前進。
「ライデンッ!!貴様、やはり裏切ったのかっ!?」
美しい顔を怒りで歪めた狐の獣人がライデンの後ろに付いてきた人族の姿を見て激昂する。
「やはりとは何だ!やはりとは!」
「はぐれアゲイト族なぞ、やはり信用するべきでは無かったっ!」
「おいおい、それを言ったら貴様も獣人族の爪弾き者だったろーが!」
「なにをッ!!」
「なんだよッ!!」
出会い頭に罵り合いを始めた二人。
最初の矛先だった3人はその後ろで呆然と成り行きを眺めていたが、やがて麗子が深い溜息を吐きながら互いに火を吹く勢いの二人の間に割って入る。
「はいはい、仲が良いのは分かったから話を進めてくれる?」
「「良くないっ!」」
「あー、はいはい。そうですね。」
もう既に相手の都合なんてどうでも良くなり始めている様で、対応もかなり御座なりな麗子。
しかし、これで話は終わらなかった。
狐の獣人とライデンのやり取りが非常に騒がしい事もあり、狩りや畑仕事に出ていた獣人達が集まって来たのだ。
すると、まぁ当然と言えば当然だが猛と麗子、蓮の姿を見た獣人達がざわめき始める。
その騒ぎを聞きつけて更に集まって来る獣人達。
こうなってしまえば、話など聞いてもらえる筈もない。
「人族はこの敷地から出て行けっ!!」
一人の獣人がそう叫んだ。
そこからはもうとどまることを知らない罵倒が3人へと浴びせかけられ続けた。
絶好の捌け口を見付けたと言わんばかりに。
その時、獣人達の罵声や怒声に隠れ何やら力が収束していくような細くて高い音が聞こえた…そして
ズドンッッ!!!
大砲を放った様な腹に響く爆発音がその自分勝手な言い分達を掻き消す。
辺りがシンと静まり返った中、その怒りの咆哮を空へと放ったブラックロアをクルクルと器用に回しホルスターへと収め表情の無い顔で獣人達を見ていた。
そして、ずっと大人しくしていた蓮がやっと静かになったと口を開く。
「えーとさ、ここ人族領なんだからアンタ達が獣人族領に帰ればいいじゃん。」
と、至極真っ当な意見を口にした。
だが、それを黙って聞いていられる今の獣人達では無い。
「巫山戯るなっ!勝手に連れて来ておいて帰れだとっ!?」
「そうだっ!お前達人族のせいで俺達は…」
「何言ってんの?連れて来たのはアンタ達の同族でしょ?」
又もや至極真っ当な意見で再び勢い付きそうになる獣人達の頭に蓋をする。
淡々と感情などそこには介在しないかの様に。
「帰れって言っても、帰る方法も帰る場所も無いんだよっ!!」
「だからさー…」
蓮はそう呟くと息を思い切り吸い込み…
「その方法を教えに来たのにッ!貴様等が話を聞こうとしねーんじゃねーかッッ!!!」
ブチ切れた。
「巫山戯てんのはどっちだよッあ?家庭の事情だか、種族の事情だか知ららねーけどよッ!丸ごと全部人族のせいにしてんじゃねーよッ!」
蓮の殺気混じりの怒声が獣人達の身動きすら奪う。
「貴様等が可哀想なのは知ってんだよッ!仕方ないのも知ってんだよッ!だから助けに来たんだろーがぁッッ!!!」
怒りで握り締めた拳から血が滴る。
すると腰に巻いていたホルスターが輝き、オルトロスに戻ったブラックとシルバーは悲しそうな声でペロペロとその拳を舐める。
その姿を見て気が抜けたのか、ブラックとシルバーの首の間に頭を突っ込んでギュッと抱き締める蓮。
「ねー、シルバー?あいつ等皆凍らせたら後から舞が蘇生出来るかな?」
「ガウッ!」
「何馬鹿な事言ってんのよ。ほら、シルバーも本気にしない。」
麗子は物騒な事を言い出した蓮を軽く窘めながら、やる気になっているシルバーの頭を軽く撫でる。
すると蓮の訴えを黙って聞いていた狐の獣人がライデンを押し退け3人の前に出ると、ゆっくりその片耳しか無い頭を下げる。
「話を折ってしまって済まなかった。勝手な言い分だったのも済まないと思っている。」
「良いのよ。気持ちは痛い程分かるし、そんな事をした人族には反吐が出るしね。」
狐の獣人は麗子の物言いに目を丸くする。
「少しでも早く話し合いを終わらせたいんだ。恥ずかしいけど、今のところ確実に信用出来る人族は王女様とあと数人しかいねーからさ。」
「今、私達より先に出発した人族の調査隊がこっちに向かってるんだ。私達はそいつ等を追い抜いて来たけど、出来ればそいつ等とかち合う前に話を終わらせたいんだよね。」
「…ふむ。では、具体的に我等はどうしたら良いのだ?」
やはり彼女が長なのだろう、彼女が聞く体勢に入った途端に周りの獣人達は静かにその場に座り込んだ。
「まぁ、実は別に特別アンタ達にしてもらう事ってそれ程無いのよ。今居る獣人達の人数や仕事の内容なんかが分かればそれで充分よ。」
「それならば獣人邸に行けば直ぐにでも揃うが…」
「おっ、流石は長ね。」
「我の名はタマモ、天狐族のタマモじゃ。」
「了解タマモ。私は麗子。」
「俺が猛。」
「私が蓮よ。」
「分かった。麗子に猛に蓮だな。我等の事、よろしく頼む。」
再び頭を下げるタマモ。
「任せて!悪い様にはしないわ。それじゃ、タマモはその書類を持って来てくれる?私達はハインツさんのところに行ってくるわ。…ほら、ライデン案内しなさいよ!」
「お、おう。こっちだ。」
いきなり話を振られ驚くライデンは、気を取り直し猛達を連れロスチャイルド伯爵邸へと向かった。
□■□■
「成程。つまり現状を把握した君達が書類を持って城へと戻り、王女様へそれを伝え、許可証を受け取りトンボ帰りして来る…と。」
「話が早くて助かるわ。」
ロスチャイルド伯爵邸に到着してすぐに3人はハインツの元へと通された。
彼が3人を見た時、最初は来るべき時が来たのだと思ったらしい。
いつまでもこの事を誤魔化し切れるものでは無い事も当然理解していたようで、麗子の話を聞き渡りに船とトントン拍子に話は進んだ。
王女様の命で送り出された調査隊だが、その全てが獣人達に良い印象を持っている訳ではなく、猛達が先回りしてその存在を獣人達に知らせなければ間違い無く到着と同時に一悶着あっただろう事は想像に難しくない。
しかも、獣人達は所持の禁止されている奴隷と言う扱いなのだから、尚更だ。
だから、獣人達の現状を調べ具体的な数値と共に王女様の元へと届け、王女様直々に滞在許可証を発行してもらおうというのだ。
それさえあれば、獣人達は奴隷では無く人族領に滞在する客となる。
後はそれを調査隊がいざこざを起こす前に提示出来れば晴れて一件落着だ。
「アロー、伝書鳩みたいな真似させてゴメンね。」
必要最低限の情報が書かれた書簡をアローの身体に括りながら麗子が謝る。
それを見詰めながらアローはコクリとひとつ頷く。
「それじゃ、お願い!」
アローは麗子の願いを受け屋敷の窓から飛び立ち、一気に見えなくなった。
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