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自律神経失調症

作者: 羽生河四ノ

前から、自律神経の話を書きたかった。

 ある日の朝、私がいつものように起きて、コーヒーを飲もうとリビングに向かったところ、

 「あ、おはようございます」

 誰かが居た。

 「え?誰?」

 私は反射的に言った。まず最初に賊だと思った。顔を見てしまった、とも思ったし、だから殺される、とも思った。

 バタフライナイフ的なもので刺されるか、あるいはサバイバルナイフ的なもので刺されると思った。

 「あ、驚かせてしまってすいません、怪しいものではありません」

 その誰かはそう言って、私のマグにコーヒーを淹れてこちらに差し出した。


 ・・・いや、そんなことされても・・・。


 「怪しいよ!」

 私は叫んだ。

 壁に自分の体の半身を隠した状態で叫んだ。大声で叫んだ。ご近所さんから匿名の手紙で「うるさい死ね」とか書かれた手紙をポストに投函されるかもしれないリスクもあったが、今そんな事を言っても仕方が無い。私は今、ナウ、殺されるかもしれないのだ。デッドオアアライブだ。コーエーテクモだ。だからたとえ「お引越し!お引越し!」というご近所さんが現れたとしてもそれは今考える事ではなかった。


 「誰だよまず!」


 私は叫んだ。大声で叫んだ。


 「あの、僕はあなたの自律神経です」


 「・・・ふゃえ?」

 私は驚いてしまって口から変な音が出た。おならみたいな音だ。あるいは本当におならだったのかもしれない。


 「僕はあなたの自律神経です」

 その誰かは同じことをもう一度述べた。


 「じりつしんけい?」


 「はい、自律神経です、あなたの」


 「・・・私の?」


 「はい。自律神経です」


 「・・・」


 「・・・」


 沈黙。お互いがお互いを見合って、沈黙。耐え難い沈黙。死ぬ。



 「・・・自律神経ってこういうものなんですか?」

 私はついに耐え切れず先に目の前にいる誰かに問うた。


 「自立ってそういう意味じゃないですか?」


 「字が違うじゃないですか?」

 私は間髪入れずそれに返した。


 「確かに字が違いますね」

 その誰かは言った。平然とした顔で言った。


 「・・・」


 「・・・」


 また、沈黙。殺される。この不可解な沈黙に殺される私は殺される。あるいは自殺してしまうかもしれない。


 「・・・あの、で、まあ、もう何でもいいんですけど、貴方が何で、実際何なのかとかどうでもいいで、とりあえず、とりあえずですね、何してるんですか?」

 私は訪ねた。


 ・・・、


 というか、


 この時間は一体何なんだろう?


 なぜ、私が朝起きていきなりこのような難解な目にあわなくてはいけないだろうか?私は最近何か、自分がこのような目に遭うような事をしただろうか?


 ・・・、


 選挙に行かなかったからか?


 「・・・」

 すると、自らを私の自律神経と言ったその誰かは突然床に正座をした。フローリングの床に直接だ。


 「な、何?」

 下溜め上+Aとかで技を出したりするのだろうか?


 「お願いがあります。あの、一週間ほど、お休みを頂けませんでしょうか?」

 その誰かはフローリングの床に、手をついて頭を下げて言った。土下座だった。


 「えええ・・・」

 生土下座を見たのはそれが初めてだったので私は驚いた。それまで土下座組組長とかでしか見たことなかった土下座だった。他には命乞いするシーンとかでしか見たことがない土下座だった。


 「あの、やめてください、顔を上げてください」

 私は自分でそう言っていて恥ずかしくなった。だってそのセリフは土下座シーンのベタだったからだ。超ベタじゃないか!言ってから気がついた。


 「お願いします!お願いします!」

 相変わらずその誰かは土下座をしながら、懇願している。これはもう私が『分かりました』と言わなくては収まらないパターンのやつだ。私はそう直感した。


 「・・・あー、分かりました」

 私は言った。


 「・・・本当ですか!?」

 その誰かは顔を上げて言った。その顔がまたとてもニコニコしていた。


 「・・・はい」

 私は学生時代、親に『おこずかいを貰うときだけ調子がいい』とよく言われていたが、その顔はおそらくこんな顔だったんだろうと思えるような顔をしていた。あと昔の自分のことを思い出して吐きそうなった。


 「ありがとうございます!じゃあ僕早速行ってきます。必ず帰ってきますから!」

 その誰かはその瞬間ばっと立ち上がると、まるで私に『やっぱダメ』と言われるのを防ぐかのような素早い動きで、私に淹れたコーヒーを渡し、そしてそのまま、玄関に向かった。


 「・・・どこ行くんですか?」

 私は聞いた。


 「ちょっと、アレです。友達とバリに旅行に行くんです」

 玄関から声。


 「はあ?」


 「お土産買ってきますから!」


 「ちょっと」


 私が玄関を見たときは既にドアは閉っていた。


 「バリって・・・」

 そう呟いた私の手のコーヒーは猫舌にちょうどいい温度になっていた。






 それから四日が経った。


 「・・・」

 自律神経が戻ってくるまであと三日。


 暗い部屋の中で私は布団にくるまって天井の模様を眺めていた。天井の模様というのは不思議なもので、絶対に同じであるはずなのに、それが日によって違うということを私は発見した。天井の模様が日に日に動いているんだ。


 その四日間私はろくに寝れていない。


 あ、ほら、動いた。



失調って出張っぽくないですか?まあ、この話の自律神経は旅行に行ったんですけど。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 嗚呼、こういう話大好き。またもや当たりくじを引いた気分です。朝起きて、知らない男のひとがいて。コーヒーがあって。平和で幸せな日常のひとコマって感じがします。個人的には、献血の話と同じくらい…
2019/10/19 11:11 退会済み
管理
[一言] いやもう本当にマジでファンになりました。 わたしも自律神経失調症で、自律神経てどこにあるの?とか、どこに出張?とかよく思うので笑。
2015/12/06 15:33 退会済み
管理
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