第八十三話 黒騎士
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ローレリア王国、港町カンダラ。
すぐそばにある海で取れた、新鮮な魚介類の売り買いや異国との貿易拠点として大変重要な役割を果たしている街である。
そして今日も、いつものように港町は賑わっていた。
「ハードさん、お久しぶりです!」
「ああ、久しぶり」
王国騎士団の一つ、『桜舞の騎士団』の隊長を務めているハード・マルセイアは、数ヶ月ぶりにこのガンダラにやって来た。
何か問題が起こっていないか、売り上げはどんなものかなど、一定期間ごとにここを訪れるように国王に言われているのだ。
「うん、今日も賑わってるな」
前に来た時と変わらない風景。
ハードはふっと笑った。帝国の侵攻や、魔神襲来が起こったあとでも変わらないものはあるのだ。
「副隊長!」
「はい」
「そろそろ王都に帰還しよう」
「了解です」
近くにいた部下達を引き連れ、ハードは港町をあとにしようと歩を進めた。
次の瞬間
「ふん、警戒もされずにここに入り込めるとはな」
「っ─────」
背後から感じたおぞましい気配。ハードとその部下達は勢いよく振り返った。
そこには、黒い鎧を身にまとった何者かが立っていた。兜を付けているため、顔は見れない。
「な、何者だ?黒騎士・・・といったところか」
これ程の魔力を感じ取れなかったとは。ハードは咄嗟に身構えた。
「ふふ、名乗ったところで意味など無い」
「何故────」
「ここで全員死ぬからだ」
一瞬。
強烈な殺気を感じ取り、ハードが伏せた瞬間、周りにいた兵士達の首が飛んだ。
「なっ!?」
「ほう、今のを躱すか」
血の雨が降り注ぐ中、ハードは黒騎士の姿を捉えた。
漆黒の魔剣を手に持ち、先程の変わらぬ位置に立っている。
「な、何をしたんだ・・・」
あまりにも速すぎて、目で追うことが出来なかった。たった一瞬で、部下達の命は散ったのだ。
「きゃああっ、何なの!?」
「血だあっ!!」
倒れる兵士達を見た市民が悲鳴を上げた。嫌な予感がする、ハードはそう感じた。
「これだけの事で・・・」
「っ、やめろ─────」
「騒ぐな下等種族が」
黒騎士が地面に剣を突き刺す。それと同時に、地面を突き破って街中に黒い木が出現した。
「あ、ぁ・・・」
周囲を見渡してハードは膝をついた。
現れた木の枝には、何人もの人間が突き刺さっていたのだ。そんな人を突き刺した木が街中に。
「夢だ、これは悪い夢だ・・・」
頭を抱えてうずくまる。震えが、寒気が止まらない。
「さて、残るは貴様だけか」
足音が近付いてくる。しかし、ハードは動かない・・・いや、動く事が出来ない。
「悪夢だ、はははは、悪夢、悪夢悪夢・・・」
「せめて反撃ぐらいして欲しいものだが」
「あぁああぁぁあぁああ!!!」
頭が真っ白になったハードは鞘から剣を抜き、全力で黒騎士に斬りかかった。
「が───────」
「何だその動きは。相手を殺す気があったのか?」
「あ・・・くま・・・」
しかし、気が付けばハードは全身を深く切り刻まれており、そのまま命を失った。
「王国でも屈指の騎士団とのことだったが、他愛ない」
ヒュンっと剣を振って血を落とし、黒騎士は歩き出した。
「さあ、動くがいい」
黒騎士は、ある男との戦いを求めていた。
「待っていろ、ジークフリード」
そう、あの男との戦いを・・・。




