番外編 高熱のHappy person
「あうぅ・・・」
「あー、結構熱あるなぁ・・・」
「申し訳ございません、ご主人様・・・」
「いいよいいよ。気にせず休みな」
「はい・・・」
ここは、ジークフリード家。
その家の二階にある部屋で、シルフィはベッドに寝転がっていた。
何故なら、熱が出たから。
「うし、このまましばらく安静にしとけ」
「はい・・・」
「昼過ぎには帰ってくるから、ちゃんと寝とけよ?」
「分かりました・・・」
「じゃ、行ってきます」
そう言ってシルフィを看病していたジークは部屋から出ていった。前から依頼されていたクエストを終わらせるため、彼はギルドに向かうのだ。
彼が出ていったことで、シルフィはとても寂しい気持ちになった。
「どうして、熱なんて・・・」
体調管理は完璧なはずだった。なのに何故熱が出たのか。
「それに、ご主人様にご迷惑をおかけしてしまって・・・」
わざわざ頭に冷たい水を染み込ませたタオルを置いてくれたり、飲み物を用意してくれたり・・・。
それはとても嬉しかったのだが、尊敬する主人を自分のために動かさせてしまったことに、彼女は負い目を感じていた。
「あ、そうだ、お掃除しないと・・・」
彼女はふと思い出した。明日掃除をしてしまおうと心に決めて、昨日は眠りについたのだ。
「うぅ、身体が重いです・・・」
無理やり身体を起こし、彼女はベッドから降りた。
そして一階に行き、掃除道具を準備する。
「あ、あぅ・・・」
しかし、熱は容赦無く彼女を苦しめる。クラクラするし、全身が熱い。
「お掃除・・・お掃除・・・」
ぼんやりした意識のまま、彼女は掃除を開始した。
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「次は・・・お風呂場を、洗わないと・・・」
愛する主人が入る風呂は、綺麗にしておかなければならない。
万が一汚れが主人に付いてしまったら大変だ。
「お風呂場・・・お風呂場・・・」
ふらふらしながらもなんとか風呂場に到着し、シルフィは掃除を開始した・・・のだが。
「あっ───」
石鹸を踏んで滑る。いつもならこんなヘマはしないのだが、今日は熱のせいで色々と鈍くなっているのだ。
「っつぅ・・・」
勢いよく転んだシルフィは、腰を押さえて半泣きになった。
しかも熱のせいで体が動かず、中々起き上がれない。
「うぅ・・・」
それでもなんとか立ち上がり、彼女は掃除を終わらせた。そしてあることを思い出す。
「そうだ、買い物に行かないと・・・」
いくつか足りなくなった食材があったはず。それを思い出して彼女はふらふらとリビングに向かった。
しかし、そこでついに限界が訪れる。
「ぁ─────」
全身から力が抜け、シルフィは倒れた。
「・・・ご主人様」
やっぱり私は、出来損ないなんでしょうか・・・。
と、そう思った時、
「シルフィ!」
そんな声が聞こえた。
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「ん・・・」
ゆっくりと目を開け、シルフィは体を起こした。
「ベッド・・・」
そして彼女は自分が倒れてしまったことを思い出す。誰かがここに運んでくれたということも。
「あ・・・」
「ん?おお、起きたか」
「ご主人様・・・」
「ったく、安静にしとけって言ったろ?」
「ごめんなさい・・・」
ジークが自分をベッドに寝かせてくれたこと、心配させたことをシルフィは理解し、布団で顔を隠した。
「いや、俺も悪かった」
「え・・・」
「シルフィが熱で辛い思いしてんのに、依頼を優先しちまったからな。ごめんな」
「そ、そんなこと・・・」
ガバッと起き上がり、彼女は謝ってきたジークに顔を向けた。
「っ、ゲホゲホ!」
「こら、寝てろって」
「す、すみません」
咄嗟に手で口を覆ったが、菌が主人に届いていないかとシルフィは心配になった。
「あ・・・そういえば」
「ん?」
「ご主人様、お仕事はどうなさったんですか?まだこんな時間ですが・・・」
「あー、シルフィが心配だったから、途中でイツキさんにバトンタッチしてきた」
そう言って笑うジークを見て、シルフィの顔が熱くなる。熱のせいだろうか、それとも・・・。
「本当に申し訳ございません・・・」
謝りながらも彼女はとても嬉しい気持ちになる。こんなに自分のことを心配してくれる主人が他にいるだろうか。
「うし、冷水染み込ませたタオルでも持ってくるか」
「あ・・・」
そう言ってジークが立ち上がる。そんな彼の服を、シルフィは咄嗟に掴んでしまった。
「・・・お?」
「え、あ、本当に申し訳ございませんっ!」
無意識に自分が何をしたのか理解し、彼女は手を離した。
「はは、どうしたんだ?」
「そ、その、無意識に・・・」
「ふむ、しょうがない。よっと」
「へっ!?」
突然ジークがベッドの上に寝転がった。ベッドはそれなりに広く、シルフィは小さいので幅は足りていた。
「ご、ご主人様、何を・・・」
「いや、シルフィが落ち着けるまで一緒に寝ようかと」
「ええっ!?」
逆に落ち着けないと思うのだが、ジークは素でそう言っていた。
彼に下心が無いことなど、シルフィにはすぐ分かる。
「んじゃ、おやすみー」
「え、あぅ・・・」
愛する主人がすぐそばに。
暴れる心臓を押さえつけるように、シルフィは胸に手を当てた。
「・・・ぐぅ」
「え・・・」
驚きの速さ。
ジークは既に寝ていた。まだ昼前だが、彼も疲れていたのだろう。
「・・・」
主人の寝顔を見つめる。毎日のように主人と共に眠るレヴィが羨ましく思えた。
「・・・本当に、シルフィは幸せ者です」
自由を、楽しみを、幸せを与えてくれた、世界一尊敬し、世界一愛するご主人様。
「・・・」
自分が人間に捕まった時のことを思い出す。あの時から、誰も信じられなくなっていた。愛するもの全てが一瞬で失われ、地獄へと突き落とされたあの時から。
しかし、彼はこんな自分に手を差し伸べてくれた。
彼と出会えたから、自分はまた誰かを信じられるようになったのだ。
「・・・ふふ」
ゆっくりと、眠る主人に体を近づけ、シルフィも目を閉じた。
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「うぐぐ・・・」
「ご、ご主人様、本当に本当に申し訳ございません」
「いや、別にシルフィは悪くな・・・ゴフッ」
「ご主人様ぁ!」
次の日、シルフィの風邪がうつり、ジークは寝込んだ。




