勇者の変化。
(何か…おかしい…。)
目の前に襲いかかる木剣を左手でいなしながら浩二は違和感の様なものを感じていた。
(まただ…!やっぱりおかしい…。)
いなした左手の甲に残る感触、そして左肩を掠める剣戟。
(スピード…いや、力が増してるのか?)
ここ数日までなら難なく受け流せていた剣戟を今日は流し切れない。
何度となく肩を掠め、腹を掠め、頬を撫でる。
傍から見ればいつもと然程変わらない光景だろうが。
ただ、当の本人はそうもいかない。
それでも、半数以上を何とか捌き切る。
一息つく間もなく次の勇者がこちらに走り寄る。
見た感じの変化は無いが、明らかに何かを狙っていた。
(素手!?)
左手に剣は持ってはいるが、それは使わず無手の右手の掌を浩二の顔目掛けて伸ばしてきた。
突きとは明らかに違う動作。
混乱する浩二の右頬に不意に熱気を帯びた空気が触れる。
「火炎球!!」
咄嗟に大きく回避していた浩二の右頬を掠めるように何かが高速で通り過ぎて行った。
直後、後ろでドンッ!と言う地面が爆ぜた音がする。
熱気に反応して余分に距離を取らなければ当たっていた。
「何が!?」
「あちゃ~!避けられちゃったか~!不意打ちすれば当たると思ったのに!」
勇者は悔しそうに、でも何処か楽しそうに叫ぶ。
「火の玉か…?」
感じだ熱気から予想を口にした浩二。
「うん。火炎球!昨日覚えたばかりの魔法だよ!」
「魔法!?」
「うん。でも今ので避けちゃうか~、結構速いのにね火炎球って。」
「偶然だよ。熱気を感じて嫌な予感がしたから。」
あっけらかんと魔法等と口にした勇者に驚くあまり素直に答えてしまう浩二。
「やっぱり凄いねお兄さん!ならっ!」
そう言って距離を取りこちらに右手を伸ばし掌を向ける。
「頑張って沢山撃つよっ!」
勇者がそう言って「火炎球!」と叫ぶと、掌からソフトボール大の火の玉が飛び出す。
速度自体はピッチングマシンから放たれるぐらいで避けられなくは無い…が
「火炎球!火炎球!もう1丁火炎球!!」
その連射性能がキツい。
手の甲で弾き、軌道が読めるものは半身をずらし避ける。
当たらないものは無視。
それでも数発は掠り、二発ほど肩と腰に直撃する。
「痛っ!熱っ!ちょっと…待てっ!熱っ!」
必死に避け続けやがて火の玉ラッシュが終わる頃、肩で息をした勇者が声を掛けてきた。
「あははっ…やっぱり連射はキツイや…もっと頑張らなきゃ…!お疲れ様お兄さん…今日は私で最後だよ。」
「いや…驚いた。速いは痛いは熱いはで堪らん。」
「あはっ、ほとんど避けておいてよく言うよ。明日もよろしくねお兄さん。」
「出来たら…勘弁して欲しい。」
「あはははっ!それはきっと無理だよ、私剣はからっきしだし。」
底抜けに明るく話す勇者に気付けば普通に会話していた。
「それじゃ、私は行くね。」
そう言って後ろを向き数歩歩いた所で「あっ!」と思い出した様に振り返りこちらに走り寄ると
「お兄さん!私もナオちゃん撫でても良い?」
そう尋ねてきた。
彼女の身長は低めなので上目遣い気味に。
狙ってはいないだろうが、整った容姿も相まって何処か小聡明い。
「ナオが許せば良いよ。」
ナオは舞には心を許しているようだが…誰にでも気安く身を任せるとは思えない。
故に、自分の許可は要らないと。
「やったーーっ!頑張るよ!もう、ずっと舞が羨ましくて羨ましくて!」
「猫、好きなのか?」
「うんっ!大好きっ!」
瞳をキラキラさせて小躍りしそうなほど喜んでいる。
余程羨ましかったらしい。
「じゃーねっ!お兄さんっ!」
再び駆け出す先には、ナオを抱いた舞の姿が見えた。
合流した二人は何やら楽しそうに話しつつこちらを見て軽く手を振ると、訓練所を後にした。
□■□■
「ほら、手を出しな。」
火傷をしてしまった両手をスミスへと差し出すと、小瓶を傾け薄青色の液体を両手にかけていく。
液体が火傷に触れた途端淡く光りだす。
その光が徐々に広がり、両手を覆ったと思ったら見るみる内に火傷が消えていき、光が消えた時には火傷は跡形も無く消えていた。
「相変わらず、凄い効き目ですね…。」
両手をしげしげと見つめながら浩二は口にした。
「これで下級ポーションって言うんだから、びっくりですよ。」
「いやいや、上級ポーションなら腕が千切れてもくっ付くぞ?」
「は!?それはまた…凄まじいですね…治らない怪我とか無いんじゃないんですか?」
「本当は、下級ポーションでも折れた程度なら時間が経てば治るんだがなぁ…昨日の舞の嬢ちゃん…凄い剣幕だったしな。」
「あぁ、昨日の…ですか。」
「あぁ、まぁそれはそれとして…確かに大体の傷や怪我なら治るんだが…中級から上のポーションは馬鹿みたいに高いんだわ。そして…」
スミスが言葉に詰まる。
なにかあるんだろうか…強い副作用とか。
「効果が上がるのに比例して…不味くなる…。」
「………。」
ある意味副作用だ。
下級でさえ、思い出したくもない味だったし。
等と考えていると、スミスが新しいポーションを差し出す。
「飲んどけ。肩と腰に喰らってたろ?」
「え…いや、かければ問題無いんじゃ…。」
「飲んどけ。その方が効果が高い。」
「………。」
意を決し目を閉じ、グイッと一気に飲み干す。
「ぐっ…!不味いっ!マズ過ぎるっ!」
「良薬口に苦しって奴だ。」
「苦くないですよ!エグいんです!青臭いんです!」
凡そ身体に良いと言われるものを全て煮込んで濃縮したような味がする。
なのにあの綺麗な見た目に臭いもしない。
「ある意味詐欺ですね。」
「上級なんて、爽やかな香りまでするんだぜ?」
「益々詐欺じみてますね…。」
でも、きっとそうでもしなきゃ飲む気も起きないんだろうな…。
「まぁ、味はともかく助かりました。」
立ち上がり肩を回すような仕草をしながらスミスにお礼を言う。
「気にすんな。」そう言いながらスミスは詰所に戻った行った。
日に日に重くなる勇者達の攻撃。
昨日なんてまともに食らった左腕が折れた。
綺麗にポッキリと。
その後、何とか右腕だけで勇者達を捌ききり、牢に戻った辺で新堂さんが青い顔をして牢に駆け寄って来た。
「早く左腕を出して下さい!」って凄い剣幕だったなぁ。
彼女は両手を折れた左腕にかざすと、何やらブツブツと唱え始めると淡い光が左腕を包み、あっと言う間にくっ付いた。
「ありがとう、助かったよ。」とお礼を言うと、俯きながら…それでも笑顔で「いいえ、気にしないで下さい。」と言ってくれた。
間近で魔法を見たのは初めてだったが、正に異能というべき力だった。
そして、今日の火の玉。
「魔法かぁ…全く…ファンタジーだなぁ。」
スミスを牢の中から見送った浩二は胡座をかくと、天井を見上げながら呟いた。
「明日からどうしようかなぁ…。」
翌日の訓練に想いを馳せ…深い溜息をつくのだった。
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