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8 西棟の地下

残酷な描写があります。

苦手な方はあとがきまでスクロールのうえそこをお読みください。

 父はきまぐれにそれを行った。


 被害者は反乱をたくらんだ者で占められている。その中に女はおらず、あわれなことになったのは男だけだった。


 手の指を切り落とし、目をつぶし、のどをつぶし、暗い牢の中に閉じこめる。叫び声もあげられず、暗いことすら認識できず、食事も満足に食べられず、小便をするにも手間取るそんな体にしたことで父は満足するのか、父は閉じこめた彼らを見に行くことなどなかった。


 父は残酷な処刑を行ってきたが、死んで楽になれるだけまだましなのではないかと、彼らを見ていると思う。


 西棟の地下に多数ある牢に彼らはまとめて入れられていた。

 その地下牢には、言葉さえ話せない無惨な姿の彼らの他には、彼らのようにされたいかという脅しで入れられる者しかいない。


 鈴乃は月に一度、そこを訪れる。

 無抵抗のあわれな被害者を面白がって見に行く、親に似て悪趣味な姫だと言われていた。

 笑顔でその地下への道を歩み、人払いをし、中身は善人の荷物持ち兼護衛の男と鈴乃だけで地下牢の並ぶ部屋に入る。


 ひとつひとつの部屋に入って、おかゆを被害者たちの口に含ませて、飲み下すのを見守る。

 食事が終わると、鈴乃は被害者の指のない手を握り、ゆっくりと噛んで含めるように問う。

 この問いが、もしかしたら彼らにとって希望と言うより恐怖の対象になっているかも知れないが、それでも。


 最初に名前を呼ぶ。

 今となっては鈴乃以外にはもう呼ぶ者がいないだろう名前を。


「私が女王になったらここから出してあげる。あなたの家族にはあなたの状態を伝えてあるわ。受け入れると言ってくれた。だからここを出たらお世話になればいい。あなたの家族はあなたに会いたいと言っている。生きて欲しいと言っているけれど、あなたを苦しめたくないとも言っているわ」


 受け入れられない、と言った家族だった場合は、その話はしない。

 家族の方にも月に一度、配下の者をいかせて、受け入れられないという家族の説得か、受け入れてくれた家族への彼らの報告をさせている。


 それでも、どうにも受け入れられないようなら、家族は受け入れてくれないかもしれないけれど、寺院で面倒を見てもらえるようにしてあるから、と伝える。

 彼らのために、鈴乃は若干危険ながらも、寺院に使いを送り、人となりのよい住職のいる寺院を選んでこの件を相談していた。


 厳選しただけあって、ありがたくも申し出を断られることもなければ、鈴乃の正体の噂がもれることもなかった。むしろ、鈴乃が悪人ではなかったことを喜び涙を流した住職もいたらしい。


「あなたに生きる意思がおありなら首を縦にふりなさい。でも、もう、つらいと思うなら、生きるのが嫌だと思うなら、私が責任をもって苦しくないように殺してあげるから、首を横にふりなさい」


 はじめてその問いかけをした相手の場合、首を横にふる者は三割だ。時間がたつにつれて横にふる人数は増えた。

 横に首をふられて、鈴乃はしかしすぐには殺さない。


 鈴乃の言葉が信じられないのかも知れないし、甘えの一種で横にふっただけかもしれないし、今は気が弱くなっているだけで時間がたてばまた生きようとがんばれるかもしれないからだ。


 だから問いかけは三度行う。


「そう。分かったわ。でも一度の要求だけで殺すことは出来ないわ。消えた命は戻らないからね。来月また来るから、そのときにまた聞くわ。よく考えて、心を決めなさい」


 二度目の問いにも、死を望む横ふりが返ってきたときには、鈴乃も覚悟を決める。

 彼と生きて再び会う日を待つ人がいるならば、その人に彼が死を望んでいることを伝えるよう、配下の者に指示を出す。


「そう。今すぐに殺してあげるべきなのかもしれないけれど、まだできないわ。あと一度だけ、次が最後よ。あと一度だけまた問いかけるから、それまでよくよく心にたずねなさい。本当にそれでいいのか、悔やまないか。次が最後よ。次にまた首を横にふったなら、殺してあげるわ」


