サーシャの決意。
「…本当にやりやがったのか…」
「ひゃー!長いねー!」
ひた走るエアトラックの窓から見える大自然の景色の一部に壁が見えた。
右にも左にもずーーーーっと続く壁が。
「確かに森と村を仕切れば問題無いとは思うけど…アレは流石に引くわ。」
「もう、完全に万里の長城だもんね、アレ。きっとモデルもそうだよ。」
「どのくらい続いてるのかな…?」
来る時は存在すらしていなかった長大な城壁を遠目に眺めながら口々に感嘆とも文句ともつかない言葉を口にする面々。
その城壁は語弊無く地の果てまで続いていた。
三日前にルグルドを出発した彼等はこの『最果ての村』と呼ばれる村…あのスタンピードから守った村なのだが、着いて直ぐに用事を済ませ、再びエアトラックに飛び乗ると大森林に向かい少し急ぎ気味に走らせた。
目的は立ち寄る村や街で耳にする冗談の様な噂の真偽を確かめる為だ。
その噂とは、
「魔王様が大森林から村々を守る壁を作って下さった。」
と言うものだった。
まぁ、実際この話を聞いた時点で真偽の確認では無く規模の確認に変わっていた気もする。
このぐらいの事は簡単にやってしまう『魔王』を1人知っているのだから。
□■□■
三日前…回復魔法祭りの次の日にあたるが、前日宿屋の女将に言われた通り、出発前の宿場町には人集りが出来ていた。
昨日の宿屋での騒ぎはほんの一部だったらしく、そこには老若男女問わず幅広い年齢層の人々が口々に舞と栞の名前を出しながら二人の登場を今か今かと待ち焦がれていた。
「また、随分と人気が出たもんね。…まぁ、うちのお母様もその1人なんだけどね…」
小さな溜息と共にいつものポーズを取るソフィア。
話は前日の回復魔法祭りが終了して直ぐに遡る。
サーシャは目の前で起きた奇跡のような出来事が未だ頭から離れず、自分の未熟さも相まってレベルの違いを痛感していた。
何となくではあるが、そんなサーシャの様子を感じ取った舞は、自分と同じ希少な『回復魔法』使いである彼女に何か出来ないか少し考えて、一番最初に浩二から受け取った『魔素高速収集』と『操気術』の付加されたブレスレットを外し、サーシャに手渡した。
「それは私が岩谷さんに作って貰った魔道具です。その魔道具には『魔素高速収集』のスキルが付加されていますので、マインドアウトの心配が無くなります。」
「…え?あの…」
舞が何を言いたいのかまだ良く分かっていないサーシャ。
すると、ブレスレットを持ったままのサーシャの手をそのまま両手で包む様に握った舞は真剣な顔で口を開く。
「サーシャさんもエルフならば知っているでしょうが、『魔法』は使い続ければ使い続けるだけ威力も持続時間も増えていきます。普通に生きていれば自分の精神力以上の訓練は不可能ですが、そのブレスレットさえあれば…」
「…無制限の治療が可能に…!」
ハッとして呟くサーシャの顔を見てコクリと頷く舞。
「私も人族領を出たばかりの頃は今程強力な治癒は出来ませんでした。でも、岩谷さんにそのブレスレットを貰ってシュレイド城の訓練所でひたすら来る日も来る日も来る日も兵士さん達を癒し続けて今の私が居るんです。」
最初の頃はマナポーションをガブ飲みしながら続けてたなぁ…と呟いて少し遠い目をする舞。
あの酸味が蘇り少し酸っぱい顔になる。
そんな舞と手の中にあるブレスレットを交互に見ながら自分の事が情けなくなるサーシャ。
彼女は人族。
魔力も精神力も、寿命さえも自分より遥かに少ない種族だ。
それなのに、努力に努力を重ねあの若さで自分を遥かに超える回復魔法を身に付けた。
勇者と言う事を差し引いても、それは尊敬に値するものだ。
サーシャはブレスレットを見つめ、大切そうに包む様に握ると自分の胸へと押し当てる。
「舞ちゃん、私も頑張るわ。この大聖堂も毎日沢山の治療目的の患者さんが訪れるの。今迄はマインドアウトに甘えてギリギリで控えてたけど…それじゃダメよね!」
そう言って舞の手にブレスレットを返すサーシャ。
その顔は何処かスッキリしたような、決意に満ちた良い笑顔だった。
「舞ちゃんの大切なものだもの、借りるとしても受け取れないわ。今の私にはこれで十分よ!」
サーシャは腰のポーチから舞が良く見慣れた赤い液体の入った小瓶を2本取り出しカチンと鳴らす。
又もや味を思い出した舞の眉間に皺が寄る。
「ふふっ、その様子だと相当飲んだのね。」
「はい…木箱単位で。」
木箱と聞いて目を見開き、道理で…と言った顔になったサーシャは、ポーチにマナポーションを仕舞うと静かに舞へと歩み寄り…その身体を優しく抱き締めた。
「サーシャ…さん?」
「舞ちゃん…本当にありがとう。私、こんな気持ちずっと忘れていたわ。」
「……訓練、頑張って下さい。」
「ええ!ありがとう!」
今度はギュッと強く抱き締めたサーシャはその身を離すと心が癒される様な素敵な笑顔でニッコリと笑った。
□■□■
「これはもう隠すのは無理ね。もう諦めて隠蔽無しで出て行けばいいわ。」
ドックの外の人集りを窓から眺めてソフィアが口にする。
ドックの中には既にいつでも出発出来る様に荷物が積まれたエアトラックが出発を待ちわびている。
事前に浩二に…と言うかタロスに頼まれた書類をソフィアへ渡すと、今日迄に全て用意され積込みまでもが完了していた。
荷物の中身は主に布や食料品、調味料の他、サーラ領在住のドワーフ達から頼まれた物も一緒に積まれている様だ。
まぁ、まだ商店や飲食店の無い第一拠点では確かに何も買えるわけはなく、こうなる事はある程度予想はされていた。
ともあれ、1日しか時間が無かったのだから嘸かし忙しかっただろうと周りのスタッフを見れば、何故か男女問わずツヤツヤした顔をしていた。
ソフィア曰く
「終わったらあのエアトラックを好きなだけ見ても良いから急ぎなさい!」
と言った所、今迄見たことも無い様なスピードで仕事を終わらせたそうな。
つまり、職人さんの知的欲求が満たされた結果があのツヤツヤだった訳だ。
何故かこの世界の職人と名乗る人物は変態気味な人が多い気がするが…気のせいだろうか?
読んでいただきありがとうございます。




