帰還前夜。
時間は夕方、空に赤みが差し歩いて宿に帰れば丁度日が暮れる頃だろう。
浩二の魔道具のサポートがあったとは言え、そろそろお腹が食事を要求してくる筈だ。
大聖堂を出る前にサーシャや他のシスター達に囲まれ口々にお礼を言われ再会の約束をしていると、患者達に呼びかけたり1人では動けない患者達を運んだりと走り回っていた猛と蓮も、回復した患者達の見送りを終えたようで丁度大聖堂を出た辺りで3人に合流した。
実は猛と蓮の2人はあの後無事に冒険者登録を済ませたが、その後何故かシュナイダーと再び模擬戦をする事となり、それを見て何かが疼いた冒険者達とも手合わせが始まり、気付けば冒険者ギルドの訓練所は祭りの様な大盛り上がりを見せていた。
戦闘に参加しない冒険者達まで何やら賭札みたいなものを握り締め熱の入った応援が飛び交う始末だ。
その最中に大聖堂にて回復魔法祭りが開催されているとギルドに飛び込んで来たシスターによって知らされ、手の空いた冒険者達も呼び掛けに自主参加する事となり、丁度良かったのか悪かったのか今の手合わせで怪我をした冒険者達もゾロゾロと連れ立って大聖堂へと向かって行った。
「腹減ったなぁ。」
「ねー!ペコペコだよ。」
「まぁ、アンタ等はギルドで模擬戦した後に街中走り回ってたんだもんね…一体どんな体力してんのよ。つか、なんで模擬戦なんて展開になってんのよ。」
呆れた様に口にする麗子の後ろで乾いた笑いを漏らす舞と栞。
「でも、他の冒険者達も一緒に走り回ってくれたんだよね?」
「あぁ、模擬戦の後変な連帯感が生まれててよ…シスターが飛び込んで来て直ぐに「行くぞー!」「おー!」みたいなノリになってな。」
「多分、身体も懐も暖まってた人達だよね?叫び出したの。」
実際模擬戦に出つつ自分の試合に賭ていた冒険者もいた。
ちゃっかり賭ていたのは自分にではなく相手である猛や蓮になのだが。
負けることが前提所か、一つ間違えば八百長試合に成りかねない案件だったりする。
まぁ、個人の集まりで始まった賭試合なのだから、騒ぎにならなきゃ問題無いのだが。
何だかんだでノリの良い連中だ。
そんな話をしながら街中を歩き、今日泊まる宿が見えてくる。
比較的大きめの宿で、宿泊以外に酒場兼食堂を営んでおり、空が暗くなり始めた今でも一階部分を広く使った食堂は賑わいを見せていた。
「…何か昼間より賑わってねーか?」
「まぁ、酒場もあるからじゃない?この辺りは結構人通りも多いし。」
ソフィアは事前に連絡を受けていたこともあり、結構奮発して宿を取っていた様だ。
大きめの通りに面しているだけあって、周りには比較的立派な建物が多い。
しかし、この宿を営んでいる夫婦は元々ルグルドの街の外にある宿場町で宿を経営していた人だったらしく、両親がこの店を畳むと言う話を聞き、ならばと譲り受けた夫婦は酒場だった一階を昼間も解放し、身分の比較的低い人でも利用出来るように食べ物の価格もリーズナブルにした所、この辺りでは知らない人も居ないぐらいの有名店になった。
元々低予算で遣り繰りする癖がついていたせいか、優しい味わいで量も多く、更に値段まで安いならば利用しない方がおかしいだろう…それが収入の上下が激しい冒険者ならば尚更。
普通ならばこの辺りの立地はある程度の収入が無ければ近寄る事すら少ない区域なのだが、この宿屋の存在が高級住宅街におでん屋台の様なある種異常な光景となっている。
「おっ!やっと帰って来た!おーい!猛っ!蓮っ!」
もう少しで宿屋へ到着しようかというところで猛と蓮に声が掛かる。
何やら騒がしい声も聞こえてくる中、どうやらその人物は宿の酒場を利用しているようだった。
「舞様は!?舞様も居るのか!?」
「うるせーなっ!5人とも居るよっ!」
その中に舞の事を様付けで呼ぶ輩も居るようだ。
「…あはは…」
「……私、嫌な予感がして来たから今日は車中泊で…」
「何言ってんのよ。ほら、行くわよ。」
「腹減ったぁ…」
「ごっはん♪ごっはん♪」
5人は何者かが待つ本日の宿へと急いだ。
□■□■
「「「カンパーーーイっっ!!!」」」
高らかな声と響くグラスのぶつかる音。
余談だが、このグラスも石英硝子製だったりする。
それはそうと、笑い声の絶えない宿屋一階の酒場には、山の様な料理と数々の酒が用意されていた。
誰の為にかと言えば…
「舞様ぁーっ!!」
「舞ちぁゃん!!今日はありがとうなぁっ!!」
「栞ちゃん!また舞って見せてねっ!!」
「栞ちゃん…うちの嫁に来てくれないか?」
「アホか!栞ちゃんは皆のものだろうが!!」
回復組の2人の為の様だ。
アタフタする2人の横で涼しい顔の麗子がグラスを傾けつつ夕食を楽しんでいた。
「…随分と人気が出たんだな。」
「まぁね、あれだけの事を無償ですれば、そりゃこうなるわよ。」
「あの2人がいれば大抵の怪我や病気は治っちゃうもんね。」
モグモグと口を動かしながら、他人事のようにその光景を微笑ましく見守る3人。
「うちの両親の腰も治して貰ったんですよ?」
追加の料理を運んで来たこの宿を営む夫婦の奥さんが、夕食を食べていた3人に話し掛けてきた。
「ほら!アンタ達!そろそろ離してやらないと2人とも夕食も食べられないでしょ!」
コトリと静かに料理をテーブルへと置くと腰に手を当て大声で叫ぶ女将さん。
2人の迷惑など考えもしていなかった取り巻き達は2人に謝りながらそれぞれの席へと戻って行った。
「…助かりました。ありがとうございます。」
「…皆…凄く怖かった…」
比較的軽くあしらっていた舞に対し、栞は明らかに狼狽し終始アタフタしていた。
恐らくこういう事態の対応に慣れていないのだろう。
対し舞は、何方かと言えば受け止めずに受け流す言わばスルースキルが高い様だ。
しかし全てを受け流すのではなく、ちゃんと真摯なお礼にはしっかり応えていた辺り、まだまだ人気が出そうな予感を感じさせる。
「ふふ、沢山あるからゆっくり食べてね。…あ、そうそう、明日貴女達が出発の時にまた集まって見送りするって言ってたわよ?」
「「…え?」」
やっとの事で食事にありついた2人の手が止まり、その声が綺麗にハモった。
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