第四十七話 始まる戦い
「馬鹿な・・・」
エステリーナは王都を囲う壁の前に立ち、目を見開いた。
突然出現した何か。それはこの距離でもどれだけ巨大なのか分かる。
「お、おい、魔物達が来るぞ!!」
周囲にいる王国兵達が武器を構えた。
「・・・まさか、あれは」
あの巨大な化物は、魔神だというのか。
「くそっ、絶対に王都に入れさせるな!一匹たりともだ!!」
「「「「おおおおおおっ!!!!」」」」
「いけええええ!!!」
指揮官の号令とともに兵士達が迫る魔物達とぶつかり合った。
しかし、それよりもエステリーナはあの巨大な化物から目が離せない。
「くっ、こんな時に・・・!」
最も頼れる男は現在王都に居ない。そして、その男の次に強いレヴィは治療中で動けない。
「どうしたエステリーナ」
「っ、いや、何でもない」
兄イツキに肩を叩かれ、エステリーナは剣を握った。
そうだ、まだ王都には兄やギルド長リリスがいる。
「あのデカブツは、一体何なのだ?」
イツキが大剣を構えてそう言った。
黒い身体はまるで岩が集まって出来た山のようだ。それがゴーレムのような姿をしている。
ところどころ赤い筋が走っているが、何なのだろう。
「・・・魔神の可能性が高い」
「ふむ、そうか。ならば俺達が戦わねばな」
「ああ、行こう、兄上」
互いに頷き合い、二人は魔物の群れに突っ込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『魔物の群れが北壁の外に出現しました。現在王国軍とギルドの冒険者達が連携して迎撃しています。市民の方は落ち着いてこれから言う場所に避難してください』
王都に声が響き渡る。それを聞いた市民達は、落ち着けと言われているのにもうパニックに陥っている。
「あははは、やっぱり人間って馬鹿だよね」
魔神ベルフェゴールは、魔物達が出現した壁とは反対側である南の壁の上に立ち、王都を見下ろしていた。
「けど、残念ながらもう君達に逃げ場は無いよ」
振り返ると、遠くから王都へと迫る軍団が見える。
「さて、君達がどう足掻くのか、俺に見せてみろよ」
そう言って彼は勢いよく跳んだ。
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「み、南から、帝国の軍勢が迫っているとの報告が入りました!!」
「なんだとっ!?」
部下の報告を聞いて男は勢いよく立ち上がった。
「くそっ、北に現れた魔物共といい、何がどうなっている!!」
男の名はロキ・エインハルト。
王都を守護する王国騎士団団長であるこの男は、状況が理解出来ずにただただ苛立った。
突如王都北に出現した魔物の大群。
そして南から迫る帝国の軍勢。
「リリスが言っていたことが、現実になるとは・・・!」
ロキの脳裏に浮かぶのは、少し前に頼れる女が言っていたこと。
『帝国組と独自組、その二つの勢力が同時に王都を攻めてくるかもしれないわよ』
あの時は嘘だと思っていた。来るとしても、片方だけだと。
しかし、それは現実となった。
「北の状況は?」
「現在《銀》、《山風》の騎士団を中心に5つの騎士団が魔物の迎撃に向かっています!ギルドの冒険者達も北に集結しているとの報告も入っております!」
「・・・とのことです」
冷静に状況を聞き出したのは、紫の髪を後ろで纏め、ポニーテールにした美女。さらに赤い眼鏡をかけている。
「すまん、ライラ。団長である私が取り乱してしまった」
「いえ、お気になさらず」
ライラは、戦闘能力は低いがかなり頭が良く、ロキから頼りにされている。
「とにかく、この状況は非常にまずい。残る騎士団を率いて南に行くぞ」
「了解」
頷き、部屋を出ていったライラを見送った後、ロキは窓の外を見下ろした。
人々が逃げ惑っている。
守らねば、この王都を、誇り高き騎士団として。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぎ、ギルド長、何を・・・?」
ギルド長室で、シオンは椅子に座ったまま動かないリリスを見て首をかしげた。
「んー、ここに来客が来ると思うから、君達は早く違う場所に行ったほうがいいわよ」
「・・・とのことです。シオンさん、私達も北に向かってエステリーナさん達に加勢しましょう」
そう言ってシルフィが扉に向かおうとした時、謎の気配を感じて彼女は立ち止まった。
「・・・扉の先に、誰かいるようです」
「あらら、間に合わなかったか」
「シオンさん、行きますか?」
「うん」
リリスは相変わらず椅子から立ち上がらないが、シオンとシルフィはゆっくり扉を開けて、ギルド長室から出た。
「っ・・・!?」
そして、その男を見た。
「やあ、ちょっとどいてもらえないかな?」
「あ、貴方はっ・・・!?」
邪悪な気配を放つ黒髪の男が、ニコニコしながら立っている。
ただそれだけなのに、二人の身体は震え始めた。
本能が言っている。この男は危険だ・・・と。
「くっ、ま、まさか、魔神・・・?」
「お、エルフちゃんは中々見る目があるね。そのとおりさ」
そして男は歩き出した。ゆっくりと、ギルド長室に向かって。
「俺はベルフェゴール。怠惰を司る絶界の十二魔神の一人だ」
「ベルフェ・・・ゴール」
その名は二人とも知っていた。
何故なら、この男がレヴィをあそこまで痛めつけたのだから。
「ん?」
「シオンさん!!」
「分かってる・・・!」
ベルフェゴールは自分の身体が何かに縛り付けられていることに気がついた。
「なにこれ、糸────」
「ウインドピラー!!」
そんなベルフェゴールにシオンが風魔法を放つ。
「ウインド─────」
「はい邪魔ー」
「っ!?」
しかし、ベルフェゴールが軽く手を振っただけで糸も風も消滅し、二人は吹っ飛ばされた。
「うっ、な、何をしたんですか・・・?」
「さあねー」
そして、ベルフェゴールはギルド長室の扉を吹っ飛ばし、中へと入る。
「あらー、いらっしゃい。扉を飛ばしてくるなんて大胆ね」
「それを片手で受け止めてる君も中々だけど」
「で、何の用かしら?」
「君も分かってるんでしょ?」
にっこり笑うリリスを見て、ベルフェゴールが口角を吊り上げた。
「《魔女の心臓》はどこだ?」




