訓練?
「アレで瞬動ですら無いのよ?」
消えたと思った途端に少し離れた場所に二人同時に現れ、目にも留まらぬスピードで組手をする浩二とナオを見て冷や汗をかいていたシュナイダーにソフィアが笑いながら話す。
「つまり、アレがスキル無しの素の動きか…とんでもないな。」
「あー…ナオはね。」
「ナオ…?あぁ、あの猫族の…」
「違うわ。」
恐らく気付いてはいるが確信がないであろうシュナイダーの言葉をキッパリと否定するソフィア。
そして、ナオの正体を告げる。
「ナオはマシナリーよ。」
「マシナリー…?マシナリーってあのシルビアがどれだけ頑張っても起動すらさせられなかったあの神代の遺物か!?」
「そう。でも、ナオは違うわ…ナオは浩二が自ら作ったの。」
「作ったぁ!?嘘だろ…?」
「本当みたいだよ。材質は…多分オリハルコンだよね?」
二人の会話に混ざるシルビア。
「ええ。私達の目の前で魂を封じ込めた魔核とオリハルコンを使って数分で作り上げたわ。」
「…もう、突拍子も無さすぎて意味が分からないよ。」
「しかも、ナオは上位種のハイマシナリーよ。浩二に作り出されたその場で種族進化を果たしたわ。」
「…本当に彼はドワーフなのか?」
本来魔力値の低いドワーフが魔法科学の結晶とも言われるマシナリーを作り出す。
シュナイダーの疑問ももっともだ。
普通に考えれば絶対に有り得ないことなのだから。
「…どうせ隠してもバレちゃうだろうし…いいわ。コージは人族領で勇者召喚された勇者よ。まぁ、種族がドワーフだったせいでかなり酷い対応されてたけど。」
「勇者だと!?」
「ええ、でも本人には勇者って言わないでね。あんまり楽しい思い出じゃないみたいだから…」
「あぁ、分かった。」
シュナイダーは素直に頷く。
これ以上余計な事をして嫌われたくは無い。
唯でさえ獣人の一部に対して不信感を抱かせてしまったのだから。
外野がそうこうしている間も唯ひたすらに組手を続ける二人。
時折認識外から飛んでくる魔法でさえ、何の戸惑いも無く避ける。
「だから何で今のを避けられるのよっ!」
そして、キレる麗子。
「カン…かな?」
「音が聞こえたよ?」
急に立ち止まり律儀に答える浩二とナオ。
「だから、普通は聞こえてからじゃ避けられないんだっての!ってかカンって何よっ!」
更にキレる麗子。
浩二は麗子と蓮に少し前から頼んでいた事がある。
「自分が訓練所にいる時はどんな時でも構わないから弓なり魔法なりで狙撃してくれ。」と。
今回の麗子の魔法はそれだ。
しかし、言われてやったにせよ避けられればムカつくのだ。
それが本気で当てようとしていたのなら尚更。
隙を伺い、死角から極力音の出ない極細のアイスニードルを超高速で射出する…しかもノールックで。
完全にスナイパーのそれだ。
しかし、それだけ用意周到に放たれたアイスニードルでさえ浩二は半身で躱し、ナオは射出された瞬間に音とも気配とも言えない何かを感じ事前に射線から身を外すのだ。
しかもお互い組手をしながら。
「…ははは…アレは何なんだ…?」
ずっと二人の組手を見ていたシュナイダーの反応を見る限り組手の手を抜いてはいないようだ。
完全に自分の認知出来る世界を逸脱した二人をシュナイダーはただただ呆然と眺めていた。
□■□■
「あ”ぁ~…染みるわぁ…」
「いや、本当…熱い風呂はたまらんよな…」
並んで風呂に浸かる浩二とシュナイダー。
浩二はともかく、獣人であるシュナイダーもやっぱり風呂は気持ちが良いらしい。
凛々しい顔がすっかり弛緩している。
「いやぁ、まさかシュナイダーさんまで訓練に混ざるとは思いませんでしたよ。」
顔をお湯でバシャバシャと洗いながらシュナイダーの方を見る。
「俺も最初は気圧されてばかりでそんな気は無かったんだが…黙って見ている内に二人が楽しそうに見えて来てな。…こう、ウズウズと…」
「実際身体を動かすのは楽しいですしね。」
「あぁ、変に頭を使うより何も考えずに体を動かしている方が向いているようだ。途中でアイスニードルが弾幕みたいに飛んできた時はどうしようかと思ったが…」
「いや、アレは反則ですよ…完全に逃げ場がありませんでしたし。」
あの後シュナイダーが二人の訓練に混ざると、何を思ったのかシルビアが麗子の元へ歩み寄り何やら耳打ちを始めた。
こちらを指差し頷いたり身振り手振りをしたりして麗子と作戦を練っているようにも見えた。
そして次に飛んできたのが夥しい数のアイスニードルだった訳だ。
スピードは先程と変わらない上に範囲も広く、とても半身で躱せるものでは無かった。
「あんな訓練続けてたら命がいくらあっても足りんよ…」
顔を半分湯に沈めながら呆れたように浩二を見る。
「いやいやいや、アレはおかしいですから。普段はあんなに飛んで来ませんよ。もう完全にこっちを仕留めに来てましたから。」
「君は良いよな…魔法が無効だし…俺は久しぶりに死を覚悟したよ…」
ぶるりと身を震わせるシュナイダー。
浩二が機転を利かせあの場から転送でシュナイダーを移動…と言うかゲートの落とし穴へ落とさなければ彼は点ではなく面でアイスニードルを喰らっていた筈だ。
「何時もは『絶対魔法防御』に頼らない様にしているんですが…あの範囲は事前に予測出来ていなきゃ回避は無理ですよ。針の壁が物凄い速さで迫って来るようなものですから…」
浩二もぶるりと身震いをする。
「もう、訓練ってより狩りに近いよな…逃げ場を限定してそこに誘導する感じが…」
狩りと言っても狩られる方だが。
「もう、他のことをする余裕なんてありませんよね…逃げに徹さなきゃあっと言う間に弾幕の餌食ですよ…」
「しかも…明日もやるみたいだぞ…?シルビアが変に張り切っていた…」
「マジですか…」
二人は苦い顔を見合せブクブクと湯に沈んだ。
読んでいただきありがとうございます。