 三度目で思い変えて生きることを選ぶ者もいた。

 だが、三度目の問いに被害者が首を横にふったなら、鈴乃は持ってきた毒薬の瓶のふたを開ける。


「私の手には今、毒の入った瓶があるわ。この毒は眠るように意識を朦朧とさせて、苦しまずに命を奪ってくれるのよ」


 荒れた唇に瓶の口を当てて、そっと流し込む。

 赤紫色の瞳を持つ鈴乃の母方の家系は毒に強かったから、味見をしたことがある。まずくはないが旨くもなかったので、砂糖と果実を混ぜて味の改良をした。

 食事に混ぜても効果を発揮する毒なので、それで効果がなくなることはなかった。


 被害者の唇の間から毒が入り、舌に赤い色をつけて、飲み込まれるのを見守った。

 少量では致死量には至らないから、しっかりと飲み下したのを見て「もう少し飲みなさい」と、また毒瓶を唇へ傾ける。


 死ぬために自ら毒を飲み下した彼らは、まだ毒がまわっていない体で、眼球のない目から涙を流した。

 そして何人かの人は、前にある鈴乃の体を抱きしめて、何事か言おうとしてつぶれたのどうなる者もいた。そんなとき鈴乃も彼らを抱き返した。


 鈴乃へ恨みごとを言ったのであれば、抱き返すことは彼らにとって嫌なことかもしれないが、表情に棘はなく、そうは思えない。

 もしかしたら感謝を伝えているのかもしれないから、その気持ちに応えたかったのだ。

 または女の体に飢えた男として抱きしめてきたのかもしれず、その場合もまぁ最後に抱きしめられるくらいはかまわないので、鈴乃は抱き返すことに躊躇ちゅうちょはなかった。


「あなたは何も悪くないわ。死を望むのだって、普通のことよ。悪くないわ。よく今まで耐えたわね」


 我が国に古くから根付く精神論では、恐怖ゆえの自害というものはしてはならないとされている。他殺される未来がはっきりしている場所での自害はよいが、死へ逃げるのはよくないと。


 鈴乃はこれには否と言いたい。


 彼らの苦しみを目の当たりにして、無責任に生きろだなんて言えない。それを言っていいのは彼らを愛し、共に生きたいと思っている者だけだろう。


 だから死へ逃げることをその精神論によって気に病んで欲しくなかったし、他殺となるためもあって鈴乃が手づから毒を飲ませた。

 少しでも彼らへの救いになっていればいい。


 睡魔に襲われたように、死んでいこうとしている体から力がぬけても、鈴乃は抱きしめた腕を離すことはなかった。


 やがて耳元でしていた呼吸が止まる。

 触れる体はまだ温かい。


 遺体を処分することだけは、鈴乃にもできない。心を尽くして墓を作っては悪女の名がすたる。

 だから髪を一房切り落として、家族の元へ届けることにした。届けるのは配下の者であって鈴乃自身ではないが。彼らは髪を伸ばし放題で閉じこめられていたから、切っても短くなったことには気づかれにくいだろう。


 遺体の処分は、鈴乃が人払いして追い出した、地下牢の管理者が行うことになる。

 腐った国であるから、姫君たる鈴乃がやったであろう囚人殺害が咎められることはなく、それでも無抵抗の囚人を鈴乃が殺したという悪評だけは広がった。



本文の要約


西棟の地下には、生活に必要不可欠な体の一部を破壊された、あわれな囚人たちがいた。

死なせてやることこそ優しさかと、死を望む者には鈴乃が自ら引導を渡してきた。

死すら優しい絶望の底で、それでも生きることを選び続けた強者たちは確かにいたのだった。

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