管理種とソフィア。
客間の中に居たソフィアはどこか疲れた様子で座椅子にもたれ掛かる。
「アンタ達も座りなさいよ、座椅子と座布団はそっちの角にあるから。」
10畳ほどの和室に一本の木から削り出して磨いた木目も綺麗な長テーブルの上の和風の角皿に乗せられた団子を一本摘み、行儀悪くその団子で部屋の角を指す。
「ソフィアの姉貴、何か荒れてね?」
「…そりゃ、ちょっとした用事で来てあんなメンバーと鉢合わせりゃ、疲れもするわよ…」
「ははは…ご愁傷さま。」
「…もう!なんでこの屋敷のメイドはあんな超VIP達が来てるのに平然と私を通すのよっ!!」
「それは、あの方達ならばこの世界の何処で何をしていても命の危険が全く無いからですよ、ソフィア様。」
「知らずに鉢合わせた私の気持ちにもなってよ…」
静かに襖を開けて現れたアルファの答えに力無く項垂れるソフィア。
「今皆様のお茶もご用意しますね。今日のおやつはお団子です。」
ソフィアの前に新しいお茶と三本の胡麻団子が乗った皿を置くと、人族組メンバーへと向かい笑顔でそう言って襖の奥にパタパタと駆けて行った。
「ねぇねぇ、ソフィアちゃんはあのメンバーの肩書き知ってるの?」
彼女の真向かいに座った蓮が興味津々に尋ねる。
「知ってるも何も、当の本人達から自己紹介されたわよ…」
その光景を思い出したのだろう、額に手を当て力無く左右に振る。
相変わらず彼女は色々と心労が絶えない様だ。
□■□■
「コージ、ちょっと良いか…し…ら…」
「ん?どうしたソフィア?」
メイドに案内されるままに応接間へ通されたソフィアが、言葉が尻すぼみになりながら固まる様子を見て浩二が首を傾げながら問いかける。
「おっ!ソフィアちゃんじゃないか!久しぶりだね…って会ったのは初めてか。」
「………コージ、まさかとは思うけど…私あの声聞いたことがあるわ…」
「あ、うん。女神様だよ。」
「……あぁ、やっぱり……すみません、少しお時間を頂けますか…?」
気配からしてヤバい空気がプンプンする中、聞き覚えのある声とその隣に座る黒龍帝。
もうこの時点で普通の存在ではないと薄々感じてはいた。
最終確認の為浩二に聞くもあっさり肯定。
もう、なんでこの男はこうなのだろう…?
ソフィアはバクバク脈打つ心臓を無理矢理押さえ込むように深く深くゆっくり呼吸をする。
浩二との付き合いで非常識には散々晒されてきたが、今この瞬間が恐らくその際たるものだろうことを胸に刻み…ソフィアはゆっくりと言葉を返した。
「…お待たせしてすみませんでした。改めてはじめまして女神様。お目にかかる事が出来て光栄です。」
「あ、うん。なんか久しぶりにこんな丁寧な対応された気がする。コージ君、これが正しい反応だよ。」
「いや、そんな事言われても…」
「シイナ、だからお前は威厳が足りないといつも言ってるんだ。」
「なにさ!それじゃルドラーは威厳があるって言うの?」
「まぁ、お前よりはな。」
「今日はまた随分と言うじゃないか。」
再び火花を散らし始めた二人の頭上に現れた拳は、瞬時にそれぞれの頭に吸い込まれるように着弾し…二人は豪快な音を立ててソフィアの目の前でテーブルに額を強打する。
脳天と額を押さえて声も出せずに震える二人の後ろでにっこりと笑う椎名。
「ソフィアさん…って言ったかな?」
「あ!は、はい!」
「ふふっ、そんなに緊張しなくても良いよ。私はこの子の親みたいな者で椎名って言うんだ。よろしくね…とは言っても直ぐに旅に出るんだけどね。」
椎名は柔らかい笑顔をソフィアに向けながら、同じ顔をしたシイナの頭を乱暴に撫でる。
「……女神様の…親……?………ッッ!?!!?」
椎名の自己紹介を反芻してある事実に行き着き、目を見開いて完全にフリーズするソフィア。
「椎名様……いくら何でもいきなり過ぎますよ。どこの世界にそんな気軽に自己紹介する神様がいるんですか。」
「まぁ、確かにそうだけどさ。私だって最初から神様だった訳じゃないんだし。」
「そんな言い分、自ら創った生命達に通用する訳が無いですよ。」
フリーズしたソフィアを案ずる椎名に少々辛辣なツッコミを入れるインキュナ。
彼女はそれを受け大人しく席に戻るとはむはむと再び団子を頬張り始める。
浩二の隣では未だにソフィアがフリーズ中だ。
「ソフィア、大丈夫か?ソフィア?」
「……ハッ!?私は何を…?」
「ははは、確かにちょっと受け入れ難い現実だよな。」
浩二の言葉が染みたのか、少しブルりと身震いしたソフィアは、ベータのいれてくれたお茶をゆっくりと啜る。
団子も用意されていたが、とてもじゃないが喉を通す自信が無い。
「えーと、女神様?そっちの四人は見た事ないんですが…どちら様ですか?」
すっかり小さくなってしまったソフィアの背中を優しく擦りながらずっと気になっていた事を聞いてみた。
「あぁ、えーと左からドハラ、イラ、リル、カグヅチだ。」
「ぶほあぁっっ!!ゲホっ!ゲホっ!」
ここでソフィアが盛大に茶を吹く。
噎せる彼女の背中を擦りながら慌てて顔を覗き込む浩二。
「……ゲホッ……コージぃ…私もう無理ぃ……」
目尻に涙を浮かべたソフィアを見て流石にこれ以上は無理だと判断した浩二は「ちょっと失礼します。」と言葉を残して彼女に肩を貸し近くの客間で休ませる事にした。
すっかり弱り切ったソフィアに肩を貸した際、耳元で囁かれた「アンタ…覚えてなさいよ…」と言う恨めしそうな声を苦笑いで受け止めながら、場を察して現れたアルファに彼女を任せ浩二は応接間へと戻った。
□■□■
「つまり、火龍と水龍の化身って事?」
「そうなるわね。あくまで私の知る限りでは…だけど。後の二人も多分龍種の化身ね。私達には知らされていないとなると…土龍と風龍…かしら?」
この世界で認知されている龍種は四種のみ。
火龍カグヅチ、水龍リル、黒龍ルドラー、そして白龍シイナ。
先程黒龍帝が女神様の事をシイナと呼んでいた事から、多分彼女が白龍シイナなのだろう。
そして黒龍と白龍の二人に拳骨を見舞った人物…あの人がこの世界の神なのだ…
ソフィアは人族組メンバーへと自分の知ることを説明すると、身体の底から来る震えを和らげるように湯気の立つお茶を啜るのだった。
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