深夜の密会。
(また…なんて格好で寝てるのよ…)
地下牢に辿り着いた彼女は牢の中で不思議な格好をしたまま寝息を立てている浩二を見て溜息をつく。
恐らく体力の限界までスキルの訓練をしていたのだろう、辺りには空になったポーションの瓶が彼方此方に転がっていた。
その中心で、顔を床に付け腰を持ち上げたような格好の浩二が爆睡していた。
(本当に…頑張り屋なんだから…)
優しい笑みを浮かべた彼女は、スルリと鉄格子を抜けると浩二の元へ歩み寄り、その頬をザラつく舌で軽く舐める。
「…ん……ナオ…」
寝言の様に愛猫の名を呟く浩二。
《ナオだけどナオじゃないわ。とりあえず起きて貰えるかしら?》
浩二の頭の中に直接響く女性の声。
眠気も吹っ飛んだのか、ガバッと音がするぐらいの勢いで飛び起きる。
その顔には床の跡が付いていた。
「誰だっ!」
辺りをキョロキョロしながら声の主を探す。
《そっちじゃないわ。足元よ、あ・し・も・と。》
又もや響く声に慌てて自分の足元見ると、そこには見慣れた愛猫の姿があった。
「ナオ…なのか?」
《身体はね。彼女にお願いして一時的に身体を借りてるの。》
「身体を…借りる?」
《そ。あぁ、ちゃんと本人の了承は頂いてるから安心して。貴方が危ないからって言ったら、すぐにOKしてくれたわ。》
「そっか…って、俺が危ない?」
《あ、ここからは聞かれちゃマズい話だから、念話でね。》
「念話でね…って言われてもどうすれば良いんだ?」
《簡単よ。頭の中で会話する様にすれば良いだけだから。》
浩二は首を捻りながら腕を組んで何やら考えた後行動に移す。
《こんな感じか…?》
《そうそう、上手いじゃない。》
《ありがとう。で、君は誰なんだ?ナオの身体を借りてまで俺に何を伝えに来たんだ?》
《あぁ、自己紹介がまだだったわね。》
彼女は佇まいを直す…とは言ってもチョコンと浩二の前に来てお座りしただけだが、こちらに青い瞳を向けると…
《私はソフィア。人間が魔族領と呼ぶ場所に住んでいる魔王よ。》
と、とんでもない事を言い出した。
しかし、不思議と恐怖心や警戒心が生まれない。
《魔王かぁ…ファンタジーだなぁ…》
《……あまり驚かないのね?》
《あー…一応それなりには驚いては居るんだけど…あ、敬語使った方が良いですか?》
《ここまで来て変な距離作るの止めてよ…》
《それでは、魔王様が直々にいらっしゃった理由をお聞かせ願えますか?》
《わざとやってるわね…?帰るわよ?》
《あぁ!悪かった!ごめん、なんか妙に親しみを覚えてさ。》
《…良く「威厳がない」って言われるわ…》
ソフィアは項垂れる…と言ってもナオの身体だからイマイチ伝わりにくいが。
《まぁまぁ、それはさておき話を進めましょう。》
《……そうね…まぁ良いわ。貴方がこっちに着いたらタップリ私の威厳を見せ付けてやるんだから!》
《ん?こっちに着いたら?》
《あぁ、えぇ、そうよ。私は貴方を迎えに来たの。まぁ今すぐじゃないけどね。》
《俺を…魔族領に?》
《嫌?》
《いやいや、嫌も何も突然過ぎて…》
突然の迎えに来た宣言に狼狽える浩二。
まぁ、魔王様から迎えに来たと言われれば、普通はこうなる。
《貴方には時間が無いの。》
《へ?》
《知らないとは言え…お気楽ねぇ…。一応ここ地下牢でしょ?不満とか憤りとか溜まってるものとかないの?》
《ありますよそりゃ、いきなり「魔族だー捕らえろー」とか言われて牢に放り込まれるし、足枷は邪魔だし、飯は不味いし、ポーションは不味いし、色々溜まるし…》
《やっぱり溜まってるのね?》
《ピンポイントにそこ?!》
《まだまだ若いんだし、仕方ないわよ…うん。》
《で?》
《ん?》
《いやいや、貴女は俺の性欲の有無を確認しに来た訳じゃないでしょう?》
《あぁ、そうだったわ。つい…ね。》
《なんだか…疲れてきたよ…》
話が一向に進まない。
きっとさっきの威厳の話を根に持ってるに違いない。
《じゃ、本題ね。貴方このままだと3日後に処刑されるわよ?》
《随分と急な話だなぁ…》
《貴方…相当変わってるわね…殺されるのよ?怖くないの?》
《そりゃ怖いですけど…なんだか…ピンと来ないというか…》
《昨日のステータス確認が原因ね。貴方は強くなりすぎてしまったの。だから、これ以上強くなる前に処分してしまおうって話しみたいよ。》
《また、傍迷惑な…勝手に呼び出して、勝手に地下牢に放り込んで、今度は勝手に殺すんですか?…何か…だんだん腹が立って来た…》
余りにも勝手が過ぎるだろう。
静かに怒りが湧き出す浩二の身体から青い靄が立ち上り始める。
「人の命を何だと思ってるんだ…っ!」
どんどん溢れ出す殺気に呼応するかのように青い靄が炎のように揺らめく。
《はい、ストップ!ストップ!落ち着きなさい!》
「だけどっ!」
《いいから…ね?落ち着いて…》
怒りに狂いそうになる浩二を優しく窘めるソフィア。
いつものナオのように肩に飛び乗り頬を優しく舐める。
《あんな奴ら放って置けば良いのよ。絶対貴方を殺させはしない。その為に私は今日此処に来たんだから。》
《……済まない…取り乱した…。》
《良いのよ…それが普通の反応なんだから。》
《…俺はどうしたらいい?》
《とりあえず、今日は普通に過ごしていいわ。明日の深夜に迎えに来るから、準備しておいてね。》
《明日の深夜…分かった。ありがとう…わざわざ来てくれて…》
お礼を言った浩二をキョトンとした顔で見た後、彼女は彼の肩から飛び降り鉄格子の前まで歩くとこちらを振り返り
《当たり前じゃない。貴方は私の仲間なんだから…それじゃ、明日ね!》
その念話を最後に彼女は薄暗い通路を走り抜けて行った。
(何故だろ?)
不思議で仕方が無い。
(嘘の可能性だってあったはずなのに。)
何故かすんなりと信じられた。
(きっと…人柄なんだろうなぁ…)
あの威厳が足りない魔王様の事を考えながら、今日で最後になるかもしれない地下牢での睡眠をとるのだった。
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