巨大湖。
「オアシス?」
「はい。」
オアシスと言えば言わずと知れた砂漠の楽園である。
この領地にも昔はオアシスだったであろう跡地がタロスによって確認されている。
そこを掘れば地下水がまだ眠っているかも知れない。
しかし、彼女の言うオアシスの規模はもっと大きなものだと感じた。
恐らく…湖規模の物を望んでいるのだろう。
「理由を聞いてもいいか?」
「はい。今御主人様の領地に必要なのは水です。それは泉や湖等に限らず水分全般に当たります。水蒸気であったり、地中の水分であったり。」
「うん、それは分かる。うちの領地は全体的に乾燥してるからな。」
「水が無い事が更に乾燥や昼と夜の寒暖差を生み出しているんです。ですから、1箇所でかまいません。大きめな泉…いえ、池を作って頂ければ、私の力で大気中にも土中にも水分を行き渡らせる事が出来ます…時間は掛かりますが。」
彼女の訴える姿が、真剣にこの領の事を考えていると分かった浩二は、そっとサヤのアタマを指先で撫でる。
「分かったよ、サヤ。俺もいつか運河を作ろうと思ってたから丁度いい。ちょっと大きめの湖を作って運河と繋いじゃおう。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそ真剣に領地の事を考えてくれてありがとうサヤ。」
次の仕事が決まった。
横断道路の前に湖が先だな。
浩二は、妖精達を宝石の中で休ませると、タロスに相談するべく大灯台の展望台へと向かった。
「マスター、どうされました?」
立体地図を作製しながらこちらを振り向くタロス。
既にドローン3機と大地のトレースを片手間で出来る程に同期は上手くいっている様だ。
立体地図も北半分は出来上がった様で、今は下半分に取り掛かった所らしい。
「タロスに相談があるんだが…領地に湖を作りたい。どの辺がいいと思う?」
「…湖ですか…確かにいつかは必要だと。マスターが運河を作ると仰った時に恐らく湖の話も出てくると予想はしていました。現在領内の寒暖差を無くす一番の方法は中心部に大きな水場を作る事なので。」
実際今回も運河を繋げるつもりでいた浩二は、タロスの言葉に驚く。
ここまで予想できるものなのだろうかと。
しかも、領地の気候を変化させる術まで思い当たっていたとは。
「…凄いなタロスは。俺にはとても思い付かない案を出してくれる。」
「いいえ…それは違いますマスター。」
浩二に褒められ喜ぶと思いきや、目を伏せ首を振る。
「私の出した案は、既にマスターの知識内に最初からあった物を取り出し応用したに過ぎません。」
「俺の?」
「はい。私達はマシナリーです。記憶容量内の物ならば自由にデータとして取り出せます。マスターや他の種族の方達の様に脳という生体デバイスでは訓練しなくては難しい筈です。私は今マシナリーである事を誇りに思っています。」
自分の胸に掌を当て穏やかな表情で静かに目を閉じるタロス。
「そっか。一応知識として脳内に保存されてはいたんだな。それをタロスならば有効に活用出来るのか。こっちに来る前、雑学が好きだった自分を褒めてやりたいよ。」
「お陰様で、私はこちらの世界の知識とマスターの元いた世界の両方の知識があります。それ等を組み合わせてマスターにとって有効な提案をさせて頂きます。」
そう言って薄く笑いながら、立体地図の方を指差す。
「現在位置はこの第一拠点の大灯台です。…そして、ここがマスターのお屋敷です。こうして立体地図にして見るとわかるのですが、お屋敷から第一拠点を通り海まで、緩やかな傾斜になっているのが分かりますか?」
「確かに。このぐらいの傾斜なら、水を流しても急な流れにはなりにくいな。」
「はい。ですから、いっそこの第一拠点とお屋敷の間に湖を作ってしまい、そこから運河を引いては如何でしょう?都合がいい事にここから10数キロの場所からお屋敷のある山脈の麓までほぼフラットな岩盤地帯です。」
立体地図の上をタロスの指が高低差の少ない場所をなぞる様に歪な楕円を描いてゆく。
結構…いや、かなり巨大な湖が出来そうだ。
「デカイな。」
「はい。しかし領地の規模からすればほんの一部に過ぎません。ですが、このぐらいの湖があれば、湖から数10キロの範囲はそう遠くない未来に緑の育つ大地に変わるはずです。近い部分ならば比較的早く樹木が繁るでしょう…彼女達が居れば。」
タロスは浩二の腕輪を指差す。
「…よし、なら早速作ろう。タロス、今指でなぞったラインを実際に大地に刻んで来てもらえるか?軽く材質を変えるか…色を変えるだけでいいから。」
「了解しましたマスター。早速行って参ります。」
命令されれば即座に動く。
瞬く間にタロスの姿は掻き消え、浩二の指示に答えるべく動き出した。
□■□■
「凄いスピードで線が引かれてくな。」
「…御主人?やっぱりタロスは優秀過ぎません?」
「あぁ、作った俺が一番驚いてる。」
浩二の屋敷のすぐ近く。
小高い山の上から見下ろすようにして湖予定地を見ていた。
「あ、線が繋がるのです!」
タロスの引いた黒い湖予定地のラインが一本に繋がる。
「…御主人様…?アレは幾ら何でも広過ぎませんか…?」
「そうか?いくら広い大地があっても水が無ければ生き物は育たない。なら、最初にデカく作っちゃった方が良いだろ?」
「そうですが…いくら御主人様でも…あの規模の大地を抉って水で満たすとなれば…」
「大丈夫。その辺りは頑張れば何とでもなるから。」
心配するサヤの頭を軽く撫でた浩二は、思い切りその場から飛び上がり歪な楕円の中心付近に降り立つ。
それ見てすぐ様駆け寄ってくるタロス。
「タロス、お疲れ様。後は俺がやるよ。」
「はい、マスター。では私は立体地図作成に戻らせて頂きます。」
胸に手を当て綺麗にお辞儀をしたタロスはまたもや瞬く間に浩二の前から姿を消した。
「さーて、気合い入れなきゃな。」
首を左右に曲げてゴリゴリと鳴らしながら手首を回して解し、両手に巻いてあった鎖を外す。
「…御主人?…その鎖は…?」
冷や汗をかきながら問い掛けるコロン。
残りのメンバーは契約しているにも関わらず声も出ない。
素の浩二を見るのは初めてならば仕方の無い話だ。
「あぁ、この鎖で普段は力を抑えてるんだ。今から作業するけど、コロン達を通すとどうなるか分からないから、今回は黙って見ててくれ。」
黙って頷く4人の妖精。
黙っているだけでビリビリと皮膚を刺激する程の圧倒的存在感。
今迄が手加減なんだとハッキリと分かる。
そして、自分達の身体に今の浩二の精神力を通せばどうなってしまうのか全く想像もつかない。
少なくとも…存在を維持できるかすら疑問だ。
4人はこれから始まるであろう浩二が言う所の作業を一瞬たりとも目を離すまいと真剣に見詰めていた。
読んでいただきありがとうこざいます。




