あれから。
ドン!ドン!ドン!
間も無く始まる祭りを知らせる花火が頭上高くで炸裂し大音量で辺りに響き渡る。
同時にスタートライン横のスタンド席から湧き上がるギャラリーの歓声と熱気。
幅20m、全長15kmの整備された舗装道路に交互にズラリと並ぶ少し縦長のエアバギー達、その数20台。
激しい予選を勝ち抜いて来たドライバー達も、今これから始まるレースで優勝者が決まるとあって少し緊張の面持ちだ。
その表情までもしっかりと観戦出来るのは、各バギーに追随するように飛ぶ映像記録用ドローンのお陰だ。
それらのドローンから送られて来た映像は、スタンド正面空中に浮遊する巨大スクリーンに分割投影され、決定的瞬間を見逃すまいとギャラリー達もスクリーンに穴が空くほど視線を送っている。
このサーキットでは、ほぼ毎日大小様々なレースが行われている。
一応サーラ領主催という形で賭けも行っており、一部の観客の熱は相当な物だ。
しかし、これから始まるレースは半年に一度、しかも数ヶ月に渡る予選を勝ち抜いた者のみが出場出来る特別な物だ。
二人乗りバギーによる妨害アリの過激なレース。
魔法、物理なんでもありで、ドライバー及びバギーが行動不能になればリタイア、サーキットを3周して一番最初にゴールフラッグを受けた者が勝者だ。
バギーの性能は全て同じでだが、装甲を厚くしたり逆に薄くしたりという細工は許可されており、レース開始1ヶ月前にバギーが支給され各自様々な改造を施す。
殆どのドライバーにはスポンサーが付いており、彼らが改造費を出す代わりにレースに出ている。
主に貴族や大きな商人等がスポンサーな事が多いが、彼ら程の金持ちがなぜこの様なレースのスポンサーになるのか…それは優勝賞品の魅力が常軌を逸しているからに他ならない。
『優勝者には『傀儡の魔王』自らその者が望む魔道具を作り与える。』
今回第8回を迎えたこのレース。
最初は知名度など無く物好きが集まる程度のものだった。
しかし、第3回大会の準優勝者が持ち帰ったある魔道具。
エルフ達ですら未だ安定して作り出す事の出来ない魔道具。
その魔道具は、見た目は革製のショルダーバックなのだが、その実態は六畳程の異空間へと好きなだけ物を出し入れ出来るというとんでもない魔道具だったのだ。
『マジックバック』と呼ばれたその魔道具を手に入れたのは名のある冒険者一行だったのだが、彼らの今までの生活があらゆる面で一変した。
どんなに大量の荷物を持とうが重さも無く、バックに入れてあれば時間すら経過しないのだから。
当然、そんな夢の道具を黙って見ているだけの貴族達じゃない。
しかし、あらゆる手段を使いその魔道具を手に入れようとするも、彼等が優秀な冒険者一行だった事がネックとなりそのいかにも焦臭い計画は難航していたようだ。
となれば、次に目を付けるのは魔道具の出品元であるサーラ領領主…となるが、噂を聞けば聞くほど馬鹿みたいな人物像が浮かび上がる。
大森林から魔物のスタンピードを防ぐ為、あの有名な『大城壁』を作っただとか、自領に人を招き入れる為に数千kmもの穴を掘り、活気と人で溢れる『駅』と言う町から町まで『列車』を走らせあの距離を一日かからずに行き来出来るようにしてしまっただとか、噂に拠れば今は友好関係にある獣人と人族の仲を取り持ったのも彼だとか。
情報を集めれば集めるほど常軌を逸した人物な事が分かった。
こんな人物相手に何をどうすればいいかなど皆目見当も付かない。
ならば素直にレースに出て優勝するのが一番手っ取り早い。
そして半年後、レースの知名度は驚く程上がり出場希望者が殺到した。
優勝者、準優勝者、三位の三組が褒美を受け取る事が出来、優勝者以外は予め用意された魔道具の中から選びそれが授与される。
『マジックバック』以外にも、『ミラージュマント』と呼ばれる姿を見えなく出来るマントとか『魔法の指輪』の様に装備するだけで特定の魔法が使えるようになる夢の様な指輪…等、上げればキリがない最上位魔道具がゴロゴロ用意されていた。
しかし、その最たる物…『自らが望む魔道具を作って貰う』その権利を得られるのは優勝者のみ。
今までその頂を目指し数多くのドライバー達がこのレースに挑んで来た。
しかし、未だその願いは叶えられていない。
頂きに座すは二人の女性。
人族のその二人は、第一回大会から今まで一切手を加えていないノーマルのバギーを操りただの一度の負けも無く今に至る。
「今回も貰ったね。」
「んー、でも最近私の真似してドリフト使う人達増えてきたんだ。」
「何言ってんのよ。付け焼き刃の走りで私達に勝てる訳無いでしょ?」
「だね。頑張るから、妨害の妨害は宜しくね。」
「りょーかい!」
相変わらずハンドルを握ると性格が変わる彼女は、その知識とテクニックを使いランランとした瞳で最短のルートを攻めて行く。
その後ろ、身体を固定するバーに足を張り仁王立ちした彼女は飛び交う魔法や矢を的確に撃ち落とす。
一度二人を前に出してしまえば抜く事はもう叶わない。
しかし…
「今回こそは勝つよ!!」
「わーってるよ!でも新堂の奴、本当に上手いからなぁ。」
「舞はハンドル握ると人が変わるけど、下手になる訳じゃ無いからなぁ。」
「いや、冗談抜きでライン取りとか完璧…」
「でも、『永遠の二位』なんて格好良いあだ名はもう嫌だからね!」
「それは俺も同意だ。」
気合いを入れてハンドルを握る。
いつ前方から飛んでくるか分からないアイスニードルに警戒しながら。
「頼むね、ブラック!シルバー!」
蓮は二丁の拳銃を額に当てスタートの合図を待つ。
そして、一瞬の静寂の後、レースの火蓋は切って落とされた。
□■□■
「なぁ…?アレは反則だろう?」
「ブラックとシルバーの事ですか?ならば問題ありません。舞様と麗子様以外には使わないと仰っていましたから。」
「んー…まぁ、そのくらいの常識はあるだろうけど。でも、なら今回あの二人は苦戦するかもな。」
「何やら今回蓮様には秘策があるとか。実に楽しみです。」
屋敷の座卓で茶を啜りながらスクリーン越しにレースの様子を見守る浩二と、その横で笑みを浮かべるタロス。
やがてスタートの合図と共に観客の歓声がスクリーンから飛び出して来た。
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