栞、注目される。
ソフィアに案内された訓練所の隅の方で浩二はストレッチを始めた。
「しばらく…股裂きとか…してなかったし…な。」
地面に座り、足枷のせいで開けなかった両足を大きく広げ身体を倒す。
「うわぁ…ギシギシいってるよ…流石に二週間サボったからなぁ…」
股裂きはプロの方達でも毎日やらないと戻るらしい。
入念に股関節のストレッチをした浩二は立ち上がり、上半身を捻り始める。
ふと、捻った視線の先に見慣れた三人が見えた。
こちらに気付いたのか、蓮が千切れそうな程手を振り駆け寄って来た。
「お兄さーん!おはよう!遅かったね?」
「あぁ、おはよう蓮。ちょっと密林浴にな…」
「へ?」
「いや、何でもない。調子はどうだ?」
「調子良いよっ!今度は獣人さんとやるんだっ!」
「獣人さん?」
ふと蓮の後ろを見ると、何やら長蛇の列が出来ている。
先頭を見ると…
「あれは…舞か?」
「え?あ!うん!怪我した人治すよーっ!って声掛けたらあっと言う間にあんな感じに。」
「精神力…保つのか?」
「先着順って言ってあるよ!」
「そ、そうか。」
流石は蓮。
魔族領でも物怖じしないのな。
頑張れ、舞。
多種多様な種族の傷を、手間取りながらも癒していく舞。
その後ろに…栞がいた。
何やら赤い液体の入った瓶の蓋を開け舞に手渡している。
「あの瓶は?」
「あぁ、マナポーションだって。精神力を回復できるからってエルフのお姉さんが持って来てくれたんだ!」
今度はエルフか。
本当に色んな種族がいるんだな。
二人を観察しながらもストレッチを終えた浩二は、舞と栞の元へ歩み寄る。
「舞、お疲れさん!」
「あ、おはようございます、岩谷さん。」
「おはよう、お兄ちゃん!」
「あぁ、おはよう二人とも。」
舞は回復魔法の手を休め赤い液体を飲みながら、栞は浩二の腕に抱き着きながら挨拶を交わす。
「お兄ちゃん、これからどうするの?」
「今から立禅するから、ちょっと時間かかるかな?」
「立禅?」
「そう。2時間ぐらい。」
「2時間!?」
目を見開いて驚く栞。
立禅を知らなくても2時間という時間は驚きに値するらしい。
「栞ちゃんもやってみる?」
「栞も?出来るかな…?」
「簡単だよ。ちょっとキツいけど。」
「んー、やってみる。」
「よし、それじゃ始めよう。」
浩二は師匠に教わった通りに栞に立禅の手解きをする。
そして、栞の隣で浩二も立禅を始める。
「お、兄ちゃん…結構辛いね…」
「だろ?俺も最初は十分も出来なかったよ。」
「お兄ちゃん…でも?」
「そりゃそうさ。でも、もうかれこれ5、6年は続けてるからね。慣れてるんだよ。でも…栞ちゃん、随分と姿勢が良いね…何かやってたの?」
「…習い事で…日本舞踊を…3歳から…」
「3歳から!?」
確かに日本舞踊や習い事は小さい頃から習っておいた方が身になるとは聞いていたが…3歳からとは驚きだ。
「凄いな…見てみたいよ、栞ちゃんの舞う日本舞踊。ほら、あそこのエルフのお姉さんがやってるみたいなやつでしょ?」
「え?あ、本当だ…でも…ちょっと違う…かな?」
「違うの?日本舞踊ってあんな感じだと思ってたけど…」
エルフが日本舞踊を舞っている事はさて置き、やっぱり自らが習っていたのなら、些細な違いにも気付くのだろう。
等と考えていると、いつの間にか隣に居た栞がエルフのお姉さんの元へと歩き出し声をかけていた。
「あの…すみません…その舞、何処で習ったんですか?」
引っ込み思案な栞にしては珍しい行動だ。
「ん?あぁ、これね。この舞は昔勇者の一人が舞っていたものなの。」
「勇者が…?」
「そうよ。扇子を両手に持って、軽やかに…時には厳かに…そして、その舞には人を癒したり戦意を高めたりする効果もあったわ。」
「舞に…そんな効果が?」
「えーと…貴女は舞えるの…?」
「はい…多分、今貴女が舞っていた舞なら…」
自身なさげに…しかし、ハッキリと出来ると言った栞。
その答えを聞いたエルフのお姉さんは、栞の両肩をガバッと掴むと目を見開いて叫ぶ。
「見せてっ!是非見せてっ!お願いっ!」
「あ、えぇ…えーと…」
「独学で数十年やって来たけど…効果が薄いの…っ!お願いっ!」
「えーと、さっきの舞で良いなら…はい…」
「癒しの舞ね!…ありがとうっ!」
「…それじゃ…扇子を…」
エルフのお姉さんから扇子を借りた栞は、深呼吸を繰り返す。
かなり動揺しているようだ。
そりゃ、そうだろう。
突然これだけの人前で日本舞踊を舞おうと言うんだから。
浩二は見兼ねたように立禅を中断し、栞の元へと歩み寄る。
「栞ちゃん…」
「あ…お兄ちゃん…どうしよう…上手く出来る自信が無いよ…」
「栞ちゃん…良いんだよ。上手くなくたって。」
「え…?」
「俺には日本舞踊ってのがどんなものなのか…詳しくは分からない。でも、栞ちゃんはずっとずーっと続けて来たんだよね?きっと辛い事もあったと思う。」
「…うん。」
「でも、それでも続けて来たんだ。間違いなく栞ちゃんの血肉になってるはずなんだ。姿勢がいいのもきっとそのお陰だよ。普段の姿勢に影響が出るぐらい身に付いてるんだ…きっと上手くいく…いや、いつも通りで良いんだよ。」
「………」
「身体が動くままに…いつも通りに…ね。」
「…うん…やってみる。」
栞は心を決めたようだ。
後は…緊張を解すだけ…
「ナオ…」
「ナァーォ」
「栞ちゃんを助けてあげられないかな?」
浩二はナオにお願いする。
ことある事に浩二を癒してくれたナオに。
ナオは浩二の肩から飛び降りると、栞の足元に擦り寄る。
「ナオ…ちゃん?」
「ナァーーォ」
ナオは一鳴きすると栞の肩に飛び乗り頬をペロりと舐めた。
「ナオちゃん…ありがとう。」
「ナァーーォ」
浩二がする様にナオの身体を抱き寄せ頬擦りすると、一言お礼を言う。
それに答えるナオ。
栞の…その表情からは緊張の色は消えていた。
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