旅は道連れ。
「だっ、誰っ?!」
突然頭に響いた女性の声に驚きと不安で顔を青くして辺りを見回す舞。
《目の前にいるわよ。まずは落ち着きなさい。貴女の敵じゃないわ。》
目の前…そう言われ、正面に視線を戻すが、当然そこには女性どころか人の姿すら無い。
《ふふっ、コージと同じ反応をするのね。》
「え?浩…岩谷さんを知ってるの?」
《えぇ。だって私はコージを迎えに来たんだから。》
「…え?…迎え…に?」
彼を迎えに来た。
彼女は確かにそう言った。
だとしたら…彼女は…
「貴女は…魔族…なの?」
《そうよ。私は貴方達が魔族と呼ぶ『ドワーフ』の上位種『ハイドワーフ』よ。》
「ハイ…ドワーフ…」
この世界に来てから城にある書物を読み漁っていた舞はその上位種を知っていた。
読み漁ったというより、『ドワーフ』について知りたかったのだ。
正確には『気になる人がドワーフだったから知りたくなった』だが。
転移前の世界で舞の知るドワーフとは、人間とは友好的で武器や防具を作る鍛冶の種族であり、決して敵対する魔族と呼ばれている存在では無かった筈だった。
なのに、この世界では忌まわしき存在とされている。
理由はどの書物を読んでも『魔族に武器を作り与える「死の武器職人」』と記されていた。
「ひとつ…聞いてもいいですか?」
《えぇ。でも、手短にね。そろそろ時間も差し迫っているから。》
「はい。えーと、ドワーフは何故魔族と呼ばれているのですか?私の知るドワーフとは、もっと人族と友好的であった筈なのですが…。」
舞は疑問をぶつけてみた。
浩二があんな目に遭ったその理由を知りたくて。
《んー…長くなりそうだから、端的に話すわね。要は『人族の王族の武器製作依頼を断ったにも関わらず、他種族に同じ武器を作り与えたから』よ。まぁ、単なる嫉妬ね。》
「そ、そんなっ!たったそれだけの理由で!?」
《そう…たったそれだけの理由で、人族はドワーフを排他し追い立て、絶滅寸前まで追い込んだの。》
「…そんな事…って…」
《信じるかどうかは貴女に任せるわ。少なくともドワーフは他種族の支援が無ければ絶滅していたでしょうね。》
「………」
言葉も出ない。
単なる嫉妬…妬みで一種族を絶滅させようとするなんて…。
そして、自分はその種族の一員になってしまった。
更には…気になる相手の…敵になってしまった。
《そろそろ行くわ…離してくれると助かるんだけど…》
「え?」
離すと聞いてハッとした舞は自らが抱いている猫を見る。
その猫…ナオは青い瞳で舞を見つめている。
「ナオちゃん…だったの?」
《違うわ、彼女には身体を借りているだけ。》
「借りる…?」
《そう。憑依ってやつよ。彼女にはきちんと許可は取ってるしね。さて、本当にもう行かないと…この子も連れて行く約束だしね。》
「…あ…」
そうだ、さっき迎えに来たと言っていた。
浩二を。
そして、ナオも。
二度と会えなくなる。
もう、二度と。
嫌だ。
そんなの嫌だ。
舞はナオを抱く腕に力を込める。
離さない。
行かせない。
《ちょっと!離しなさいよっ!本当に約束に遅れちゃうからっ!》
行かせない!
貴女一人では。
「私も…連れて行って下さい…」
《へ?》
「私も一緒に魔族領へ連れて行って下さいっ!」
《な、な、何を言ってるの?!》
「じゃなきゃ離しません!ナオちゃんを連れて行く約束なんですよね?私を一緒に連れて行ってくれないなら…私はナオちゃんを離しません!」
《ちょ、ちょっと!困るわよ!》
「お願いしますっ!何でもします!離れたくないんです!ナオちゃんとも…岩谷さんともっ!」
舞は懇願した。
手段など構わずに。
汚いと分かっている手段を使っても。
《…分かったわ。》
「え?」
《分かったから、落ち着きなさい。あぁ~もう!仕方ないわねっ!連れて行ってあげるわ、だから腕の力を緩めて。彼女が壊れちゃう。》
「あ!ゴメンなさいっ!」
慌ててナオから手を離すと彼女はスルリと抜け出し音もなく床へと降り立つ。
《急ぐわよ!時間が無いから!》
「あ、はいっ!」
二人は急いで部屋を出…ようとしたところで立ち止まる。
ドアが開いていた。
その先には
「どこに行くのかなぁ~舞ぃ?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべた蓮と
「私もお兄ちゃんと一緒が良いですっ!」
胸の前で両拳を強く握り真剣な表情を浮かべる栞の姿があった。
□■□■
「で、私と栞ちゃんが一緒にガールズトークしてたら、隣の舞の部屋から大きな声が聞こえてさ。」
「えぇ、びっくりしました!」
「何事かと思ってドアをノックしても返事はないし、ドアを開けて中に入ってみたら、舞が誰かと話をしてたんだ。見えない誰かと。」
「最初は舞さんに話し掛けようとしたんですけど、余りにも真剣な表情をしているもので…」
「こっちに全く気づいてないんだもんねー。」
「それで…悪いとは思ったのですが…話を聞いてしまって…」
で、今に至る…と。
浩二は溜息をつきながら項垂れる。
《違うのよコージ!これには深い訳が!》
「はい、分かってるよ、残念魔王様。」
《ぐっ…そんな言い方…無いじゃない…》
「念話ダダ漏れとか、念話の意味無いよなぁ。」
《うぅ…だって…慌ててたから…》
浩二の目の前で落ち込んでいるナオの姿をしたソフィア。
本来の姿ならきっと涙目だろう。
全く…この魔王様は何処までお人好しなんだ。
浩二は彼女を優しくそっと抱き上げると、労わるように頭を撫でる。
「ゴメンなソフィア。分かってるよ、君が凄く優しい事は。それに…」
《…それに?》
「感謝もしてる。俺がここから出られるって分かった時さ、実は彼女達の事が心配だったんだ。このままここにいても、きっと危険な目にしか遭わないんじゃないか…ってね。」
《多分…そうなるわね。》
「だからさ、ソフィアには本当に感謝してる。ありがとう。」
《うん…良いよ。コージが喜んでくれて良かった。》
ソフィアはナオがする様に浩二に頬をすり寄せる。
頭を撫でられて気持ち良さそうに目を細めながら。
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