無料お試しセット。
「少し宜しいでしょうか?」
サーラ領を出発前、タロスが5人を呼び止める。
「どうした?」
「あ、いえ。今回は猛様以外でお願いします。」
「は?」
突然の仲間外れ発言に若干キレる猛。
「何よ?どうしたの?」
麗子が見兼ねて話し掛ける。
「実は女性の皆様にお願いがありまして。」
「…女じゃなきゃダメなの?」
少し声のトーンが下がる。
麗子は男性やら女性やらを差別することを嫌う。
しかし、続くタロスの話でそれは思い違いである事にすぐに気付く。
「まずはコレを見てください。」
その手には、乳白色でトロリとした液体が入った5cm程の小瓶と、同じく一回り小さい小瓶には琥珀色で粘度と透明度の高い液体が入った物が乗せられていた。
「…コレは…あ、いい匂い。」
麗子が大きい方の瓶のガラス栓を抜くと、ふんわり漂って来るフローラル系の香り。
「そちらは『砂漠の雫』を抽出した後に残った物を更に高圧縮して絞り出した物に香油で香り付けした物です。急速に絞ると、濁りが生まれてしまうため余りこの方法は使わないのですが、棄ててしまうには少し勿体無い気がしたものですから…色々相談してこの形に落ち着きました。結果、販売価格は『砂漠の雫』の一割を切れそうです。」
「使ってみなきゃ何とも言えないけど…一割は凄いわね。それじゃそっちは100%『砂漠の雫』ね?」
真剣に話を聞きながらもう片方の小さい瓶を指差す。
濁りなど微塵もなく、綺麗な薄い琥珀色のオイルだ。
「はい、こちらが通常通り時間を掛けて抽出した正真正銘の『砂漠の雫』です。女性の皆様には実際に使った後、道中出会った女性の方々に何気無い感想も添えてセットで配って欲しいのです。」
「成程ね…確かに誰かさんには無理だわ。」
「…何だよ。」
含み笑いを浮かべて猛の方を見る麗子。
「別に変な意味じゃなく、猛に化粧品の売り子は無理だってだけの話よ。」
「まぁ、確かに無理だな。」
「でしょ?」
変に納得した猛。
確かに体育会系の彼が、女性に対して「お肌がスベスベ」とか「毛並みがツヤツヤ」とか言ってる姿は想像がつかない。
「この二つをセットで100組用意して、エアトラックに備え付けのシャワールーム前のクローゼットに入れてあります。あくまで情報の拡散が目的なので、良さそうな話と一緒にバンバン配って下さい。」
「ふむ。…値段は?」
麗子の目が商人チックになっている。
「具体的にはまだ何も。今回のこれで手応えを感じたら直ぐにでも生産ラインを確保します。現在マスターの屋敷周りの土地にコロン様が「強くていい子だねー!」と言いながら嬉々としてハボの木を植樹しまくっていますので。」
「分かったわ。また一つ仕事が増えたわね。」
「よろしくお願いします。」
深く頭を下げるタロス。
「仕事があるのはいい事よ?タロス。任せといて!」
そう言って笑った麗子は、スキンケアにはあまり関心のない二人の首に腕を絡ませエアトラックへと乗り込んでいった。
恐らくシャワールーム前のクローゼットへと向かったのだろう。
「なぁ、タロス?」
「はい、何でしょう?」
「俺も使って良いか?」
「勿論です。こちらの世界に石鹸がありませんので…今試作を続けていますが固形にするのが難しいのです。いっそ、液体石鹸でも良いのでは?という話も出ています。」
「そっか、頑張ってんだなぁ。無理はすんなよ?」
「はい、分かっています。」
そう答えてタロスは柔らかく笑った。
□■□■
「ねぇねぇ…あのオイルって一体何?」
「何って?」
来た来た…と頭で考えつつも麗子は素知らぬ顔で惚けてみせる。
「いやいや、惚けないでよ!私生まれてからこんな毛触りになったの初めてなんだけど!自分でもびっくりしたよ!」
興奮気味に話し出すミュー。
それもそうだ。
今迄手入れらしい手入れをして来なかったのならば、その毛達はさぞかし喜んだだろう。
元々真っ白だった毛並みが、今では月明かりさえ輝り返すほどの艶を放っていた。
「んー…知りたい?」
「知りたいっ!」
即答だ。
ここまで来れば麗子もさぞ焦らしがいがあっただろう。
そして、お試し第一号だ。
麗子はわざとらしく周りをキョロキョロすると、ミューに手招きをする。
「ここだけの話…って程じゃないんだけどね…ミューさん『砂漠の雫』って知ってる?」
「え?…確か妖精女王しか作り方を知らないって言われてる幻のオイルって……え?嘘でしょ!?」
「あー、やっぱり知ってたんだ。そう、今度うちの領で生産を始めた『砂漠の雫』の試供品よ。小さい方が純粋な『砂漠の雫』で、白い方が絞り方を粗くして香りを付けた所謂劣化品よ。でも値段は小さい方の一割を切るんだって。」
「あー、ちょっと待ってね。情報量が多いっ!」
こめかみを押さえて少し唸る。
「えーと、『砂漠の雫』の作り方なんて誰からどうやって聞いたの?」
「あー、えーとね、うちの領主妖精と契約してるんだ。しかも4体も。」
「ちょっ!待って待って!追加の情報ならまだ要らないわ!…えーと、サーラ半島の領主で、妖精4体と契約して、尚且つ砂漠の雫の作り方迄知ってるって事?」
指折り数える異常性。
他人に言われて改めて再認識した。
「まぁ、そうなるわね。それで今回数量限定で配って歩いてその反応次第で正式に生産を始めるって話なのよ。」
「……反応って…そんなのバカ売れするに決まってるじゃない!私の様な戦いに身を置く女でさえこの反応よ?これが美意識の高い王族や貴族達ならどうなると思う?」
嫌な予感がする。
妖精女王のみが製法を知る幻のオイル『砂漠の雫』とはそれ程までに希少価値が高い代物だという事を完全に失念していた。
「この無料お試しセットで死人が出るわよ?」
この答えに流石の麗子も言葉を失った。
読んでいただきありがとうこざいます。




