美味しいお肉。
「…え?」
「ふふっ、だからミスリル貨が40枚よ。」
ソフィアは予想通りの反応が帰って来た事に気を良くしたのか、その表情は明るい。
「…なぁ、ミスリル貨ってあのミスリル貨だよな?」
「そんな訳ないでしょ!だって40枚よ?」
「だよな、幾ら何でもそれは無いよな。」
麗子と小声で話し始める猛。
どうやら彼女にも信じられない数字の様だ。
それを見て小刻みに震え始めるソフィア。
胸ポケットから小さな皮袋を取り出すと、中から薄い青色に輝く1枚の硬貨を取り出し、その硬貨を指先で摘みウインクを1つ。
ずっとやり取りを傍観していた舞がその硬貨を見て驚き、猛と麗子へと伝える。
「麗子ちゃん、猛君…あれ、本物のミスリル貨だよ。」
「マジか!?」
「嘘でしょ!?」
「ねぇ、ねぇ、ミスリル貨ってそんなに凄いの?」
驚く2人にいまいち硬貨の価値を把握していない栞が問い掛ける。
「…ミスリル貨1枚で大体100万円位の価値よ。」
栞に聞こえるように疲れた様子の麗子がその驚くべき価値を口にする。
「えええーーーっ!!?」
「え?何!?何?どうしたの!?」
ドック内を興味津々に色々見て回っていた蓮が栞の叫び声を聞いて慌てて駆け寄って来た。
「ふふふっ…あっはっはっはっ!!あー、可笑しい。」
遂に我慢出来ずに笑い出すソフィア。
「なんだよ姉御、冗談かよ…!」
「あー、苦しい!ふふっ、冗談なんかじゃないわ…貴方達の持って来てくれたお土産の価値は本当にミスリル貨40枚よ。」
指で目尻に滲んだ涙を拭いながら少し真面目に真実を告げる。
「まさか、こんなに驚いて貰えるとは思わなかったわ。普段、貴方達には散々驚かされてるからね…少しスッキリしちゃった♪それにしても、価値も知らずにお土産にする辺りも本当、貴方達らしいわ。」
「…ゴアゲイルってそんなに凄い価値があるんだな…」
やっと現実を受け入れ始めた猛が絞り出す様に口にした。
「それはそうよ。なんて言ったってゴアゲイルは『上位種』なんだから。その素材は肉に皮、甲殻や牙、骨や体液に至るまで全てが高価値よ。一欠片だって捨てる部分は無いわ。」
「…でも、ミスリル貨40枚って金額は半端じゃないよな…」
「あら?まだまだそんなもんじゃないわよ?」
「へ?」
ソフィアが何を言っているの?みたいな顔で猛を見る。
「あのミスリル貨40枚って金額はあくまでもギルドが私から買い取る為の金額よ?まぁ、いくつかの素材を取ったら売る予定だけど、その後ギルドが競売に掛けたら…軽く数倍には膨らむわね。」
「…数倍…?」
猛がゴクリと喉を鳴らす。
「久しぶりの上位種素材だもん、オークション会場も盛り上がるでしょうね。下手をすれば数十倍まで行くかも…私も売る前に少し頂くけど、ゴアゲイルの肉は至上の美味って言われているから。」
「え?アレって美味いの?鰐が?」
こちらの世界でも鰐は食用で存在するが、少し野生味の強い鶏肉の様な味だそうな。
「貴方達の倒し方が凄く良かったみたいでね、ギルドの職員も「ここまで紅く出来たのは本当に奇跡に近いですよ!」って鼻息を荒くしてたわ。過去の記録では、討伐時間が長過ぎて色と一緒に味も落ちてしまうものなんだって。」
ゴアゲイルの『筋肉にエネルギーを溜め込む』と言う特性が、肉の隅々まで旨味を溜め込む結果となり、赤身は紅く、その身に綺麗な差しで入る脂身でさえ濃いピンク色をしたその肉はあらゆる肉を超える頂点に位置するものだ。
本来ゴアゲイル程の存在を1日で狩ろう等と考えてはいけない…と言うか、普通は軍隊レベルの規模で数日はかかる上に間違いなく犠牲も出てしまう…ゴアゲイルとはそう言う存在なのだ。
奴は怒れば怒るほどその身を紅く染めてゆくが、その色も時間と共に薄くなりやがては普通の体色に戻ってしまう。
ゴアゲイルを本当に美味しく頂きたいのであれば、限界まで怒らせつつ素早く倒し、即低温にて熟成させるのが正しい処理方法だ。
あくまでゴアゲイルを食材として扱える程の戦闘能力があれば…の話だが。
今回、猛達は運良く戦闘力が拮抗し、その上で更にパワーアップしたお陰で、本来不可能と言われる最高の状態でゴアゲイルを倒したのだ。
そして、更なる偶然として蓮のシルバーロアによる内部からの低温による熟成を知らずに行っていた。
彼等はただ腐らせないように運んでいただけなのに。
度重なる偶然が産んだ奇跡の肉。
猛は今度は別の意味で喉を鳴らした。
□■□■
「それじゃ、森の東側に城壁を作れば良いんだな?」
「まぁ、そうなんだけど、一応ガストンのギルドマスターの所に行って話を聞いといた方が良いと思うぜ?」
「んー…面倒臭いから、東側皆城壁で仕切っちまえば良いんじゃないか?○里の長城みたいにさ。」
「全然ボヤけてないけどな、名前。それだとやっぱり困る人達も居るんじゃないか?よくは分からんけど。」
浩二は猛の提案に心底面倒臭そうな顔をする。
城壁を作る事が面倒臭いのでは無く、話し合いをするのが面倒なのであり、浩二にとって城壁を作る事とはその程度の手間なのだ。
「うわぁ…凄ぇ面倒臭そうな面してんな。」
「まぁな。んじゃチャッチャと行ってくるわ。」
「あんま邪険にすんなよ?もしうちの領に冒険者ギルドが出来たら仕事仲間になるかも知れないんだしさ。」
「…なる程な。確かに。」
その発想は無かったと頷く浩二。
「んじゃまー、今からガストンに行って来るよ。猛も陸路気を付けて帰って来いよ。」
「あぁ、分かった。」
浩二は軽く右手を上げて手を振ると、振り返らずそのまま爆音と共に東の空に吸い込まれて行った。
ソフィアとの話を切り上げた後、ガストンのギルドマスターとの話を思い出し、ソフィアに頼み転移陣を使わせて貰いシュレイド城経由でサーラ領へと戻った猛は、たまたま第一拠点の石英ガラス工場に来ていた浩二とばったり出会い、その場でこの話をしてまた急ぎルグルドへとトンボ帰りした。
何をそんなに急いでいるのか…まぁ、それも仕方の無い話だ。
今日の夕食がソフィアの奢りによるゴアゲイルの肉なのだから。
読んでいただきありがとうございます。




