第五十六話 焦り、置いていかれて
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「・・・」
「シオン?どうかしたのか?」
「・・・いえ」
休憩を終えたジーク達は、迷宮を目指して再び歩き始めた。そこでシオンの様子がおかしいことに気がつく。
「・・・」
いつものように無表情なのだが、長い付き合いの中、ジークは彼女の表情の僅かな変化にも気がつくようになっていた。
シオンは少しだけ怒っているようにも、悔しそうにも見える表情を浮かべていた。
「ねえねえ、ジーク。肩車してー」
「なんでだよ」
「なんとなく」
「はあ、だってお前上で暴れるもん」
面倒くさそうな顔をしながらも、ジークはレヴィを肩車した。
何も知らない人が見れば、兄妹とかにしか見えない。
「・・・」
それを見てシオンの表情がさらに曇る。
「おっと、魔物だ」
そう言ってジークが立ち止まった。前方から数匹の魔物がこちらに向かってきているからだ。
「あれは・・・ウォーバットか」
その魔物を見てエステリーナがそう言う。
「あれ、ウォーバットって確か・・・」
「この前発見された新迷宮に出てきた魔物だな」
噛み付くと血を吸い尽くすまで離れないと言われているウォーバット。その群れが飛んできていた。
「ご主人様、お任せを」
「おう」
「《幻影斬》」
そう言ってシルフィがウォーバットの群れに突っ込む。次の瞬間、数匹のウォーバットに切れ目が入り、刻まれて地面に落ちた。
「おおっ」
それを見たジークが声を上げる。
「《幻糸展開》!!」
さらにシルフィが周囲に糸を張り巡らせ、通り抜けようとしたウォーバット達は次々と切り刻まれた。
「あ、しまった!」
一匹だけ斬撃と糸をくぐり抜け、シオン目掛けて猛スピードで飛んでいく。
「・・・」
しかし、シオンはウォーバットの接近にまったく気がついていない。曇った表情で俯いていた。
「あぶねっ!」
それに気づいたジークがウォーバットを片手で鷲掴みにした。それから逃れようとウォーバットはジークの手を噛むが、傷一つつかない。
「シオン、ほんとに大丈夫なのか?」
「え、あ、はい・・・」
「はいじゃないだろ。今もこいつが飛んできてるのに気がついてなかったし」
珍しくジークは真剣な表情でシオンに語りかけた。
「大丈夫って嘘ついて、もしものことがあったらどうするんだ。それで大怪我したらどうする」
「・・・」
「シオン、聞いて─────」
「っ・・・」
突然シオンがジーク達に背を向けて駆け出した。そのまま木々の隙間から森の奥に向かって消えていく。
「あ、おいっ!!」
ジークは急いで追いかけようとしたが、さらに魔物達が現れる。
「ちっ、こんな時に!」
「タイダルウェイブ!!」
そんな魔物達を迎撃しようとした時、レヴィがジークの肩から飛び降り、上位魔法を放った。
「ジーク、追いかけて!!」
「っ、分かった!」
レヴィにそう言われ、ジークはシオンが走っていった方向に向かって駆け出す。
ジークは見ていた。シオンが駆け出す直前に涙目で表情を歪めたのを。
「くそ、どこ行ったんだ!」
それほど離れてはいないはずだが、シオンは見つからない。
「シオン、どこだ!!」
そう叫んでみるが、返事は無い。
「くそ・・・!」
こんな場所で単独行動は危険すぎる。ジークは焦りながらも再び駆け出した。
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「はぁ、はぁ・・・」
しばらく走り続けたシオンは、体力が切れて立ち止まった。
「・・・最悪だ」
なんでこんなことを。迷惑をかけてしまうだけなのに。
ただの嫉妬だ。
みんなの実力と、ジークとの関係に対しての。
それでぼーっとしていたところをジークが助けてくれたというのに、少し彼に強く言われただけでこうやって逃げ出してしまう。
シオンはそんな自分に嫌気がさした。
「・・・私が、一番最初にジークさんに出会ったのに」
一人そう呟く。
そう、ジークがこの世界に来て一番最初に出会ったのは、このシオン・セレナーデなのだ。
そして、魔神から救ってくれた彼に対し、シオンは好意を抱いた。彼を最初に好きになったのもシオンだ。
しかし、いつの間にか一番出遅れていた。自分が関係の変化を恐れて何もしていない間に、みんなはどんどん彼との距離を縮めていた。
「悪いのはみんなじゃなくて、私なのに・・・。勝手に嫉妬しちゃって・・・」
戻らなければ。これ以上心配をかけてはならない。
そう思ってシオンは振り返った。
「・・・え」
彼女は目を見開いた。何故なら、彼女の背後にいたのは─────
『Jkfxtu』
魔物でも悪魔でもなく、未知の存在だったから。
『Yhuetki』
「な、なに、これ・・・」
光を反射して体は輝いている。そして、発する声は明らかに生物のものではない。
「くっ、ウインドハンマー!!」
危険を感じ、シオンは魔法を放った。しかし、謎の存在はそれを受けても微動だにしない。
「そ、そんな・・・」
『Ftydrkhfs』
「ひっ・・・!」
突然謎の存在が動き出す。しかし、シオンは見たことのない存在に怯えてその場から動けなかった。
『Hhydertt』
「っ─────」
謎の存在が発光した。それを見たシオンは目を瞑る。
「だらぁっ!!」
『Gde─────』
しかし、聞き覚えのある声が耳に届き、彼女は目を開けた。
「大丈夫か、シオン!」
「あ、ジーク・・・さん」
ジークはシオンの前に立つと、殴り飛ばしたものに顔を向けた。
「おいおい、まじかよ」
バチバチと音を立てて砕けたもの、それは。
「まさかのロボット登場か・・・」




