終わりと始まり。
ドールとは、生身では行く事の出来ない過酷な環境や、本人と似せて作り影武者として使用する遠隔操作式のゴーレムの様なもので、後者の場合を除きその姿は人型である必要がなく、その使用条件に特化した形で作られる事が殆どだ。
例えば狭い穴の向こう側を見たい場合は『視覚』をリンクした細長いドールで穴を通過すればリンクした視覚を通して向こう側が見る事が出来る…と言った具合にだ。
基本五感全てをリンクする場合は少なく、主に『視覚』と『聴覚』だけあれば事足りることが殆どであり、今回のドルギスの様な使い方は極めて稀なのだ。
当然ながらそのリンクの感度も魔核の純度依存であり、浩二の魔核を使った時点で最早生身と変わらぬ所か過剰になっている可能性すらあったが、五感情報を一旦全てマスター魔核を通してから受け取る事によりその心配は無くなった。
話を戻すが、ドールとは本来感覚をリンク出来る魔道具と言う括りである以上、あくまでもリンクでありそのものでは無い。
故に基本的には『魔法』も『スキル』も使えない。
当然と言えば当然だろう、魔法はともかくスキルは肉体と精神両方揃って初めて使用可能なものもあるのだから。
そう…逆に言えば両方揃えば魔法もスキルも使えるのだ。
浩二謹製超高性能ドール。
この存在は世界のシステムたるスキルすら騙せる程度には高性能であり、操り手の精神への伝達速度も超高純度魔核を使用する事により申し分無いものとなっている。
尚且つ例の『黒龍の角』、それがちょっとしたズレや違和感すら無くし、疑う必要すら無い程にこのドールを生身の肉体足らしめた。
「…コレは…予想以上に馴染むな…怖いくらいだ。」
ドルギスが拳を握ったり開いたりしながら呟くように口にする。
それ程までに違和感が無いのだ。
遠隔操作しているのを忘れてしまう程に。
「早速ガイアさんにも見せに行きましょう!」
「いや、おい!ちょっ!?」
照れ臭いのか微妙に抵抗するドルギスであったが、その程度の抵抗で浩二を止められる筈もなく、アッサリと足元に出来た六角形のゲートに浩二と共に落ちてゆく。
そして到着した場所は『コロンの良く分かる農業講座』の真っ最の新畑地区だった。
「あ!ご主人!」
コロンの一言で一斉に視線がこちらに集まる。
一瞬の沈黙の後、講座出席者達に揉みくちゃにされるドルギス。
「ドルギス様っ!やっと鎧を脱いだんですねっ!」
「今度は一緒に食事出来るんですよね!」
「いやぁ、男前ですなドルギス様。」
口々に喜びを顕にするバルへイムの人達。
中には黄色い悲鳴も聞こえる。
確かに今のドルギスはナイスミドルと言って申し分無い姿をしているしな。
「おい!落ち着け、お前達!」
その声を聞いて更にボルテージの上がる人々。
精神体が出す『音』と喉から出る『声』は違う。
それは確かに空気を震わせ、生身に戻った領主の姿を見て心から喜ぶ人達のその耳に届く。
「ドルギスよ!やはりその姿がお前だよ。」
「ガイア…ふぅ、これはどうしたものか。」
後ろからドルギスの肩に手を置きそう口にしたガイアと周りに集まる人々を交互に見て、腰に手を当てヤレヤレと首を振るドルギス。
しかし、その表情はしっかりと笑顔だった。
□■□■
「コロン達はまだ残るんだろ?」
「はいです!気温や湿度の操作とか、植える前にする事とか教える事が山積みなのです!…あ、でも…」
そこまで言って少し俯くコロン。
「どうした?」
「ご主人から離れ過ぎると精神力の消費が増えてしまうのです…」
リンクが繋がっている以上、コロンや他の妖精の生きる糧となる浩二の精神力はその距離が離れる程消費量が増す。
それは繋がったラインが切れない様に太く丈夫にする為だ。
妖精の国経由で結ばれているので単純な距離で測れる訳では無いが、そのリンクは精神力の供給ラインであり、マスターまでの道標なのだ。
浩二は上目遣いでコチラをじっと見詰める可愛い妖精の頭を優しく撫でながら心配させまいと笑顔を向ける。
「ありがとうな。でも俺の心配は要らないよ。コロンは皆に農業の事教えてあげてくれ。コレはコロン達にしか頼めないんだ。」
「…分かったのです!ご主人の為に頑張って教えるのです!」
「あぁ、頼りにしてるよ。」
そう言ってもう一度その頭を指先で優しく撫でる。
目を細めて気持ち良さそうにしていたコロンは、やがてこちらに手を振りながら講座の続きをしている3人の所へと戻って行った。
「…まさか、『実りを運ぶもの』に指南して貰えるとは思わなかった様でな、皆やる気に満ちているよ。」
「あ、ドルギスさん。…時間は掛かるでしょうけどこれからどんどん作物も実りも増えていきますよ。」
コロンとの会話が終わるのを待っていたドルギスにそう言って自領に繋がるゲートを開く浩二。
「次はエアトラックMⅡが出来たら届けに来ますね。」
「働き過ぎも程々にな…と言っても無理なんだろうな。」
「あはは、努力はします。それじゃ、また今度!」
そう言って笑いながら六角形のゲートに飛び込むとその姿は風に掻き消されるように溶けて消えた。
「…全く、本当に忙しない奴だ。」
ゲートが消えた場所を眺めて苦笑いを浮かべながらそう口にして、皆と合流すべく畑の方へと歩き出した。
□■□■
「お帰りなさいませ、マスター。」
屋敷に転移した浩二を待っていたタロスはすぐにそばに歩み寄り予め頼まれていた仕事の報告を開始した。
「駅の候補地ですが、やはり領境の城壁外に作るのが妥当だと思われます。その場合、城壁と一体化させ城門を通らず領内へと移動もしくは荷物の運び込みを可能に出来る様にしつつ、やはり領内にも列車を走らせるのが、宜しいと思われます。」
「だよなぁ、やっぱり拠点同士の距離が長いからそれなりの移動手段は必要だよな。それとは別に個人の足も色々考えないとな。」
仕事は次から次へと湧いてくる。
しかし、それを嬉しそうにこなしてゆく主人を眺めタロスはより一層浩二の為に頑張ろうと誓うのだった。
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