第七十五話 おいでませ、色欲の魔神
『ま、魔神・・・?』
舞台上でそう言った女に向かって、驚きのあまり目を見開きながら司会がそう聞く。
「ええ、色欲の魔神アスモデウスよ」
『な、ななな・・・』
「さて・・・」
アスモデウスと名乗った女がレヴィに顔を向ける。
「まだ生きてたのね。てっきり殺されてるもんだと思ってたのに」
「まあねー」
「やっぱり、手に入れた情報は正しかったみたいね」
アスモデウスが笑みを浮かべる。
俺は彼女から妙な気配を感じ取り身構えた。
「さてと、それじゃあ楽しい楽しいお祭りを、もっと楽しくしてあげる」
そう言って背中の黒い羽根を羽ばたかせ、アスモデウスが飛び上がる。
「何する気だ・・・?」
「あー、ジーク。ちょっとやばいかも」
「んん?」
舞台上から俺の前にレヴィが飛び降りてきた。そして空を飛ぶアスモデウスに顔を向ける。
「お、おい、魔神ってどういうことだ?」
イツキさんも焦っているようで、大剣に手をかけながら空を見上げていた。
「っ・・・!?」
突然アスモデウスに魔力が集まり始める。これは・・・レヴィと同レベルぐらいの魔力だ。
「さあ、支配の始まりよ!!」
そこで中央広場に集まっていた人達は、ようやく危険を感じ取って動き出した。おそらくこれも演出だと思っていたのだろう。
しかし、もう遅い。
「《甘美なる色欲の支配》!!!」
アスモデウスが、全方位に向けて膨大な魔力を放つ。それと同時に人々の体が桃色の霧に包まれた。
「ぐうっ!?」
「うわあああ!!!」
あちこちから悲鳴が聞こえる。
一体何をしたんだ?
「ぐ、ググ・・・」
「イツキさん、大丈夫ですか!?」
「あ、ジーク、駄目だよ!!」
苦しそうに顔を歪めるイツキさんに近付こうとしたが、レヴィに止められた。
「何すんだよ」
「ちょ、前みて!」
「ん──────」
そう言われて振り返った瞬間、突然俺の顔面に何かが直撃した。
「・・・なんで?」
それは、イツキさんが振るった大剣だった。とりあえずそれを掴んで顔から引き離す。
「ジークフリード!あんたがあたしよりレベルが高いことは知っていたわ!!」
「うん?」
突然空からアスモデウスにそう言われた。
「だから別にあたしの禁忌魔法が効かなかったからって、全然悔しくなんかないんだからね!!」
「・・・というと?」
「その前に、ここから離れた方が良さそうだよ」
アスモデウスの禁忌魔法について聞こうと思ったんだが、レヴィが面倒くさそうな顔で観客席を見ていることに気が付き、俺もそちらに顔を向けた。
「ううう、ジークフリードォォ!!」
「殺っちまえ!殺っちまえ!!」
「お前ばっかりいい思いしやがってぇ!!」
・・・なんだこりゃ。
なんか殺気ダダ漏れの男達が俺に向かって歩いてくるんだけど。
「あーん、ジークフリード様ぁ」
「今日こそは私とイイことしてもらうわぁ」
「何言ってんの、私とよ!」
「私よ!!」
なんか女達はやらしい感じでこっちに向かって来てるし。
「おい、アスモデウスとやら」
「何よ」
「お前、何したんだ?」
「さあねー。この状況を何とかしたかったら、私を捕まえてみなさいよ」
「そうか」
挑発してきたので、俺はアスモデウスに向かって跳躍した。
「捕まえた!!」
「え、速─────なんてね」
「なに・・・!?」
そしてアスモデウスを捕まえた・・・と思ったんだが、俺の手はアスモデウスの体をすり抜けた。
「ちっ、分身的なやつか・・・!?」
「ふふふ、残念だけどそのとおりよ」
そのまま俺は地面に着地した。そこにレヴィが走ってくる。
「おいレヴィ、なんだこれは」
「《甘美なる色欲の支配》。魔神アスモデウスが使う禁忌魔法だよ」
「ふむ」
「超広範囲に向けて魔法を放ち、その魔法が効いた人を自分の思い通りに動かすことが出来るんだって」
「まじかよ」
てことは、この人達やイツキさんはアスモデウスに操られてるってことか。
「でも、なんで男達は俺に対して殺気全開で、女達は誘惑してくんの?」
「あたしがそうさせてるからよ」
「あ?」
また上からアスモデウスが声をかけてきた。
「《日頃いい思いばかりしているジークフリードをボコボコにしろ》、《自分が少し気になっているジークフリードとあんなことやこんなことをしろ》・・・ってね♪」
「何命令してんだお前は!!」
一般人達だから殴るわけにもいかないし、どうしたもんか。
「ああ、それとね」
「なんだよ」
「女達はとある欲を刺激しておいてあげてるから、楽しめると思うわよ」
とある欲・・・?
「ご主人様」
「お、シルフィ。無事だったか!」
「はい、大丈夫です」
まだメイド服を着ているシルフィが俺の隣に駆け寄ってきたので、俺はアスモデウスからシルフィに視線を移した。
「ちょっとまずいことになってるから、とりあえずこっちに───」
次の瞬間、勢いよくシルフィが抱きついてきた。
びっくりして俺はそのままシルフィごと倒れる。
「ちょ、シルフィ!?」
「ああ、ずっとこうしたかったんです」
「げっ!?」
突然メイド服を脱ぎ始めるシルフィ。
まじで何やってんの!?
「あ、まさか・・・」
「ご主人様、私に何をしてもいいんですよ?」
「ちょ、待て待て!!」
とある欲ってそういうことか!!
「レヴィ、一旦ここから離れるぞ!」
「わかった!」
「あ、ご主人様ぁ」
とりあえず俺は服を脱ごうとしているシルフィを無理やり引き離して立ち上がり、レヴィと一緒に駆け出した。




