偽装馬車。
「なぁ、兄貴?」
「ん?何だ?」
猛が目の前にある物体を見上げて製作者である浩二へと問いかける。
「多分だけどよ…これ見せたらソフィアの姉貴また怒るんじゃね?」
「………ヤバイかな?」
「……ダメだろうなぁ。」
夢中で一気に作り上げた為に見た目や性能に気を使うのを完全に失念していた。
2人の目の前にあるのは馬車…の筈の何か。
何と説明したものか…背の高いワンボックスカーに4tトラックの荷台を無理やりくっ付けた感じ…と言えば分かるだろうか?
しかし、それでは縦長でバランスが悪いからと全体的に横に引き伸ばした。
結果、正面から見ると何とも威圧的なフォルムになってしまった。
「運転席側何でこんなにデカイんだ?」
「御者と補助と護衛2人で最低4人は乗らなきゃいけないから、広さと居住スペースにゆとりを取ったらこうなった。」
横に引き伸ばした結果、マイクロバス程の横幅になった運転席側。
実際はほぼオート走行なので運転席と言うよりも、居住スペースだ。
とは言ってもずっと座りっぱなしではキツイ筈だ。
因みにシートを全て倒せばフルフラットになり、車中泊も容易に可能だ。
「荷台は木箱が縦4横6で15列並べられる。」
「…えーと…360個か。」
猛が虚空を見つめながら暗算する。
「一応荷台の内側に簡易的なストッパーを幾つも用意してあるから、荷物が少ない時はそれで留めれば良い。」
「…なぁ兄貴、やっぱりコレ…デカくね?パッと見『装甲車』じゃん…威圧感が半端じゃないぞ?」
「そうかなぁ…」
正面には大きめのフロントガラス、そしてそのガラスを保護するように視界を邪魔しないよう格子状の金属部品で保護してある。
丸目が二つ並んだ2対のヘッドライトにもフロントガラスと同じ様に金属部品で保護がされている。
しかし何より目立つのは、圧倒的存在感を放つバンパーだ。
車体正面のほぼ半分弱をカバーしており、無骨で飾り気のないその姿はまるで軍用を思わせる。
車体の色が全体的に黒味ががった銀色というのも威圧感を増す要因の1つだろう。
「で、やっぱりタイヤが無いところを見れば、エアバイクの応用何だろ?」
「あぁ、何方かと言えば栞とソフィアのエアバギーの方だけどな。」
そう、何より一番の違和感は車輪が無いことだ。
真っ平らな金属製の板の上に車体がそのまま乗っかった感じになっており、今回は球体ではなく、板の下面を全て覆い隠す様に厚さ30cm程の圧縮空気がタイヤ兼サスペンションの役割を果たしている。
更に前進するために必要な圧縮空気の爆発。浩二はその際に発する爆発音を消音する事に成功した。
よって、この巨体を動かす為に発する筈だった大音量の爆発音もほぼ聞こえないレベルにまで抑えている。
「せっかくここまで作ったんだから、このまま走らせたいけどな。…流石に目立つだろうし…それに、速いんだろ?」
「んー…ここからルグルドまで大体5000kmあるけど、ぶっ通しで走り続ければ1日ちょいで着くぞ?」
「平均時速200km以上かよ…そんなのこの世界で走らせて良いのか?」
「…流石に1日はやり過ぎだろうな。普通この距離なら急いでも2週間半ぐらいかかるはずだぞ?馬車って確か時速12、3kmだった筈だし、しかもこの計算に休憩は含まれていません。」
「超長旅じゃん…俺ら転移でポンポン飛んでたけど、恵まれてたんだな。」
改めて陸路による輸送の大変さを思い知る…主に色々と秘密にする方向で。
このエアトラックを使えば、ルグルドへの輸送は2日…余裕を持たせて3日あれば余裕で往復出来る。
しかし、必要以上に高性能な道具は出来る事ならば使いたくは無い。
使うならば、自領内に留めたいのだ。
「性能面は幾らでも誤魔化せるけど…この見た目はなぁ…」
「個人的に見た目は大好きな部類なんだけどな。」
無骨でありながら何処か未来的なフォルム。
ガンメタリックのボディカラーも男心を擽るのだろう。
そこへ、女性陣も到着する。
「うぉーーっ!ヤバいっ!ヤバいよコレっ!」
「蓮、五月蝿いよ。」
「蓮ちゃん落ち着いて。」
「うわぁ…大っきいなぁ…」
どうやら蓮の心も擽ったようだ。
蓮は当然ながら、他の3人も浩二の作ったエアトラックに興味津々の様で、トラックの周りをぐるぐる回りながら、いずれは自分達が乗るであろう乗り物をじっくりと観察していた。
そう。
このエアトラックは、人族組の為に作ったのだ。
正確には人族組のメンバーが輸送を引き受けてくれたと言った方が良いだろう。
陸路を使っての輸送は時間が掛かる。
自領内ならば兎も角、それ以外の土地でゴーレムや全自動車両など使えないし、使いたくは無い。
そこで白羽の矢が立ったのが、ガラス工場のバイトを追われた人族組メンバーだった。
ゆっくり時間を掛けて片道1週間…まぁ、これでもかなり速いのだが…護衛というのは名ばかりの『旅行』をしてくれないかと頼んだ。
最初は往復半月と言われ難色を示していたメンバーだったが、
「輸送する石英ガラスの売上の半分を貴方達で山分け…という事でどうでしょう?」
と言うタロスの言葉に麗子と猛が猛烈に食いついた。
具体的な数字を見せられ若干引き気味になりつつも前向きに検討して貰えることになり、ついこの間OKの返事を貰ったのだった。
話を戻そう。
結局解決策もなく、見た目をどうしようかと腕を組み頭を悩ませていた浩二に麗子がアッサリと答えをくれた。
「アンタ『隠蔽』のスキル持ってるじゃない。」
「…あ。」
□■□■
「んじゃまー、行って来るわ。」
「あぁ、気を付けてな。頼んだぞ?」
「わーってるよ。任せとけって。」
「猛に任せとくのは心配な気持ちも分かるけど、今回は他に4人も居るんだから平気よ。それじゃ行ってくるわね。」
「行ってきます、岩谷さん。」
「行ってくるね、お兄ちゃん。」
「行ってきまぁーーすっ!!」
「蓮、五月蝿い!」
窓から身体を乗り出し手を振る人族組一同。
あれから数日、『隠蔽』を魔核に新たに書き込み、数回の領内における試験走行や備付けの機能の説明などをした後、遂に出発の時が来た。
セミオート運転のエアトラックが静かに進み出す。
一般の人から見た姿は貴族の箱馬車2台編成での走行に見えている筈だ。
石英ガラスを満載に積み込み、目指すは城塞都市ルグルド。
往復半月の旅だ。
エアトラックは進む。
人族領と浩二のサーラ領以外初めての旅となる人族組メンバーを乗せて。
これで六章は終わりになります。
ここまでお付き合い頂きありがとうございます。
まだ暫くは続く予定ですので、引き続きこれからも『あれ?ドワーフって魔族だったっけ?』をよろしくお願いします。




