実刑。
未だに顔の熱が引かないまま、それを誤魔化すように粒あんのオヤキをチビチビつまんでいたミラルダは、二人の会話を浩二の隣で聞きながらそっと指先でドレスの胸元をなぞる。
その仕草に見蕩れそうになりながらも浩二は大切な事を伝え忘れていたのを思い出す。
「すみません、ミラルダさん。そのドレスの性能…伝え忘れてました。」
「ん?性能ぉ?」
「まぁ、そうよね。オリハルコンとバシリスクの抜け殻を使っておいて、ただのドレスな訳ないわよね。」
若干期待に満ちた瞳でこちらを見るシルビア。
次の瞬間、テーブルを挟んで座るシルビアの肩にポンと手を置くミラルダ…それも後ろから。
シルビアはいきなりの事で「ひゃっ!?」とか言っている。
「ふふっ♪こういう事よぉ♪」
「ミラルダさん、気付いてたんですか?」
「うん♪ドルギスに力を借りた時に似てたからぁ。」
「何!?今のは?」
1人パニクるシルビア。
「『影渡り』よぉ♪」
シルビアの問に実践で答えたミラルダは浩二に後ろから抱きつきながらにこやかに笑う。
「ドレスに名前とか…どうしようか考えたんですが、一応仮で『闇の羽衣』って名前になってます。今はドレスですが、ミラルダさんの意思で色々変化させられます。」
「…こんな風にぃ?」
ミラルダはいつの間にか漆黒のロンググローブに包まれた細い指で浩二の顎を弄ぶ。
「…何だか説明不要なくらい馴染んでますね?」
「うん♪私も驚いてるわぁ。」
「…素材にオリハルコンを使ってるせいよ。唯でさえ魔素との相性がいい種族なのに、オリハルコンがそれを更に高めてる…と言うより補助してるのね。」
「魔法との親和性ですか?」
「えぇ、それにしても…成程ね。その『闇の羽衣』はミラルダにぴったりの装備よ。」
「そうみたい♪この子と合わせればもっと色々出来そぉ♪」
胸の谷間から『オロチ』を取り出しすっかり上機嫌のミラルダ。
谷間の影から取り出したのだろう、器用な事をする。
彼女にとって『闇の羽衣』とは、服と言うより自由自在に形を変える高濃度の闇の魔素であり、闇系のスキルを使えるようになる魔道具であり…
そして何より、大好きな浩二からのプレゼントなのだ。
□■□■
「異性との接触、及び性行為を禁ずる。」
首輪がその言葉に反応する様に淡く輝き、やがて静かに消えた。
「これで完了よ。胸糞悪いけど…解放してあげるわ。」
治療師としてロスチャイルド邸で待機していたサキュバス達を自領に送り届けたミラルダは、影を通り浩二の屋敷前でデルタに預けてあったミハエルの太い首に『監視者の罰』を装着した。
「ミラルダ様、コイツはどうするんです?わざわざミラルダ様がお送りにならなくても、私がサーラ領外に放り出して来ますが?」
「ふふっ、大丈夫よぉ。ちゃぁんと私が人族領に送るからぁ。」
笑顔でそう言うと、ギャグも手足も縛られたままのミハエルに向かい手を翳すミラルダ。
その瞳は全く笑っていない。
「最初に見付けてくれる兵士が男だと良いわねぇ♪」
まるで沼の様に変化した自らの影に沈みながら必死に踠くミハエルを嘲笑うように言葉を投げ掛ける。
「…良い?…私達はいつでも見ているからね…?」
全身がすっかり影に沈み切り、残すところ頭だけになっていたミハエルの耳元でそう囁きスッと立ち上がると、思い切り頭を踏みつけ一気に沈める。
「あ!ゴメンねぇ♪思わず触っちゃったわぁ♪」
呪いの効果が一体身体のどこに現れたのか分からないが、痛みに苦しみながらミハエルは完全に影に沈み見えなくなった。
「何処へ送ったんですか?」
「んふふぅ♪ヒ・ミ・ツ♪」
デルタにそう答え幾分か気が晴れたのか人族領の方向を一瞥したミラルダは、浩二の元へと癒しを求め影へと飛び込んだ。
ミハエル伯爵。
言葉もまともに話せない状態でミラルダの影渡りにより彼が送られた場所、それは人族領の城内だった。
謁見の間の柱の影から転がり出たミハエルの姿を見て最初に駆け寄り手を差し伸べたのは…
心優しい第三王女…現人族女王リリィだった。
ギャグを外して貰い、その口から絶叫により鉄球が飛び出すまでに数回リリィに触れられたミハエルは、呪いにより身体のあちこちから襲う痛みにのたうち回り…やがて気絶した。
理由は簡単で、呪いの痛みを複数同時に維持した事によるマインドアウトに陥ったのだ。
魔法など使えるはずも無く魔力値も低い彼にその維持は酷であり、長時間の維持は不可能であった…が、そこは変態呪術師ピオンの作品、抜かりは無い。
彼が痛みにのたうち回っている間に、彼の首に首輪から刻まれたタトゥーのような幾何学模様。
これは、痛みを永続的に与える為にミハエルの首に刻まれた新たな呪いであり、その呪いによる精神力の消費はなく、肉体的に作用して痛みを与える形に変化している。
今回刻まれたタトゥーは8箇所。
首輪の呪いが痛みを与える場所を増やす度にその数は増えてゆき、やがて彼の首はタトゥーにより黒く染まるだろう。
痛みに慣れることなく過ごす日々。
それは人生に絶望するには充分であり、自ら命を絶とうとする事になんの不思議も無いだろう。
だが、そんな事が許される筈は無かった。
「久しぶりぃ♪」
自らの胸を剣で貫こうとしていたミハエルの影から現れた彼女は、その剣をあっさり奪い去るとその手を取る。
逃げ出そうとするも、まるで地面に縫い付けられたように身体がビクリとも動かない。
彼女はその豊満な胸の谷間から一つの指輪を取り出すと、掴んでいたその手の中指に指輪を嵌める。
「ふふっ、健康で長生きしてねぇ♪」
世界の全てを魅了してしまいそうな悪魔の微笑みを浮かべ、彼女はたったそれだけの言葉を残して霞のように溶けて闇に消えた。
彼女が確かに今まで此処に存在した証は、新たに増えた痛みと、自ら死ぬ事が叶わぬ健康な身体をくれる中指にキラリと光る指輪だけだった。
この世界の人族の平均寿命は60歳から70歳ほど。
全身がまるで骨と皮だけのようになり、それでも怪我や病気も無く、ただ痛みに耐える日々から解放されたのは…彼が平均寿命を遥かに超えた98歳の時だった。
読んでいただきありがとうございます。




