互いの言い分。
「えーと、それが理由?」
「そうよ!!何よりも許し難い大罪だわ!!」
「二つの世界に住む人達が皆死んじゃっても構わないくらい?」
「…あんな無能共なんていっそ滅んだ方が良いわ。椎名様に心労を与えるぐらいならね。」
「なるほどなるほど。アンタはアンタで真剣な訳ね…なら…」
腰に当てていた両手で拳を作り胸の前で強く打ち付ける。
既にその表情に怒りの気配はなく、ただ真剣な表情でインキュナを見詰め言い放つ。
「…こっから先は我の張り合いよ!互いに譲れないなら押し通るしか無いじゃない!私は私で皆と浩二を護らなきゃ!!」
「…護る?あんなクズ共を?」
「それはあくまでもアンタの見解。通したきゃ私の邪魔をすれば良いじゃない。…まぁ、浩二は既に仕事をしに行っちゃったけどね。」
「…まさかっ!?」
仕事と聞いて真っ先にクリスタルを見る辺り、おおよその見当はついていたのだろう。
「そ。さっきアンタを蹴り飛ばした時にね、一緒に浩二もクリスタル目掛けてブン投げたのよ。」
「…ふふふっ…」
「ん?」
何やらインキュナの様子がおかしい。
少し前まで焦って居たのに、何だろう笑うのを我慢しているように見える。
そして遂に我慢出来なくなったのだろう、大声で笑い始めた。
「あははははっ!!実に滑稽だ!」
「何が可笑しいのさ?」
「ふふふっ、いやね、君が自ら旦那を死地に追いやったかと思うと…」
「死地?」
聞き捨てならない言葉だ。
確かに浩二の精神体をクリスタルに向かい放り投げて中に居る神様を迎えに行かせたのは確かだが、それが何故死地に追いやる事になるのだろうか?
「あー、可笑しい。楽しませて貰ったから教えてあげるね。あのクリスタルの中って、凄まじい量の情報が各地に点在する世界から常に送り込まれて来ている。それはどういう事か分かる?」
「…さぁ?」
「だろうね。確かにこの大図書館の司書たる私ならば『情報』として受け取る事が出来る。でもね、それ以外の存在にしてみれば…その情報は単なる高エネルギーの奔流でしかないのさ。」
「…なるほど、つまり私は旦那様の精神体を高エネルギー渦巻く嵐の中へ放り込んだ…と。」
腕を組んでウンウンと頷くナオ。
その様子に不安や焦りの感情は読み取れない。
「……随分と余裕だね?」
「んー、余裕と言うか…心配ないと言うか…その辺本当によく分からないんだけど、何故か大丈夫な気がするんだ。それに、一応お供も付けたしね。」
そう言って人差し指を立てる。
よく見ればその人差し指には第一関節から先が無くなっていた。
その指を一瞬目を細めて見ると、溜息をひとつ吐いて衣服からパンパンと埃を払い、そのままその足で一番近いソファーセットまで歩いて行く。
「闘わないの?」
「貴女と私じゃ力量が拮抗し過ぎているもの。無駄な争いは避けるわ。…それに、これ以上この場所を荒らすのは本意じゃないし。ワン!壊れた壁の修復をお願い。」
「かっしこまりましたー!!」
「ツー、お茶と茶菓子を二人分お願い。」
「了解でっす!」
ワンとツーと呼ばれた彼女と同じ制服を着た妖精のような
二人に片付けとお茶の用意を言い付ける。
それを不思議そうな顔で見ていたナオに向かい再び小さな溜息を吐く。
「座ったら?お茶くらい出すわよ?」
そう言って向かいのソファーをすすめた。
□■□■
「ん?そちらは?」
規定通りの時間休憩をとって居住スペースから螺旋階段を上ってきた彼女の同僚であるテンベルクが、見慣れぬナオの存在に気づく。
「私の客よ。」
「それはますます珍しい。あ、挨拶が遅れ失礼しました。私は彼女の同僚のテンベルクと申します。本以外何も無い場所ですが、ごゆっくり。」
「…ナオです。ご丁寧にどうも。」
ソファーに腰掛けたまま頭を軽く下げると、にこやかな笑みを返してくれた。
「それではインキュナ、仕事は私一人で大丈夫ですから貴女はナオさんのお相手を。」
「ありがとう。あんまり気を使わなくて良いからね。」
「分かっています。それでは。」
そう言ってナオに向かい胸に手を当て綺麗なお辞儀をするとカウンターの中に入りいつもの仕事を始めた。
「さて、それじゃお茶にしますか。」
「…こんなことしてて良いのかな…?」
「アンタの旦那さんがクリスタルに入っちゃった以上、成功するにしても失敗するにしてももう待つしかないじゃないか。」
表情一つ変えずに淹れたての紅茶とスコーンを皿に一つ取り、向かいのナオの手元に指を添えて滑らせる。
「えーと…」
「蜂蜜はそっち、ミルクはこれ、砂糖はこっちだよ。」
「いやいや、そうじゃなくて…邪魔しなくて良いの?」
何だかこちらが悪い事をしている気分になってきたナオは、申し訳なさそうに口にする。
「あのクリスタルに入ってしまった時点で引っ張り出すことは諦めたよ。出来ないことも無いんだけど…結構騒がしくなるからね、間違いなく椎名様が起きてしまう。」
紅茶を一口啜り続ける。
「それなら、アンタの旦那が失敗するのを待った方が良いだろ?こっちは時間が掛かれば掛かるだけ得なんだから。」
「…そっか、なら浩二を信じて待つしかないのかぁ。…なら遠慮なく…」
紅茶にスプーンで二つの砂糖とミルクを注ぎ軽く掻き混ぜてから口を付けるナオ。
「うん、美味しいね。」
「お口に合って良かったわ。」
「…んー、アンタってさ、実はそれ程悪い人じゃない?」
特に表情も変えず淡々と話すインキュナに興味が湧き始める。
「インキュナでいいわ。私は単に椎名様のお身体を気遣っているだけ。それ以外でもそれ以下でもないわ。」
「んじゃ、私の事はナオで。それじゃ、椎名様の心労が増えないなら起きる事自体は別に問題ないの?」
「ええ。でも…」
「でも?」
言い淀むインキュナに首を傾げるナオ。
再び唇を紅茶で湿した彼女は少しバツが悪そうに
「今椎名様がお目覚めになられたら…きっと私は叱られてしまうわね。」
と、そう漏らした。
読んでいただきありがとうございます。




