第八十七話 白の空間
「ジーク君がこの先目を覚ます可能性は、限りなく低いわ」
リリスが言った言葉を聞いて、シオンは青ざめた。
王都に戻ったシオンとレヴィは、ジークを連れてリリスのもとに向かった。そこで多くの人達が彼を回復魔法で治療したのだが、それでも・・・。
「これ程までの重症でまだ生きてることが奇蹟よ」
「そう、ですか・・・」
隣にあるベッドに顔を向けると、ある程度傷は癒えたものの、未だ目を覚まさないジークが寝ていた。
「シオン!!」
その時、勢いよく扉が開いてエステリーナとシルフィが駆け込んできた。
「ぁ・・・」
ベッドの上に寝かされているジークを見て、シルフィが小さな声を漏らした。
「魔神ルシフェル・・・、まさかあんな奴まで現れるなんて」
椅子に座るレヴィは額に手を当て、ジークを救えなかったことが相当悔しかったのか、涙を流している。
「私の、せいです・・・」
消え入りそうな声でシオンが呟いた。
「あの時、ジークさんは危険だからついて行くって、何度も言っていたんです。なのに、私は・・・」
「シオン・・・」
「いつもいつも、私はジークさんに迷惑をかけてばかりで、今回も私のせいでもう目を覚まさないかもしれないって・・・」
やがて、シオンの瞳からぽたぽたと涙がこぼれ落ちる。
「・・・まだ諦めるな」
「ぇ・・・」
エステリーナがシオンの肩を掴んだ。そして涙をこらえながらある事を言い始めた。
「知っているか?危険度S以上の迷宮が存在することを」
「S・・・以上?」
「ああ、危険度SSSクラスの迷宮だ」
突然そんなことを言われ、シオンは混乱した。そんな事、今この場で説明する意味が分からない。
「この国には、SSSクラスの迷宮が三つ存在する。そのうちの一つ・・・《天獄山》と呼ばれる巨大な山があるんだ」
「だったらなんですか」
「その山の頂上には、どんな傷や病気でも治してしまう何かがあるそうだ」
「っ!!」
それを聞いて、シオンは目を見開いた。
「それがあれば・・・」
「ああ、ジークは目を覚ますだろう」
「だったらそこに────」
「落ち着け。SSSクラスの迷宮は、発見されてから何十年も経っているのに未だ誰一人として攻略出来たことのない、普通の迷宮とは比べ物にならない程危険な場所だ。だから、何でも癒す何かが本当にあるのかどうかは分からない」
無いかもしれない、そんなことなどシオンには関係なかった。
「ある可能性があるのなら、私はそこに行きます!」
「・・・ふふ、言うと思った。シルフィ、レヴィ、お前達はどうする?」
そして、エステリーナは立ち尽くすシルフィと、椅子に座っているレヴィに声をかけた。
「愚問ですね、行くに決まっています」
「ボクも、ジークのためだもん」
「よし、準備が出来たら出発しよう」
こうして、4人の少女達は1人の少年を救うために、危険度最上級の迷宮に向かうことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・あ?」
目を開ければ、俺は全方位真っ白な空間に立っていた。
なんか、すっごい眠い。あと身体がだるい。
「あー、死んだ・・・のか?」
そういや俺、ルシフェルと戦って、手も足も出なかったんだった。シオンは無事なのかな。
ドゴオオオオオン!!!
そんなことを思っていたら、突然爆発音が聞こえた。
「っ、なんだ!?」
向こうの方から聞こえてきたみたいだけど・・・言ってみるか。
そして、俺は爆発音が聞こえた方に駆け出した。
「なっ、あれは・・・」
しばらく走り続けていると、かなりでかい魔物数体と、それを1人で相手にしている少女を見つけた。
てか、あの女の子・・・。
「はあああっ!!」
少女は、輝く剣を振るいながら魔物達を圧倒している。凄まじい光景を目の当たりにして、思わずその場で立ち止まってしまった。
「トドメッ!!」
そして、少女が放った光の斬撃を受けた魔物達は、光の粒子となって消えていった。
「ふぅ、最近多くなってきたなぁ」
そう言って汗を拭う少女は、あいつにそっくり・・・いや、同一人物にしか見えない。
「・・・え」
やがて少女は俺の存在に気付き、目を見開いた。
「なんで、人が・・・?」
「それはこっちの台詞だよ」
背中から生やした黒い翼、肩ほどで切りそろえられた銀色の髪。こいつは間違いなく────
「魔神ルシフェル・・・!!」
「え、貴方まさか───」
「さっきはよくもやってくれたなこの野郎!!」
俺は勢いよく跳躍し、ルシフェルに殴りかかった。こいつが女だとかそんなことはどうでもいい。
ガンダラに住んでいた人達、ワールハッドに住んでいた人達、そしてシオンに手を出したんだ。
「ぶっ潰れろ!!」
「あ、その、待って!!」
全力で腕を振るった。しかしルシフェルはそれをあっさりと躱し、空に飛び上がった。
「貴方、さっき私と戦った人だよね?」
「そうだ」
「そっか・・・」
何故か悲しそうな表情を浮かべながら、ルシフェルはゆっくりと俺の前に降り立った。
あれ、なんかこいつ、戦った時と印象が違うな。口調も、表情も、魔力の質も・・・。
「ごめん、少しだけ話を聞いてくれないかな・・・?」
「話?」
そう言うルシフェルからは全く敵意を感じない。
まじでどういうことだ?
「実は────」
そして、ルシフェルが言葉を発そうとした瞬間、突然炎が降ってきた。
「くっ、また・・・!!」
ルシフェルが上を見ながら剣を構えた。つられて俺も顔を上げる。
「魔物か」
現れたのは、竜のような魔物三体。一体一体がかなりでかい。
「ごめん、先に片付けよう」
「ちっ、しょうがねえ」
状況を知るためにも、まずはこの竜達をぶっ倒さないとな。




