第七十一話 桃色の女
「ご主人様、食材が不足しているので少しお買い物に言ってまいります」
「ん、おお・・・いや、俺も行くよ」
「え、それは・・・」
「毎回毎回シルフィだけに行かせるってのもあれだからな」
「ご主人様・・・」
何故か頬を赤らめるシルフィ。よく分からないけど俺は立ち上がり、貯金箱からいくらか銀貨や銅貨を取り出した。
「うし、行こうか」
「はい」
ちなみにレヴィはソファの上で爆睡しているので、いつものようについてくることは無い。
「なんか、シルフィと2人で買い物するのって久々だな」
「確かにそうですね」
「いつも悪いな、俺がギルドの方でいろいろやってるから手伝ってやれなくて」
「いえ・・・そんなことは」
魔神と帝国の襲来以降、俺は王国騎士達の特訓に付き合わされたり、国境付近で建設され始めた砦の資材運びなどの手伝いもしている。
さらに少し前の古代都市での異変。
あれに興味を示しているリリスさんにあっちの世界のことや、マシンのことなどの話をしたり、再びあのマシン達が現れた時のことについて対策を練ったりもしている。
そのせいで最近買い物や掃除などはシルフィに任せっきりだったのだ。
「ご主人様だからこそ出来ることは沢山あります。だから、家事などは私にお任せ下さい」
「シルフィ・・・、サンキューな」
「っ、いえ、当然の事です・・・」
俺が頭を撫でてやると、恥ずかしいのかシルフィは顔を赤らめた。ほんと、反応が可愛いよな。
(うぅ、本当に鈍いお方です・・・。好意を寄せられていることを知らない相手には堂々とそんなことをするから・・・)
「どうした?」
「い、いえ、なんでも・・・」
慌てるシルフィの頭から手を離し、俺は前を向いた。
「・・・ん?」
そこで、俺は前方から桃色の長髪をなびかせながら、こちらに向かってくる1人の女性に目がいった。
彼女を目視した周囲の男達は、必ず彼女を目で追う。それほどの美貌を持つ美しい女性だ。
「ふむ・・・」
胸は少し残念だな。しかしそれを顔やスタイルがカバーしている。なかなかハイレベルだぜ。
「・・・ご主人様?」
「えっ、いや、違うぞ!?冷静にあの女性について分析してたとかそういうわけじゃないんだぞ!?」
「・・・なるほど」
少しムッとした表情になったシルフィに必死に言い訳していると、すぐそこまで来ていた女性に声をかけられた。
「あの、すみません。ジークフリードさんがどなたかご存知ないですか?」
「うん?ジークフリードなら俺だけど」
「えっ、貴方でしたか。あの、少しお話を聞いてもらってもよろしいですか?」
「いいけど・・・」
チラリとシルフィを見れば、不機嫌さがさらに増したような表情で女性を見ていた。
「実は、変な人に追われていて・・・」
「ふむ、ストーカーですか」
「それは分かりませんけど・・・。その、有名なジークフリードさんなら早急に解決してくれるかなと」
「なるほど」
確かに、こんだけ可愛かったらストーカーの一人や二人、いてもおかしくはないか。
「んじゃあ、その件は俺が・・・ん?」
「こ、この人達・・・」
なんかニヤニヤしてる五人組が現れた。怯えてるこの女性を見れば、こいつらがストーカー野郎だということが分かる。
「おい兄ちゃん、その女をこっちによこしな」
「そしたら痛い目見なくてすむぜぇ?」
そんなことを言いながらゲラゲラ笑う男達。それを見てシルフィが顔をしかめた。
「ったく、5人でいらん事すんなよ」
「あぁ?誰に口聞いてんだてめぇ」
「お前らだよ」
「ちっ、舐めやがって。調子のんなおらぁ!!」
1人が俺に鉄の棒を振り下ろした。しかしそれは俺の頭に直撃した瞬間にぐにゃりと曲がる。
「あ・・・?」
