ソフィア先生の『湧き潰し』講座。
「まず、地面より下に穴を掘った場合、ほぼ確実に魔物が産まれるわ。」
カキ氷を口に運びながら真面目な顔で語るソフィア。
「そうね。私はあまり深くは関わっていないけど…エルフの隠れ里での研究でも見解はほぼ一致してるわ。」
離の部屋でお肌の手入れを終えたサーシャが、ベータにソフィアと同じカキ氷を練乳多めで頼んだ後に隣に座り会話に混ざって来た。
「でも、魔物が湧くのを防ぐ方法があるんだろ?」
「…湧くってアンタ…でも、言い得て妙ね。」
聞いたことの無い表現だったのか、湧くと言う言葉に反応しつつも何やら納得する様に頷いている。
「湧き潰し出来なきゃ、坑道なんて掘れないもんね。」
「…湧き潰し…アンタ達の世界って面白いわね。」
又もや聞いたことの無い言葉に反応するソフィア。
魔物が湧き出すと言う言い方が気に入っていたのか、それを潰すと言う表現にもまた食いつく。
それを横目に見ながらベータが運んで来たカキ氷を瞳を輝かせてパクつくサーシャ。
「あ、ベータ!私にもカキ氷お願い。」
「あ、私も!」
「私にも、抹茶多めで。」
「俺は餡多めな!」
「アンタ達狡いわよ!私も練乳多めでお願い!」
「私もー!」
サーシャのカキ氷を運んで来たベータがお盆を胸に立ち去ろうとした所で人族組から注文が入る。
サーシャの食べ方が余程美味しそうだったのだろう。
「えーと、麗子様と蓮様が練乳多め、猛様が餡多め、舞様が抹茶多めで、栞様はノーマルでよろしいですか?」
笑顔で注文を復唱するベータ。
なぜだろう?その笑顔もパタパタと立ち去る後ろ姿も本当に嬉しそうだ。
「それじゃ、少し詳しく話すわね。」
最初に食べ終わったソフィアがスプーンを空になった器にカランと音を立てて入れると、少し佇まいを直して話し出す。
「まず、穴は深くなればなるだけ湧く魔物のレベルや種類も変わって来るわ。下に進むにつれてレベルは高く、種族も複雑になっていくわ。今のルグルド大坑道の最下層で湧き潰ししないで放置すれば、数時間でロックドラゴンが溢れ返るわ。」
「はぁ!?」
「…ロックドラゴンって…あの自然発生型ゴーレムの上位種じゃ…」
猛が素っ頓狂な声を上げ、舞が絞り出す様に記憶にあった同名の魔物の名をあげる。
『ロックドラゴン』
全身が岩で出来たドラゴン型のゴーレム。
小さいものでも頭から尾の先まで5m以上、背中に翼などは無くゴツゴツとした岩肌をそのままドラゴンの形に押し固めたような姿をしており、その攻撃手段はその巨体を利用した体当たりや振り回した尻尾による薙ぎ払いだ。
しかし、上位種の中では攻撃のレパートリーに乏しく、注意深く戦えばそれ程の強敵ではない。
最大の特徴は、その身体を構成する岩だ。
生息する場所の岩がそのまま身体の構成成分な為、中には鉄やミスリル、過去にはアダマンタイトが全身の7割を覆っていたものもあり、倒した冒険者と依頼したドワーフはちょっとした財産を手に入れたようだ。
ただ、討伐に半日以上かかりその日はそれだけで仕事が終わってしまったが、実入りはそれ以上だったのは間違い無いだろうが。
「正解よ舞。レベル帯は1〜40ぐらいだったらしいわ。今は全く心配無いんだけど、昔は湧き潰しの方法も確実なものは確立していなかったから、何度も事故が起きたと聞いたわ。その辺りはミスリルの鉱脈だから、掘らない訳にはいかなくてね。」
「…ルグルドの冒険者ギルドが大きい理由が分かった気がします。」
「ふふっ、舞、それも正解よ。鉱山に潜るドワーフ達は、腕っ節が強いとは言え魔法が苦手だからね…ゴーレム系の魔物は身体をいくら砕いてもコアを砕かないと直ぐに復活しちゃうのよ。そして、そのコアは物理攻撃にすこぶる強いの。」
「だから冒険者ですか?」
「そう。一緒に坑道に潜って戦闘は冒険者に任せてドワーフ達は鉱石を掘るの。朝イチでギルドに依頼が貼り出されて、夕方に坑道から一緒に帰って来て解散って感じよ。パーティー内に魔法使いがいると優遇されるみたい。」
猛と蓮が遭遇したあの朝のごった返しはこれが理由だったのだろう。
丁度鉱山へと入る時間帯だった様だ。
「さて、それじゃ肝心の湧き潰しの方法だけど…」
改めて佇まいを直すソフィア。
釣られて一緒に佇まいを直す一同。
何故か隣でサーシャが顔を背けてぷるぷる震えている。
「明るくするのよ!」
「………」
「あははははっ!!」
その方法を聞いた一同が言葉を失い、サーシャが爆笑を始めた。
ドヤ顔をしていたソフィアは首を傾げている。
「姉御、それだけ?」
「ん?どういう事?」
「魔法的な何かを施すとか、儀式をするとか、定期的な生贄とか…」
「舞、発想が少し怖いわ。」
「生贄!?そんなことする訳ないじゃない!」
舞の言葉に逆に驚くソフィア。
その横でやっと落ち着いたサーシャが目尻の涙を拭いながら補足説明を始めた。
「地下で産まれる魔物は『影』から産まれるの。だから、影が出来ないように坑道を綺麗に磨き、定間隔で光源を置くのよ。」
「成程、そう聞くと沈黙は生まれないな。」
「何よっ!」
「いやいや、姉御は何も間違った事は言ってねーよ?」
バツが悪かったんだろうか、プイッとそっぽを向く。
「ふふっ、ゴメンねソフィアちゃん。後、他にもちょっと変わった条件があってね。ほら、ソフィアちゃん教えてあげて、大山脈の事。」
「…えーとね、大山脈に穴を開けた場合、深さや高さに関わらず産まれる魔物の種類はその距離で決まるの。」
「つまり、真横に掘っても真下に掘っても一緒って事か?」
「そう。まぁ、距離で図る場合は真下に掘るよりずっと変化は緩やかなんだけどね。」
サーシャに背中を押されて説明を始めたソフィア。
どうやら機嫌は少し上向きに変わった様だ。
そのソフィアの鼻が何かの香りを捉えた。
「皆さん、まだマスターにはお出ししていないのですが…試食にお付き合いしていただけませんか?」
応接間へと入って来たベータが持つその盆には、重ねれた取り皿とフォーク、泡立て終わった水牛の乳から作った生クリームそして、
「「「「シフォンケーキ!?」」」」
それを見た人族組女性陣の声が綺麗にハモった。
読んでいただきありがとうございます。




