて…。」
あれよあれよという間に立禅入門が始まってしまった。
しかも、この老人力が強い。
年齢を聞いたら90歳だそうだ…浩二の手を引く力はとてもそんな高齢だとは思えない程力強かった。
「うわっ…きっつっ…」
開始三分後の感想である。
コレ…立ってるだけなのに足腰への負担が半端ない。
「若いのにだらしがないのぉ…まぁ、若い内に立禅に出会えたということで良しとするかの。」
隣で同じ姿勢で全く微動だにぜず宣う老人。
「この立禅は心身共に鍛え、あらゆる拳法の下地になるものじゃ。
最初は辛かろうが、その内ちゃんと体が付いてくるようになる。
継続が大事じゃよ。」
長生きの秘訣でもあるがの。
そう言って元気に笑う老人を見て、自分もこの人のように健やかに歳をとりたいなと思った。
それから浩二は毎朝、この立禅をするようになった。
そして、休日には老人と二人並んで。
当然、ナオは首に絡まったまま。
不思議とそれから病気になりにくくなった気がする。
風邪などは全くと言っていいほどに。
それから二年ほどたったある日、老人は浩二にこう言った。
「下地も出来てきたし、そろそろ拳法の真似事でもしてみるかの。」
そう浩二の太股や腹筋、腕をポンポンと叩きながら。
「拳法ですか…?」
「そうじゃ…まぁ、型と言った方が良いじゃろうか。」
「…興味はあります。」
「うむ。それじゃまずは三体式からじゃな。」
「三体式…?」
「そうじゃ…ほら、こうして膝をたたんで…右手はこうで…」
あれよあれよという間に三体式とやらの形にされる浩二。
「うわっ!これもきっつっ!」
「カッカッカ。そうじゃろ?これを三年続けるのが手始めじゃ。三体式三年は基本じゃからな。」
「継続は力ですか?」
「そうじゃ、わかっておるのぅ。」
「はい、立禅で身に染みて感じてますから。」
「ならば、立禅と三体式、それが三年続いたら次を教えてやろうかの。」
「分かりました…頑張ります。」
それから浩二の日課に三体式が加わった。
岩谷浩二…20歳の事であった。
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