「おいおい、俺じゃなかったらやばかったぞ今の」
「こいつ・・・!!」
続いて違う男が俺に蹴りを放ってきた。
なので俺はその男の足を掴み、勢いよく近くの建物めがけて放り投げた。ついでに鉄の棒で攻撃してきた男も軽いビンタで吹っ飛ばす。
「くっ、この・・・」
「遅い」
「っ!?」
とりあえず残りの3人もわりと強めのデコピンで倒した。
「まだやるか?」
「うぐ、くそ・・・」
「化け物め・・・」
「うるせーよ。とっとと失せろ」
そう言った俺を睨みつけ、男達は逃げていった。
「流石です、ご主人様!」
「おう」
なんか笑顔のシルフィが可愛かったので頭を撫でてやり、そのまま女性の方に顔を向けた。
「あ、ありがとうございます!」
「おう、これでひとまず安心かね」
まだあいつらがいらん事をするんなら、その時は往復ビンタしてやろう。
「そうだ、お礼を・・・」
「あー、別にいいよ。ただ通りすがりの人を助けただけだし」
「でも・・・」
「まあ、また会うことがあったらその時にジュースでも。さて、行こうぜシルフィ」
「はい」
そして、俺とシルフィは買い物の続きをするために歩き出した。
「うーん」
「どうかしましたか?」
「なんかあの女の子、誰かに似てるんだよなぁ」
「確かに、それは私も思いました」
「誰だろ・・・」
しかし、いくら考えても誰に似ているのか分らなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「う、ぐ・・・」
「あ、あれで良かったんですよね?」
「ええ、よく働いてくれたわ」
とある路地裏。
アタシの前には、先程の騒ぎで怪我をした五人の男が。この男達のおかげでいろいろと知ることができた。
「あれが、ジークフリード」
全然本気など出していなかったのだろう。しかし、普通では考えられないほどの速度で動き、鉄を曲げるほどの耐久力を持ち、指で額を軽く弾いただけで相手を戦闘不能にする実力。
「ふふふ、それに随分お人好しなのね」
見ず知らずの女に頼みごとをされても、それを断らない。さらに報酬も必要ないと言う。
あの隣にいたエルフちゃんが嫉妬していたのは面白かったわ。
「とにかく、もうあんた達は用済みよ。早く私の前から消えなさい」
「なっ、約束が違うぞ!」
「あの男と戦えば、あんたのことを好きにしてもいいって・・・」
「嘘に決まってるでしょ。ぷっ、馬っ鹿じゃないの?」
「このアマ・・・!!」
男達がアタシを取り囲む。
「・・・何のつもり?」
「へへ、暴れんなよ」
「あら、そんなことするんだ」
うーん、どうしようか。
「あ、面白いこと思いついた」
「・・・あ?」
アタシは、男達に向けて魔法を放った。桃色の霧が男達を包み込む。
「あ─────」
「いい?アタシを自分のものにしたいのなら、《あんた達の中で、一番最後まで立っていられた男だけ相手をしてあげる》」
「──────」
アタシがそう言った瞬間、一人の男が隣にいた男の顔面を勢いよく殴った。
そして、それを発端として五人の殴り合いが始まった。
「あははっ!ほらほらぁ、もっと本気で《殺り合わないと》!」
「うがあああ!!!」
「あぎゃああああ!!!」
半狂乱になりながら、男達は殴り合う。どれだけ血が出ようが、骨が折れようが、立ち上がって潰し合う。
「・・・あら、終わっちゃったか」
やがて、男達は限界を迎えて倒れた。
まあ、これで死んでたとしても、アタシにとってはどうでもいいことなんだけど。
「ざーんねん、誰も立っていられませんでした」
そう言ってアタシは歩き出す。
誰も、アタシの支配には逆らうことなんて出来ない。
それを、思い知らせてあげるわ、ジークフリード。




